もう一つの、我々の物語 終止符


「あははははっ、・・・!!覚えてるっ・・・!最後の日のサーバルを・・・覚えてるっ!!」


暗闇の世界で私は再び手を伸ばす。

頭上でゆらめく新しい世界の光、ああ・・・胸はこんなにも希望に満ちている。


誰かが私の足を掴んだ。

見開いた目で今度はそいつをしっかりと睨む。


「はっ・・・!!お前達は・・・そこでそうしていればいいのですよ!」


人の形をした不気味な山。

かつての自身の姿をした、醜い”助手達”の残骸がそこにあった。


「私はお前達の世界のことなんて知らない!掴んだんだ、今度こそ・・・!私と博士が幸せになれる・・・本当の世界を!!未来を!」


ここまでたどり着けなかったそいつらに向かって、決別の印として思い切り吐き捨てやる。


「はははっ!ざまあみろ!!引き止めたいか?私もその底に沈んで欲しいのか?断るのです!・・・私は行くんだ、博士の笑顔を取り戻す為に!!あはははは!!」


もはや、自分が自分ではないような感覚。

自分とは何か、自分は・・・なんだったのか?


この暗闇の世界にいると、存在が曖昧になってくる。

でも・・それももう怖くなんてない。


足元から聞こえる悔恨と呪詛に満ちた声を、狂ったような笑い声で消し去り、私自身の過去の苦しみも全てここに捨てていく。


私は助手だ、ワシミミズクのフレンズの助手だ。

そして・・・今度こそ全員を救ってみせる。


「未来だっ!!この光の先が未来なんだ・・・!!私達の!!」


私が皆の未来を作る。この物語の紡ぎ手となる。

そう、私こそが・・・創造する存在、ヒトの領域に立ったフレンズなんだ―――




――――――――――



目覚めは晴れやかに訪れた。

心が澄み切っているのを感じる・・・ああ、こんな気持ちは久しぶり。

本当に本当に久しぶりだ・・・


『本当に久しぶりなの?』


長かった、本当に長かった旅の終わり・・・


『二人で眠った最後の日のあの温もりは?』


布団を跳ねのけるように、勢いよく起き上がる。


「まずはヘラジカの回収なのです、その後ヒグマ関係の処理、アライグマとフェネックが見つからなければすぐにでも次の世界へ・・・」

嬉しくてつい、声に出てしまう。

だってだって、もうこれで終わりなんだから。


確実な終わりが見えた。

この狂った繰り返しに、私自身が終止符を打つ。

それこそが、この境地に至った私の役目―――


『手を繋いだあの子の』


「うるさいっ!!!!」


私はどこかで聞こえる何かの声をかき消すように怒鳴った。


「さっきから誰だぁっ!?うるさいんだよ!!!!!私の声で勝手に喋るなぁあ!!」


『・・・・・・』


へへへ、ひひっ、やったやった、静かになった静かになった。

そうだ、もう私を邪魔するものはない、見えないルールなんてもう一つも無い!!


だって私が、私は!!


バタンとドアを勢いよく開けて、階段を駆けるようにして降りる。


そこに博士がいるはずだ、下でお昼寝していた博士は私より先に地震で跳び起きて、頭を抱えて机の下に隠れている博士がいつもいつも私を助手どうしましょうなんなのですか怖いのですってこっちに走ってきてぎゅっとだきついてきてそれを私が受け止めてもう大丈夫なのですよ博士って言ってそれでふたりであんしんしてだからもうこわくないからもうこのくるしいせかいでみんなのくるしみをわたしがなくす方法をみつけたからだからわらってはかせはかあのひのえがおをおもいださせてわたしがだいすきだったあなたのえがおが


