ドリーマーズ



「さぁ、どんどん行くわよっ!」


カフェに立ち寄った日から数日後。


プリンセスはまるで行進でもするかのように、両手を大きく振りながらマーゲイの先を歩く。


「プリンセスさん、・・・そんなに急いだら危ないですよ」


「何言ってるのよ、モタモタしてたらチャンスは逃げちゃうものなのよ?どんどん前に進んで、自分の手で掴まないともったいないじゃない」


「・・・そう、ですね」


「マーゲイ・・・」


せっかく気持ちを盛り上げようとプリンセスが発した言葉も、マーゲイのその反応に温度差を感じてプリンセスが肩を落とす。


「ねえ、あなた最近どうしちゃったのよ・・・せっかくマネージャーやってくれるって言うから・・・、すごく頼りにしているのよ?そのあなたがそんな消極的じゃ・・・」


そこまで言わせてしまってマーゲイがハっとして慌てる。


「あ、いえ!すみませんちょっとぼーっとしちゃっただけで」


「そんなんじゃパークにアイドルの概念を復活させるなんて、夢のまた夢よ!しっかりしなさい」


マズい、と思った時にはもう遅かった。


「あ、あー、そういえばこの前のカフェのっ」


必死で話を反らそうとするが、それを許さないと言う様にプリンセスの言葉が無理矢理遮った。


「その為にもメンバー探しを急がないといけないのよ、先代のメンバーを超える・・・最高のメンバーを」


プリンセスが言う「先代」という言葉に、マーゲイは憧れでありそして友人でもある彼女達の姿を浮かべ、胸を締め付けられるような痛みに顔を歪めたが・・・

笑顔でそれを語るプリンセスが誰の面影を浮かべているのか・・・マーゲイにはわからない。


だって、きっと彼女が語る「先代」は遥か過去の伝説のそれなのだから。


「まずはリーダーね。ドンと構えてくれるような見た目の子がいいわよね!でも、少し頼りないところなんかがあったりして」


「次はやっぱりいかにも清純派って感じの子かしら?綺麗な長い髪で・・・可愛らしい声で・・・」


「あとグループにはムードメーカーも必要よね、元気でやる気いっぱいに私達を巻き込んで突っ走っちゃう感じの・・・、・・・かん・・・じ、の・・・」


「・・・・、あ、・・・え・・・?私、・・・・・・ぇ?」


チリチリと頭の中を焦がされるような痛みに、自分が自分であることを確かめるように両手を頬に当ててプリンセスは固まってしまった。


そして、その瞳からぼたぼたと大粒の涙が零れ落ちるが・・・プリンセス本人は自分が泣いていることにも気づかずに、痛いくらいに見開いた目で何かを探す様に虚空を見つめた。


マーゲイは、・・・きっとそんなプリンセスよりも辛かった。

プリンセスが夢を語る様に並べる彼女たちのイメージ像が、ハッキリと見えるからこそマーゲイは俯いてただ地面をじっと見る。

目を閉じると、浮かんでしまうから。


瞼が熱くなるのを感じて、何度同じ涙を拭ったのか、そしてこの先・・・何度同じ涙を拭わなければならないのか・・・それが頭によぎるだけで、もうマーゲイは立っていることもできず座り込んで両手で顔を覆った。


「あ、・・・あっ、あっ?え・・・え?だって、私、アイドルになるから、その為に、仲間を・・・さが・・・し、探してっ」


何かを言いかけて、プリンセスが「ひいっ」と小さく息を飲んだ。

マーゲイが慌ててプリンセスを抱きしめる。


「いやいやいやいやいや、いやいやいやいやいやいや!!!!いやぁ!いやぁあああああああああああっっっっ!!!!!」


プリンセスの絶叫が辺りに響いた。


「いやだ!!違う!!違うの!!私、逃げてないっ!!違うの違うの違うのぉぉっ!!私だけが逃げたんじゃない!!私だけが逃げて生き残ったんじゃない!!いやああああああああああ!!!!」


「大丈夫です、大丈夫ですから、プリンセスさん・・・落ちついて・・・!!」


バタバタと暴れるプリンセスをマーゲイが押さえつけるように抱きしめる。

大丈夫、大丈夫、と何度も耳元で優しく囁くが、その声はプリンセスには届かない。


――――こうなった時は、いつも届かない。


「セルリアンが来るのっ、助けて、助けて誰か!!誰かぁあああ!!みんなを助けて、みんなを助けて!!!」


「大丈夫ですから・・・プリンセスさん、私が側にいますから・・・」


プリンセスの腕が、脚が、マーゲイの体中に乱暴にぶつかる。

最近消えたばかりの痣が、また同じ様にいくつもできるだろう。

見えない幻影に怯えるプリンセスは、まさに死にもの狂いで暴れた。


死に物狂いで暴れる人一人を、体格が同じ程度のマーゲイ一人で抑えるのは、酷く難しいことなのだ。


「なんでなんでなんで、なんでなんで誰もいないの誰も助けてくれないの、なんでみんな・・・いなくなっちゃったの・・・」


暴れながらの絶叫が、懺悔のような弱々しい言葉に変わっていく。


「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・許して・・・私を許して・・・うっうっ・・・ううぅうぅうううう・・・っ」


