夢の終わり
その日は、酷い土砂降りだった。
小さな小屋を見つけ、そこで雨宿りしていたマーゲイとプリンセス・・・
小屋の棚から見つけた一枚の小さな毛布を二人で一緒にかぶり、肩に寄りかかって眠るプリンセスの安らかな寝顔を見てマーゲイが複雑そうに微笑んだ。
(・・・・・・もし、もしプリンセスさんが幸せな夢を見ているのなら)
(このまま、目を覚まさない方が・・・マシなのかもしれない)
ひとかけらの希望も見えず、あての無い旅にマーゲイは疲弊しきっていた。
このまま虚構で装飾された終わらないメンバー探しの夢を見続けても・・・プリンセスは回復などしないのではないだろうか。そんな思いがマーゲイの中で日に日に大きくなっていく。
しかし・・・もうわからない。何をすればいいのか。
プリンセスの心は現実を受け止めることはできなかった、そして受け止めない今こそが、記憶を閉ざした彼女の心のみが彼女自身に夢と生きる意味を与えているのだ。
発作は起こる。だが・・・それ以外の時は今まで通りに楽しそうに笑うのだ。
もし・・・この偽りの幸福を重ねたとしても、それで心に余裕ができれば現実を受け入れることもいつかはできるのかもしれない・・・
・・・むしろ、マーゲイの言葉でいう”回復すること”が、本当にプリンセスにとって幸せなのだろうか。
眠って見る夢よりも起きて見る夢の方が遥かに過酷だ。
もしこの先、プリンセスが現実を受け入れることができたとして・・それは彼女の未来に繋がるのだろうか。
もう・・・アイドルなんていいんじゃないか。と思ってしまう。
どこか、自分達を誰も知らない場所まで行って、二人で全てを一から始めて生きれないだろうか。
起こってしまった過去を受け入れることができないのなら、何もかもを無かったことにしてしまえば、今のプリンセスなら全てをゆっくりと忘れていけるのではないだろうか。
いつかに一度だけ、彼女を置いて自分だけ楽になってしまおうかと考えたこともあった。しかし・・・その考えは実行に移すよりも早くマーゲイの心を蝕み、罪悪感と悔恨が混じり合い・・・責任という名の鎖へと形を変えた。
今でもその鎖はマーゲイを縛り続けている。
そしてマーゲイその鎖はマーゲイを地面に縛りつけるのだ、決して二度と羽ばたかせないように、夢の翼を一枚ずつ毟っていくように。
生者は、生き残ってしまった者に何をしてやれるのだろうか。
マーゲイの中でその答えは・・・まだ出ない。
「でも・・・私だって・・・プリンセスさんと同じなんですよ・・・」
もしも・・・、もう・・・希望が何一つ・・・無いのなら。
―――――――――――
プリンセスが目を覚ますと同時に、その身を小さく震わせる。
「・・・うぅ、さむ」
雨が小屋の屋根を激しく叩く音を意識すると、雨宿りした時から天候が変わっていないこと実感した。
まだしばらくここに留まらなければならないだろう、・・・そんなことを半分眠ったままの頭でぼんやりと考えながら違和感に気づく。
「・・・マーゲイ?」
眠ってしまうまではお互いに肩を寄せ合っていたはずなのに、プリンセスの隣には誰もいない。
そこで、毛布が自分の両肩にかけられていたことに気づくと、慌てて立ちあがってマーゲイの名を叫んだ。
「マーゲイ!マーゲイ・・・っ!どこにいるの!?」
小さな小屋の中は隠れるような場所なんて無い、ぐるりと見渡していないということは・・・この部屋にはもういないということ。
マーゲイが座っていた辺りをぺたぺたと触ってみるが、埃のかぶったカーペットからは冷たさしか返ってこない。
自分が座っていた場所にはまだしっかりと熱が残っていた。
「いや・・・!!マーゲイ!!マーゲイ!!!!」
半狂乱になりながらプリンセスが外へと飛び出す。
「マーゲイ!どこ!?お願い・・・返事して!!」
慌てて飛び出したせいか、プリンセスが小屋の入り口の小さな階段に足をとられ滑り落ちた。
たった数段の階段なので肉体的な痛みは殆ど無かったが、立ち上がろうとしてプリンセスがもたついてしまう。
