俯瞰の代償


春先に起きた大地震のあの日から、数か月―――

夏も暑さのピークを通り過ぎ、心地よいくらいの涼やかな風が時たまパークに吹き始めていた。


まだ薄暗い明け方に目を覚まして、まず目元を軽く指でなぞってから手を見る。

フレンズの体になってから少しだけ夜目がききづらくなったとはいえ、・・・明らかに異常な”それ”であればわかる。



―――赤くない、大丈夫。



まだ隣で静かな寝息を立てている博士を起こさないように、布団から出ようとすると、博士の小さな手が私の裾を掴んでいたことに気づく。


「・・・すみません、博士」


眠る博士に小声でそっと語りかけ、その手をそっと離す。

んん・・・と小さく声を漏らして博士はもぞもぞと丸くなると、布団の中に収まってしまった。


「朝方は少し冷えるようになってきましたからね・・・」


もう一度心の中で小さく謝罪してから、ベッドから起き上がると、足元でボタボタと水の落ちる音を聞いた。


「ん・・・いけないいけない」


左目から流れるそれを乱暴に拭うと、私は寝室を後にした。



―――――――――


水場でタオルを濡らし、寝室でこぼした床のそれを静かに拭き取り、まだ博士が眠っているのを確認してから下へ戻る。


「今まで、博士に一度も気づかれたことは無いとはいえ・・・こんなものを見せるわけには・・・」


自分への戒めの為にわざと声に出して呟いてから、私は自分のリュックから一冊のノートを取り出して広げた。


そしてそこに書いた、何人かの名前に目を通し頭の中で思考を整理しながら確認のメモを取る様にノートにペンを走らせていく。



スナネコは○

今回は避難所やカフェで周囲に協力するなど特に目覚ましい成長を遂げた。博士がいつも通りに洞窟に行ったのみ。他は変化無し、ならば避難所での誰かとの交流がキーとなるのか?

回復の条件は、①橋を壊すことで、ジャガー達と接触させる。

(あの子達の会話を聞いたことが無いので理由は不明、会話に混ざったりこちらからの誘導では×)

②該当の日に博士をスナネコの住む洞窟へ行かせること。(説得は博士のみで可能なので、私は別の場所で動ける)


プリンセスは今回は×

行方不明になっていることからおそらく死亡。条件不明。

特に不振な動き、接触は無し。二人をカフェに連れて行ったのは初めて。関係あるか?

あの子に関しては、こちらから何一つ接触しなくても回復する可能性がそこそこ高めなので、マーゲイの方が回復のキーか。要検証・・・


ライオンは今回も×

ヘラジカが回復しなければ無条件で救済失敗。(可能性が低く、これまで二度しか復活していない)

ライオンを病院地下へ案内し、声をかけさせることも駄目。

勝手に友人の死を決めつけ感傷のままヘラジカを外へ連れ出してしまう、勿論待っているのは死、それしかない。結果、逆上されて私と博士が死にかけたこともある。

現状できることは、地震直後にヘラジカを回収し、地下手術室での回復を待つのみ。


(今回は鍵とカードを破棄。博士や他のフレンズに見つからないようにいつもの場所へ)



キタキツネは○

スナネコと同じくほぼ100%の安定。

両脚を失う大怪我を負うが、廃病院で見つかる治療用のサンドスターで確実な回復が可能。ギンギツネのサポートもあり予後も安定・・・。


アルパカも○

トキの動きを抑制さえすれば、あの悲惨な結末を遂げることも無し。

地震数日以内(大型のセルリアンが高山周辺に沸く前)にトキに一言二言吹きこんでアルパカのカフェから離れないようにさせればいい。


ヒグマ達は○

一度だけキンシコウがダメだったのが気にかかる(条件不明)

ヒグマが廃墟で酒瓶を見つけてしまうのもダメ。セルリアンへの対処が不能に。

ヘラジカ回収の際に、固定位置にある酒瓶を回収。


アライグマとフェネックは×

いつもの三箇所を回ったが姿が見えず。

おそらく完全に崩壊するような「四箇所目」もしくは「五箇所目」が存在する模様。

法則性無しにウロウロ動き回るのはやめてほしい。



「ふむ・・・”半々組”はこんなところですか。・・・問題は」


サーバル、と次のページに書きこみその下に「今回も不明」と小さく書き残す。


「あの子だけは・・・本当に回復の兆しが見えて来ませんね」


あの子が一番の課題であることは間違いないが・・・、今日も他に行く所があるし動向を見極めなければならないフレンズが多くいる。

言い方は悪いが、ここまでの経験では「何をやってもダメ」なのでサーバルはいつも後回しにしてまう。


ただ、他のフレンズの救済の為にサーバルの復活が絡んでいる可能性が無いともいいきれない。

このパーク内での命の絡みは本当に複雑だ。


自分でノートに書いた文字を、指でなぞりながら考える。


例えばヒグマが災害時の初期に酒瓶を見つけてしまうと、ハンターとして活動しなくなる。

最初こそ酒の力で多くのセルリアンを狩り続けるが・・・やがて災害時に守れなかった者達への罪悪感をアルコールでごまかすようになる。

その後は、ゆるやかにハンターとしての働き効率が落ちる。

もちろん彼女もバカではないし完全に堕落してしまう程弱くない・・・が、ハンターとして働きはするが酒瓶を見つけなかった時の場合に比べてその効果は四割程度にまで落ちてしまう。


