もう一つの、我々の物語 終わりの日


終わりの日が来た。

この繰り返しの世界の、最後の日。


最後の日に私がやり直しを願うことで、私はもう一度あの地震の直後、博士とお昼寝をしていたあの時間に図書館で目を覚ます。

世界に秋の色が降りてくる日の朝、それがこの世界のタイムリミット。


もし望まねば、このまま世界は続いていくのか――

それとも世界そのものがやりなおしているのだろうか?


いや・・・もし、そうでなかったとしたら

私が今まで繰り返した世界の全ては・・・そのまま続いていくことになる。


その世界の、私でなくなった私はどうなるのだろうか。

俯瞰の記憶を失い、ただの助手として生きていくのか?


・・・・・・・・・


もし、もし・・・私が見捨ててきた世界がその先も続いていくのなら・・・

私がこれまで必要に応じて切り捨ててきた全てのフレンズ達は・・・どうやって・・・



ようやく自分にとってのゴールが見えかけてきたこの世界で、これを考えることがどれほど恐ろしいことなのか気づいて、そこで思考を閉じる。


捨てた道だ、切り捨ててきた道だ。

私の目標はただ一つ、博士の笑顔を取り戻すことだ。

それ以外は・・・考えなくていい。


その為に今晩を無駄にはできない、今回もサーバルはダメだったが・・・サーバルの動向は最後まで見届けなければ。


今思えば最終日に誰かの様子を見に行ったことはない。

いつもは、これまでの行動をまとめる為に図書館にいるからだ。


もしかしたら、何かヒントになるようなことが・・・あるかもしれない。


「行くしかない・・・」


外へと出ようとしたところで背後に気配を感じた。


「助手・・・」


博士が本当にか細い声で私を呼び、まるですがる様に手を伸ばしてくる。


「博士・・・どうしたのですか、先に眠ると言って部屋に行ったはずでは」


「どこへ・・・行くのですか?私も一緒に・・・」


来られても、困る・・・。


この時間にいきなりサーバルの様子を見に行く、は不自然だし

そもそもあの状態のサーバルは博士にとって毒でしかない、たとえ明日などこの私には来ないとしても。

できる限り、博士の悲しむ姿は見たくない。


「いえ、少し月を見ていただけなのです。私もそろそろ寝ようかと・・・」


博士は上目がちにこちらを見る。

私の咄嗟の言い訳を疑っているようだった。



そうか・・・、そういえば今回は殆ど博士の傍にいなかった。

いや・・・そもそも、何回前からか思い出せない程に私は単独行動ばかりしていた気がする。

全員を救える方法を確立しても、それを一人で実行に移す為にはあまりにも時間の余裕が無いのだ。


特に今回はほぼサーバルにつきっきりだった。

他のフレンズ達がどうなったのかも、あまり気にしていなかった・・・。


「・・・助手、なら一緒に眠るのです。ちゃんと休まないと・・・体にも心にもよくないのですよ」


博士のそれは懇願に近いように感じた。

まあ・・・、たまにはいいか。


「わかったのです、一緒に布団へ行きましょう?」


手を差し出すと、博士がすぐに握り返してくる。

博士の手ってこんなに小っちゃかっただろうか。少しだけ違和感を感じたが・・・

これは違和感じゃない、忘れていたんだ。

しばらく手を繋いだりなんてしてなかった気がする。


――――――――――――



二人で並んで横になり布団をかぶる。


「・・・なんだか、一緒に寝るのが久しぶりに感じるのです」


「・・・いつも一緒に寝ていますよ、博士」


そうは返したが、私も同じ気持ちだった。

思えば長らく私の睡眠は「明日の誰かの為の休息」の為に布団に入って体を休めるだけの時間だった。

それが・・・今は、こんなにも心が安らいでいる、長い旅にも希望が見えたからだろうか・・・


「手を繋いでいてもいいですか・・・?」


「ええ、いいですよ」


布団の中で博士の指先が私の指に触れる。

もぞもぞと探る様に、私の指と博士の指が絡みあった。


「あったかいですね、こうして手を繋いでいると」


「少し涼しくなってきましたからね、お腹を出して寝ると風邪をひくのですよ博士」


