第七章

世界の底で



始めは自分がどこにいるのか、わからなかった。


まず最初に意識を取り戻した時は、長い眠りから覚めたような倦怠感と、現実から剥離した意識を取り戻すまでに随分の時間がかかった。


身を起こし、起き上がりことはできるが、辺りには人も物も、光すらも無い。上も下もわからず立っている感覚もあるのか無いのかわからない。かといって、私が羽を広げて空を飛ぶ感覚とも違う。


感覚としては浮いているというのが一番近いのかもしれないが、・・・自分としては上も下も無く・・・自分という存在が座標だけをそこに無理矢理縫い付けられたような奇妙な感じだった。


自分が、最後の日に何をしていたのかを思い出すことは・・・これまでにただの一度もできなかった。


これはおそらくルールの一つ。


しばらくすると、ばっと世界に光が満ちる。

遥か眼下に流星群のような光の奔流が、次々と流れては消えていく。


アレが何を意味する光景なのか・・・、まだわからない。

ただ、自分がここで目覚める日には・・・必ずあの虹色の流星群が見えた。

最初の頃はアレに引き寄せられる感覚があったが、ここで目を覚ます回数を重ねる度に、それは無くなっていった。

今ではただ見送るだけだった。


そして流星群の光が無くなり世界が再び闇に包まれると・・・これもいつもと同じく、水面に反射したような光が頭上にゆらゆらと揺れ始める。


そこから一本の細い糸のような、白い光が私の目の前まで垂れ下がって来た。


私は躊躇せずにその光の糸を掴む。

すると、その光に導かれるように自身の体が浮かび上がり、光の先の世界へと誘われていく。


頭上の光の向こうには、パークの景色が揺れていた。

手が届きそうになる高さまで来て、何かに足首を掴まれる。


下を見ると、私の足を引いた存在は一人では無かった。

いや・・・足を掴んだ腕はたった一本だが・・・そこにはヒトの形をした何かが山のように積み上がっていて、その歪な山の中から突き出た一本の腕が私の足首を掴んでいるのだ。


私を行かせないつもりなのか、それとも・・・慈悲で行くなと止めているのか。

わからないが、言葉を介そうともしない得体の知れない存在に、私の新しい目覚めを

邪魔されるわけにはいかない。


私には・・・あそこでやることがある。

振り払う様に足を動かすと、足を掴んでいた腕はあっさりと離れた。


どうだ、と睨みつけてやると、山の中から覗いた顔と・・・目が合った。


それは・・・とても私に似ていて・・・

いや、あれは私の顔だ、私そのものだ。


私と同じ顔についた、私と同じ目で

なのに、感情の無い無機質な目で私を見つめるアレは誰だ。


私の次の目覚めを邪魔しようとしたアレは・・・誰だ。


思考の途中で伸ばした手が光に触れると、流れ込む記憶の波に目の前の意識がかき消されて行く。


ああ・・・そうだ。全部思い出した。

私は・・・あの人の笑顔が好きだったから・・・だから、またここで目を覚ましたんだ・・・。


そしてまた、あの日に目覚めるんだ。


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