ヒトがかつてアレを規制したのも、俯瞰の立場に立った今だからこそわかろうというものだ。


そしてハンターによるセルリアン討伐効率が落ちると、高山に危険が及ぶ。

避難所の設立が立ちいかなくなるし、場合によってはカフェ周りの関係が最悪の状況に及ぶ可能性があった。


あのカフェは復興に必要不可欠だ。

アルパカの面倒見の良さもあってか、多くのフレンズ達の心を癒すのに一躍買ってくれる。


さっきあげた半々組の他にも、多くのフレンズが傷ついているのだから。

それらの全てをないがしろにしていたら・・・彼女達を全員助けたとしてもパークに平穏は戻らないだろう・・・。


本筋ではないが、「必ず成し遂げなければならない小目標」の一つではあるだろう。


よって安らぎの場であるカフェの存続が成り立たなくなると、必然的に他のフレンズ達に連鎖していき、救えない存在が多く出てきてしまう。


こんな風に・・・未来の為には伏せられた見えないルールをいくつも模索してその先にある答えにたどり着かなければならない。


そして、この世界で私にとって何より忌々しいもの・・・それが、運。


これが何かのゲームならば駒は初期配置を経てプレイヤーによって様々な動きをとっていく、しかし駒の動きそのものは必ず一定なのだ。

しかし・・・この世界を繰り返して、そうではないことを知った。


それが俯瞰する立場である私の思考にノイズを混ぜるのだ。


ヒトの心と形を持ったフレンズだからこそと言えるかもしれないが、個々それぞれに動きが異なる場合がある。

私が何もしなくても、回復したりしなかったりするプリンセスがいい例だ。


そして、ある意味では盤外にいるとも言えるアライグマとフェネックの存在がもう一つのノイズのわかりやすい形だ。

あの二人は地震発生時にいる場所が毎回バラバラだった。

おそらくアライグマの「明後日の方向に突っ走る」とやらが関係しているのだろうが、初期配置が予想できない・・・という時点で望む結果を最短で引くことがあまりにも難しすぎる。


”いる”場合は特定の三箇所にまでは絞った。大した怪我もなく見つかるし、過去のかばんの件の影響もあってか避難所でのフレンズ達への協力も惜しまず尽くしてくれる。

”いない”場合は、存在そのものが最後の日まで全くの行方不明になってしまう。

あの大地震は非常に強い、山や建物の至る所が崩れ落ちたりしてるので・・・おそらくそういう場所のどこかが初期配置となり、・・・見つからずに終わるのだろう。

島中の建物はあらかた回ったはずなので、おそらくは山中か地下のどこかかと思われる。


皆にとっては良い存在となるが、登場そのものに運が絡んでくるので救出の優先度は低めだ。

幸いにも登場レベルまで運が絡む子は他に存在しない。だが解決法は簡単だ、他の全てのフレンズを救済する方法を確立した後であの二人が三箇所のどこかにいる世界で目覚めればいい。


「ふう・・・」


俯瞰の思考を整理すると、酷い頭痛が走り左目から生温かい液体が頬を伝った。

それは・・涙よりももっとドロリとして・・・赤い。


これは、この繰り返しが始まった時からずっとだった。

だから今更驚かないが・・・博士にだけは気づかれないようにしなければならない。

無傷の私が目から血を流しているのや、図書館内に血痕を残して歩き回っていたら不自然過ぎるし説明のしようがない。


詳しい仕組みはわからないが、理由はわかる。

私が世界に対し「変えよう」とすると、この血の涙が流れるのだ。


病院の本を読み漁っても、パークの資料をどれだけ調べても、目から原因不明の出血を繰り返すという例は見つからなかった。


ならつまり、フレンズ故の何かだ。今だ謎の多いサンドスターの何か・・・。




五十、六十、・・・あの地震の直後からの季節を何回繰り返したのか、もうそれを数えなくなって久しい。

おそらく、まだ三桁には届いていないと思うが・・・



私は変えなければならない。

悲しみで染まるこの世界を。


誰が望んだかはわからないが、私にはそれをする機会が与えられている。

そしてもう一度、あなたが心から笑える未来を掴み取らなければならない。


だって、私はあなたの笑顔が好きだったから。


「博士・・・待っていてください、私が必ず・・・」


愛しい存在の顔を浮かべ、意気込んだ所で私は違和感を覚えた。



「・・・・・・・・・、・・・・・・え?」



違和感に気づき、慌てて寝室へと走る。

ドアの前までは走ってしまったが、まだ博士が眠っていることを思い出し、呼吸を整えてからドアを静かに開けた。


「・・・ん」


博士が眠っていることを確認して、小さく安堵の息が漏れたが・・・


「・・・・・・は・・・かせ、・・・私は・・・」


安らかな博士の寝顔と重ねるように、必死で記憶の糸を手繰り寄せるが・・・私はどうしても思い出せなくなっていた。



”あなたはワシミミズクのフレンズなのですね、私と姿が似ているのです”

”もしよかったら、私の傍に・・・いてくれませんか”

”頼りにしているのですよ、助手”



「なんで・・・なんで・・・?」


博士と初めて出会った時に、優しい言葉をかけてくれた。

私と共に在ると言ってくれた・・・。


だから私はあなたの・・・あの日の笑顔の為に・・・

それをもう一度見たくって・・・だから・・・こんなにも長い時間を繰り返してきたのに・・・


「あなたの・・・笑顔が・・・」



――――――――思い出せない



じゃあ


私は


今、ここに



なんの、ために・・・

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