「はかせっ!!!!!!!!」


「・・・・・・?」


こっちを振り返った博士の表情は・・・何も無い。

きょとん、とした顔で、丸い目が私をただ見つめている。


その間が、実際に何秒あったのかわからないが・・・

五分くらい見つめ続けられたのではないかと感じる程に、博士の瞳は私という存在の何も映さずに、ただこちらを見つめていた。


「は、・・・かせ?」


よく見知ったはずの相手が、何も言葉を返さないだけでなんでこんなにも不気味なのか。

しかし、私の強張る体をほぐすように博士はこっちを向いたままその表情を崩した。


にっこり、と。

天使のような笑顔で笑った。

何も苦しいことなんて知らない、悲しいことなんて知らない、そんな無邪気な笑顔で・・・これから私が皆を救った後に見せてくれるはずの笑顔で・・・


――笑った。


「みぃ・・・み?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」


博士が笑顔で言ったその言葉が、一瞬わからなくて、でも・・・わかってしまって


体中の神経がその感覚の全てを失っていくような・・・そんな・・・


「みーみ!」


とてとて、と幼児のようにこちらに歩いてきて、博士が私の体に抱き着いた。

私は情けなく口をぽかんと開けたまま、さっきまで博士が立っていた場所を見ていた。抱き着いてきた愛しい人を、抱き返すこともできない。

体が、ピクリとも動かなかった。


「みーみ?あう、うー?」


私は・・・何をしていたんだ・・・

いつも、いつも一人で行動して・・・、私が一番誰よりも博士の傍にいないとダメな筈だったのに・・・


何が・・・あなたを救うだ・・・

思い出すことすらできない笑顔にすがって、なにが・・・好きだったからだ・・・

なにがもう一度、だ・・・


「みみ!みーみぃ!きゃーうー!きゃっきゃ!」


いつもあなたの傍にいないで・・・

そうだ、私だけのはず・・・ないじゃないか・・・なんでこんな簡単なことに・・・


「あ、あ・・・ぁああぁ」


自分の意志と関係なく、溜息と涎と一緒に間抜けな声が零れる。

取り返しのつかない絶望の中に入り込んでしまったことを自覚すると、それに体が追いつかず、目の前が点滅し天地が返るような感覚の後・・・自分がその場に倒れ込んだのだとわかった。


「みみ!みーみ!あー、あーあーぁー!」


小さな手が、ゆさゆさと私の体を揺するが・・・動けない。

体も、心も・・・もう・・・動かない・・・


「あ、あはは・・・あはっはあは・・・」


心の中に無が満ちていくのがわかる。

遠くの方で、いや・・・これはきっと遥か過去からだ・・・私を呼ぶ声がした。

そして・・・おそらく二度と私を助手と呼ぶことの無い愛しい声が・・・


私は何を間違えたんだ・・・どこで私は、助手じゃなくなってしまったんだ・・・


「あははははははははっ、あはははは・・・」


私の中から希望の全てが抜け落ちていく、そして絶望すらも抜け落ちていく。

空洞の様になった体に残るのは無のみなのだ。


「あはは・・・うえ・・・ぅ・・・あぁぁ・・・ああああああああ!!!うええええええん!!」


笑い声はいつしか醜い慟哭へと変わり、私は子供のように声をあげて泣いた。無に染まった体から、私の最後のカケラ達が涙となって零れ落ちていく・・・。


「みみ、みーみ!ぎゅー!ぎゅー、うー!」


これが・・・終わりなのか・・・。

我々の、助手達の物語の終わりが・・・これなのか。

終止符を打ったのは私なのか、私の足を掴んだあいつなのか

そもそも私はかつてあいつだったのか・・・あいつは私なのか・・・


もう自分が誰か、何か・・・わからない・・・

誰か、私が誰なのか教えて・・・私の名前を・・・呼んで・・・


「は・・・か・・・・・・せ」


「あー・・・?・・・きゃうーっ!」




ああ・・・私は今度こそ、本当に心から願う。

自分にとって都合の良い未来の為なんかじゃない。


かつての私のただ一つの願い、あなたの傍にいられるようにと――――――




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