だらんと力が抜け、崩れ落ちるプリンセスをマーゲイが支えようとするが、バランスを崩して二人共地面に倒れてしまった。


「・・・う、うっうっ・・・うううううう・・・うぅぅぅうぅーっ・・・!」


倒れたままのマーゲイの胸に顔をうずめるようにしてプリンセスの嗚咽が漏れる。



サーバルは現実から逃避し、スナネコは迷妄の存在に心を預けた。

そしてプリンセスは、・・・忘却した。


自身だけが生き残ったプリンセスの罪悪感は、失った仲間達への感謝にも供養にも向けられず、後悔の念として絡みつきその心を閉ざしてしまった。

仲間達と出会う前の夢を、捻じ曲げ遠ざけた記憶で包みこみ、歪んだ目的となりその心を覆ってしまった。


しかし現実に刻まれた傷全てを覆い隠すことはできず、こうして発作的に思い出しては惨劇のフラッシュバックに怯え・・・記憶の奔流に苦しみ、暴れる。


そしてまた忘れるのだ。

これを幾度となく繰り返して、彼女は自身の心を守っていた。


・・・同じく生き残ったマーゲイは、ある意味では運が良かったのかもしれない。

プリンセスの方が先に心を壊してしまったから、マーゲイ自身は自分を見失わないで済んだ。


しかし、不安定なプリンセスを支え続けなければならないストレスと、メンバーの死を受け止めなければならない悲しみもあるのに、マーゲイにはその為の涙を流して心を自浄する時間さえもろくに与えられない。

現状のように、マーゲイが不安定な姿を見せる時は・・・それすなわちプリンセスの心も同じく不安定になることを意味していた。


先日のカフェでのやりとりのように、自分達の事情を知ってくれているフレンズ達の前ですら・・・迷惑をかけるのではと気が気ではなかった。

せっかく気を利かせて気分転換を提案してくれた助手には感謝したい、もちろん快く今までのように迎え入れてくれた二人にもだ。


一度、お茶を飲んでいる最中にプリンセスが発作で暴れだしカフェの外へ飛び出てしまったことがあった。

その時のプリンセスの見るに堪えない姿や、半狂乱になりながらプリンセスを追ったマーゲイを見ても・・・それでもあの二人は再び迎えてくれたのだ。


あの時間で、ほんの少しでもプリンセスの心に安寧を与えてやれたのなら、感謝してもしきれない・・・、だが、どうしても申し訳なさの方が勝る。


マーゲイの心が休まる場所は、自身の中にも他者の中にも・・・もう無いのだ。


「プリンセスさん・・・大丈夫ですか・・・」


荒かった呼吸が落ちついてきたプリンセスの背中を優しく叩くと、プリンセスがゆっくりと体を離して起き上がる。


「・・・最近、練習続きで疲れてるのかしら・・・ごめんなさい」


「いえ・・・大丈夫ですよ」


涙で真っ赤に腫らしたプリンセスの目を見て、自分が泣いてはいけないとマーゲイは血が出る程に拳を握りしめた。

・・・プリンセスに悟られないように、背中に隠すようにして。


「少し、そこの木陰で休んでいきましょうか」


「ううん、大丈夫よ!こんな所で止まっていられないわ、だって」


”はやくメンバーを探さなきゃ”


それは何度となく繰り返された言葉、これまでとこれからの永遠の・・・拷問のような日々を約束する言葉。


「しっかりついてきてもらうわよ!マネージャー!」


「はい・・・、ペパプの為なら・・・私はどこまでだって」


「あら、マーゲイもしかして・・・」


さっきまで泣いて暴れていたはずのプリンセスが、もう”忘れて”マーゲイをからかうようににこにこと笑う。


「新メンバーが見つかったら、上手くやっていけないかもとか思ってるんじゃないの?あなた、意外と初対面に弱いものね」


「・・・そう、かもしれませんね」


「初めて会った時も、鼻血吹いて倒れちゃったんだっけ、良い匂いがするーって」


(プリンセスさん・・・その記憶の中で、私はどうやって貴方に出会ったんでしょうか・・・)


現実と虚実が混ざり合った言葉を聞くのは本当に辛いものだった。


「心配しなくても大丈夫よ、だって私達は・・・」


プリンセスがステップを踏むようにくるくると回りながら言った。


「あんなにも仲良しだったんだから」


まるでステージの上で大成功を決めた後の様に、本当に晴れやかで・・・アイドルそのものの笑顔だったのに、・・・プリンセスの目からは大粒の涙が零れる。


そのアンバランスさがマーゲイの心を打ちのめした。

もう二度と戻ることはない、と現実を叩きつけるかのように。



マーゲイはそれでもと願う。

プリンセスが自分を取り戻してくれることを、・・・そして本当の意味での”復活”を遂げる日がくることを。


(私達の夢の翼は・・・、折れてませんよね・・・?)



季節は初夏。

しかし、こんな日に限って風は冷たく、マーゲイの心を一層凍えさせた。



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