もう一つの、我々の物語


【博士】


目を覚まして一番に確かめるのは、隣にあるはずのあの子の温もり。


「じょしゅ・・・」


あるはずの熱を感じず、少し肌寒くなってきた空気に博士の体が小さく震えた。


「じょしゅ・・・、助手!?どこなのですか!」


寝室を飛び出し、慌てて下に降りると助手は何もせずに椅子に座っていた。

その背中を見て、博士は足を止めた。

今、自分は大声で名前を呼びながらバタバタと駆け下りてきたのに・・・助手は振り向かない。


その姿が、その背中が・・・誰のものなのかわからない・・・。

助手の姿をしているのに・・・、私の大事な友人であり時に姉妹のような、大事な家族の後ろ姿なのに。


「・・・・・・助手・・・ですか?」


何故、そんな質問をしてしまったのか。

目の前にいるのが、彼女以外の誰に見えるわけもないのに。


そこでようやく声をかけられたことに気づいたのか、驚いたように助手の肩が小さく跳ねた。


「博士・・・」


「おはようなのですよ助手、・・・早いのですね。まだ外は暗いのですよ」


「・・・・・・」


助手は私の言葉に何も返さず食い入る様に私の顔を見つめる。


「博士・・・、博士・・・ですよね?」


「そうなのですよ助手、・・・早起きで寝ぼけてしまいましたか・・・?」


同じ質問を返されたが、私はすぐに返事をすることができた。

だって私は博士なのだから、答えられない質問なわけないのだ。


「良かった、博士は・・・何も・・・」


「ええ、何も変わっていません。私は博士、助手の知ってる博士なのですよ」


私は変わってない。じゃあ・・・あなたは・・・?

どうしてさっきの質問に答えてくれなかったの・・・?


「は、はは・・・すみません博士、ちょっと寝ぼけてしまったみたいで。いま、朝ごはんの支度をしますね」


そう言って、助手はそそくさと調理場へ消えてしまった。



助手は・・・今、私にウソをついたんだろう。

私に何かを隠して、・・・私の支えを拒んで。


皆が災害の爪痕に苦しむこの状況を変えようとお互いに頑張っているはずなのに・・・どうしてこんなにもすれ違うのか・・・

助手は、私にいったい何を隠しているのだろうか。


他のエリアに行くと言って、崩れた病院へ向かって何をしているのだろうか。

そして・・・床を染めるこの血はなんなのだろうか・・・。



【助手】


ダメだった。

またダメだった。


今回はスナネコがダメだった。なんで・・・ちゃんと博士をあの日洞窟へ行かせた。

ジャガー達と接触していれば・・・あの子の条件はそれだけのはずなのに。

100%のはずなのに。


スナネコの行動は統計的に見てもあまり運が絡むことは無い。

他のフレンズと違って、簡単に救済できるはずなのに。なんで、どうして。


突然の予想外のノイズは酷く私を混乱させる。

誰かにすがりたい、誰か・・・一人でもこの苦悩をわかってくれる子がいればいいのに。


ああでも、この繰り返しの世界は私だけのもの。

私だけが与えられた・・・あの人の笑顔をもう一度取り返すチャンス。


無駄にはできない。甘えてはいけない。諦めてはいけない。



【博士】


・・・そろそろ夏が来る、・・・助手の様子がおかしい。

話しかけても上の空のことが多いし、パークの皆を救う為にどうすればいいかの相談も・・・あまり真面目に聞いてくれている気がしない。


どうしてこんなことになってしまったんだろう。

いや・・・助手は頑張っている、私が助手を支えないと。私が一番あの子の傍にいて、家族で、友人なのだから。


【助手】


スナネコとプリンセスが今度こそ確定。

間違いなく救える、五回連続で成功した。私は正しかった。

確実に正しい方向に進んでいる。


これでいいんだ。


【博士】


助手がおかしい。

数日前の大地震で苦しむ皆を助ける為に、色々話し合いたいのに・・・

会話がかみ合わない。私とは違う何かを見ている気がする。


やがてプリンセスとマーゲイの行方がわからなくなった。

私が慌てて助手に相談すると、言葉だけは心配しているように見えるのに、殆ど表情を変えずに一言二言空っぽの言葉を言ったあと、「諦めましょう」と言われてしまった。


泣いても、泣いても、来てくれない。

傍にいない、助手、今日も助手がいなくて私は一人で泣きながら眠る。


助手がわからない。なんで、そんな・・・みんなを突き放すようなことを言うのか・・・

わからない。どうしてしまったの、助手。


私達は、みんなで一つの群れだったんじゃないのか・・・。


変わらないで変わらないで、助手のままでいて。

涙がとめどなく溢れていく。


【助手】


できた、今回はできた。救えた、みんなを救えた。

”三回”程使って、医療書を死ぬほど読み込んだおかげでヘラジカの復活が確実のものとなった。フレンズの体とはなんと強いものなのか。

これでサーバルを除いて全員だ、確実だ。100%で救える。

いつ何時にどこへ行って、何をすればいいのか、誰に何を言えばいいのか・・・完全に網羅した。私はこの物語をほぼ全て理解した。

あとサーバルだけなんだ、あと・・・彼女を救う方法を見つけて・・・そしてアライグマとフェネックが見つかる世界にたどり着けばいい、それだけで。

それだけで・・・私の長い旅は終わる。


そしたら戻って来るんだ。あの人の笑顔が。

私が大好きだったあの人の心からの笑顔が。



【博士】


夏も中旬に差し掛かった。

地震の日から、助手がいつも隣にいない。不安だ。不安で毎日のように手が震える。

心を病んでしまったサーバルの家に行く時も、スナネコの洞窟に行く時も、プリンセスの行方を探す時も、せめて少しだけ一緒に休息しようとアルパカのカフェに誘っても。


もう、取り戻せないかもしれない。


サーバルのことを話すと、すごく困ったような・・・めんどくさそうな顔をされてしまう。もう相談できない。わからない。こわい・・・

どうすればいいの、私はどうすればいいの、助手。

ああ、世界は変わらなくていいのに、起きたことを受け止めて・・・その世界を生きていかなければいけないのに。


私達は、そうやって巡る命のはずなのに。


助手、助手、お願い、傍にいて。

私は・・・あなたの笑顔をもう一度見たいの。


変わらなくていいの、変わりたくなんてない。

ただ、あなたが傍にいてくれれば・・・それだけで・・・


右目から涙が零れる。

それはいつもと同じように床を赤く染めた。


【助手】


あとはサーバルだけだ、サーバルを救う方法だ。

今回は全てを切り捨てる。サーバルにだけ集中する。

そしてサーバルを救う方法を見つけ出し、博士を救うんだ。


それが私の使命、それが私の役目。

その為に私はここにいる。


博士、大好きな博士。


博士、今度こそ、あなたを―――――


あなたをこの苦しみから解放して、二人で・・・みんながもう一度笑える世界へ羽ばたくんだ。

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