こんなにも寒くて辛くて苦しくて・・・地面に座り込んでしまっているのに、誰も支えてくれる人がいないのだ。
どこに手を伸ばしても、その手をとってくれる人は・・・もう、いない。
「なんで・・・なんでみんな・・・私を置いて・・・私だけ置いてっちゃうの・・・」
その場から動けず、プリンセスは子供の様にわんわんと泣き続けた。
マーゲイを探さなきゃ、立ち上がらなきゃ、・・・そう思ったが足はすくんだままで・・・
プリンセスは立ち上がらなかった。
だから
・・・翼の折れた夢が終わるその時が来た。
小屋の入り口に備え付けられていた呼び鈴がカラカラと小さく振動すると、雨の音に混じって、木々がざわざわと揺れ始めた。
プリンセスはこの感覚を知っている・・・。
「・・・・・・・~っ!!」
引きつって声にならない悲鳴だけが漏れる。
そして、木々の間からゆっくりと大きなセルリアンが姿を見せた。
・・・その姿には見覚えがあった、・・・大切な仲間を奪ったあの日と寸分違わない姿のセルリアンがそこにいた。
すぐ先に迫る、自身の死を実感したがそこでプリンセスはようやく気づいた。
これはきっと罰で・・・そして救済。
だからこのセルリアンはあの日と同じ形をしているんだ。
自分だけが生き残り、現実を受け入れることからも逃げ・・・その結果、自分を傍で支えてくれていた人にも見捨てられてしまった。
いや・・・最後まで見捨てずにいてくれたからか。
そんな自分が今、泥だらけで地面に座り込み終わりを迎えようとしている。
罪を悟った心からは怯えが消え、プリンセスはゆっくりと立ち上がるとセルリアンに向かって手を伸ばした。
「・・・ごめんなさい、私は・・・」
セルリアンは何も答えず、虚ろに揺れる真っ黒な目でじっとプリンセスを見つめていた。
「もう、・・・もうね、だめなの・・・ごめんなさい・・・ごめんな・・・さい・・・」
セルリアンの体から細い二本の触手がプリンセスの首へと伸び、優しく巻き付いた。
「ごめんね・・・ずっと、私のこと・・・」
プリンセスの意志を確かめるように、触手に少しだけ力が込められると、プリンセスはその触手を優しく撫でることで肯定した。
セルリアンの触手が、少しずつ力を込めてプリンセスの首を絞めていき・・・やがてプリンセスの体が少しだけ浮き上がる。
プリンセスは声も出さずに、抵抗もせずに受け入れた。
そして少女の小さな泣き声も、激しい雨音に混じってかき消えてしまった。
ごめんなさい。ごめんなさい。
最後まで、私の為にごめんなさい。
大切な記憶から逃げてごめんなさい。
あなた達を悪者にしてしまってごめんなさい。
全部をあなた達のせいにしてしまってごめんなさい。
ああ、でも。
最後はあなたのせいであってくれてありがとう。
あなたでなくてありがとう。
ずっと傍にいてくれて・・・
「・・・、ぃ・・・が・・・ぅ」
ありがとう。と
喉からなんとかそれだけを絞りだして、プリンセスの魂は永遠の安息を手に入れ、そして雨の中へと消えた。
そしてそれを見届けたセルリアンの魂も、自らの死を願い形を失いながら雨音の中へと静かに霧散していく。
やがて雨は弱くなり、雲間に切れ込みが入り光が差し込んだ。
光のカーテンに包まれた小さな小屋には、・・・もう誰もいない。
泥の中にまだ小さな光がいくつか残っていたが、それも数度瞬くと光と溶け合うように消滅してしまった。
雨の降りしきる小さな小屋の前で、誰にも知られず少女達の夢は終わりを迎えた。
彼女達が得たのは魂の安息と、今度こそ終わることの無い永遠の夢。
彼女達が幸せになる為にはどうすればよかったのか・・・
もう誰にもわからない、誰にも想像できない。
だって彼女達は誰にも知られることなく消えてしまったのだから。
生者は、生者と死者のことしか想えない。
その死を誰にも想われないこと。それが・・・生きることから逃げた二人に残された最後の罰だった・・・。
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