「出してないのです。そんな子供じゃないのですよ」


博士が小さく唇を尖らせて抗議する姿を見て、その愛らしい姿を守りたいと思った。

その顔に笑顔を取り戻してあげたいと、再確認できた。


「博士、私が傍にいますから」


それは自然と出た言葉だった。


「本当ですか・・・?助手は、助手だけは・・・何があっても傍にいて欲しいのです・・・助手が傍にいなかったら・・・私は・・・」


博士を泣かせてしまってはダメだ。

安心させてあげないといけない。


「はい、必ず。私はあなたの傍を離れませんよ。博士と助手、ずっと二人で島の長なのです」


「あ・・・、・・・うん・・・!」


博士がようやく安堵の息をつく。

そして、繋いだ手にきゅっと力が込められるのが伝わってきた。


「・・・明日は二人で一緒にゆっくりしましょうか、一日何もしないで・・・二人でのんびり本でも読みましょう」


「・・・それは、いいですねぇ・・・楽しみ、です・・・」


博士の声が甘えたような蕩けた声になり、とぎれとぎれになっていく。


「じょしゅ・・・ずっと、一緒に・・・」


「おやすみなさい・・・博士」


ええ、ずっと一緒です。

そして、もう少しであなたはそんな悲しい顔をしなくて済むようになるから。

私が絶対に絶対に、あなたを笑わせてみせるから。

そして、その隣で私も一緒に笑うから。


―――――――――――



博士の寝息が落ちついたリズムになるのを見届けて、私はそっと布団から出た。


「今だけは、繋いだ手を離すことを許してください・・・博士」


眠る博士の耳にも届かないくらい小さな声でそう言って、私は寝室を後にした。



今日は最後の日。

朝が来る前に・・・、最後の月が沈んでしまう前にできることをしよう・・・。



サーバルの家の前に降り立つと、窓から小さな明かりが漏れていた。


(起きてますか・・・、・・・ん?)


「――――――?、―――――。」


中からサーバルの話し声が聞こえるが、これ自体は不思議なことではない。

いつも通り、居もしないかばんとのやりとりだろう。


だが、その言葉の端々に・・・聞き流せない単語がいくつか混ざっていることに気づき・・・聞き漏らさないようにしっかりと耳をすます。


「―――――、―――――、――――――。」


それが、その言葉が・・・サーバルにどういう意味を持つのか・・・わかる。



大きく翼を広げ、満天の夜空へと飛び立つと私は咆哮していた。


「そうか・・・、そうだったんだ!!こんなにも簡単な・・・!!」


「はははは、あははははははっ!!!サーバルには誰かの救いなんて必要無かった・・・!ただ、ただ――があればいいだけで!!」


こんなにも高らかに笑ったのはいつぶりだろう。

こんなにも心が澄み切ったのはいつ以来だろう。


わかった、わかったんだ。

私は遂にたどり着いた、この世界の完璧なゴール。

博士が笑顔でいられる日々への扉を・・・


「博士!!私は、やりました!!あはーっははははははっ!!!」


「私は願う!願うのです!!新しい世界を、幸せな未来を!!あなたの笑顔を!!」


月の光が私を照らす。そしてそれを全身で受け入れる。

さあ、世界。 やってみせろ。百を超える世界を繰り返して私は遂にやったんだ。


私は負けなかった。

さあ、世界。私の最後の戦いを、最後の世界を見せてやる・・・!!


――――――――――





どこにいるのですか、助手・・・


手を繋いで眠ったのに、一緒に、いたのに


どこに・・・じょしゅ、なんど、わたしをおいて・・・


なんど、わたしはひとりであなたをおいかけて・・・


どれだけ、あなたをおいかけるせかいをくりかえせば


じょしゅ、じょしゅ、じょしゅ、じょしゅ、じょしゅ


どこにいるの


なんで、わたしは


ひとりなの


あなたのえがおがみたい、じょしゅ






そ   ば  

        に





―――――――――――


プツン、と

胸の奥で何かが切れる音がした。

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