第五章

心の淹れどころ



「今日はお客さん来ないねぇ・・・」


「みんな大変だもの、毎日ここまで登って来るフレンズがいる方が異常よ」


アルパカの指から砂糖が一つカップに落ち、スプーンをカチャカチャと回すとそれをトキに手渡した。

神経質なトキは「音を鳴らさないように混ぜられないのかしら・・・」と、喉元まで出かかった言葉を一口目と一緒に飲み込んでから、ありがとうとお礼を言った。


「飛べる子だって来てくれないよお?」


「みんなお茶飲んでる場合じゃないのよ、環境がいきなり変わって慣れない毎日を過ごしている子の方が多いわ」


「でもでも、麓の方に避難所が出来たでしょお?傷ついてる子も多いからぜひ紅茶飲みに来てね、ってみんなに話したんだけどなぁ」


「傷ついてる子達がお茶飲みに山登らないわよ」


「トキちゃんいじわるだよお」


これは決して悪意でいい加減な返事をしているわけじゃない。

毎日の様に「客が来ない、なんでだろう」と聞かれてもトキも答えに困るのだ。


この慣れた会話は、すでに朝の挨拶のようなものだとトキは感じていた。

・・・つまり、彼女は毎日ここに来ているのである。


「せめてあの下まで行けるやつが動くといいんだけどねえ」


「地震で壊れたでしょう、諦めなさい」


「じゃあ、トキちゃんがお客さん連れて飛んできてよお」


「アルパカが背負ってくればいいじゃない」


「・・・・・トキちゃんのいじわる」


トキがちょっと身を乗り出して、ぷーっと膨らませたアルパカの頬に指をさす。


「ぷひゅるるるー」


気の抜けた音でアルパカの口から空気が漏れた。

この時間は一応は客とマスター。ちゃんと客席とカウンター側に別れて座る。

閉店後となる夜以外は自然とそうしていた。


別に深い意味は無く・・・カフェという場所を使ってのごっこ遊びのようなものだったが、二人はこの座り方を変える暗黙のルールが好きだった。

カフェという場があったから、自分達は出会えた。

だから、そのカフェという場所のルールを守ることで、出会ったことの尊さを確かめ合うような・・・そんな感覚から無意識に生まれたルールだったのかもしれない。



二人が他愛もない雑談に花を咲かせていると、カランカランとドアが鳴る。

カウンターに半分突っ伏す様にしていたアルパカが飛びあがって背筋を伸ばした。


「いらっしゃいませえ、ジャパリカフェへようこそ~」


「アルパカ、元気そうですね」


「おお~、助手ぅ。よーく来たねえ、今日はどうしたの?助手がお客ぅ?」


「いえ、今日は客を連れてきたのですよ」


入ってきたのは助手と、後ろにもう一人。


「あんれ、後ろのは・・・」


「こんにちは、美味しい紅茶を飲みに来たわ!」


ロイヤルペンギンのプリンセスだった。


「ん、いらっしゃあい。座って座って」


「ありがとう」


アルパカに促されて、プリンセスが客席に座る。

それはカウンターに向けて背を向けた席で、ドアからは離れた席だ。

そしてトキがカウンターの席から移動し、プリンセスの正面に座る。


「うん・・・。じゃあ、少しの間頼むのですよ」


特に違和感無くその動作をする二人を見届けた助手が小さく頷いて、もう一度外へと出ていった。


「んじゃぁまた後でねえ」


アルパカがカウンターから手を振ってそれを見送った。

そして、プリンセスに何度か淹れたことのある茶葉を棚から下ろし、カチャカチャとティーセットを鳴らす。


「何度来ても、ここは落ちつく香りね」


プリンセスが、すうっと鼻を鳴らし安心しきった顔で体を預けると、椅子の背もたれが少しだけギィと音を立てて軋む。


「もう、その椅子もダメかしらね」


「え、え。私そんなに重くないわよ、ちゃんと減量もしてるし!」


経年劣化を指摘したトキの言葉を勘違いしたプリンセスが慌てる姿を見てアルパカがカウンターでくすくすと笑う。


「あたしが座っても平気なんだから大丈夫だよお」


「そうね、アルパカの方が重いでしょうし」


「トキちゃあん?トキちゃんのだけ、にがーいしぶーいお茶にするう?」


「あらアルパカ、今気づいたけど最近痩せたかしら?」


そんな二人のやりとりにプリンセスが静かに目を細めて呟いた。


「いいわね、仲良しって」


「あら、あなたも仲のいいあの子がいるでしょう?」


「マーゲイは仲良しっていうより・・・うーん、お友達だけどマネージャーって感じなのよ」


二人分のカップとティーポッドを乗せたトレイをアルパカが運んでくる。


「仲良しじゃないのぉ?」


「あ、ううん。仲良しで大事なお友達よ、でもこう・・・マネージャーです!って感じが強いから、あなた達みたいな関係とは違った仲良しなのよ」


関係を上手く言葉で説明できないことに、プリンセスがうんうんと唸りながら首を左右に傾げる。


「あ、こんなこと言ってたってあの子には内緒よ?・・・なんだか恥ずかしいし」


「はいはい、わかったよぉ」


プリンセスが確かめるように入り口のドアを見る。


「まだしばらくは来ないわよ」


トキの言葉に、小さく”わかってるわよ”と呟いて、目に見えるような照れ隠しでプリンセスが一気に紅茶を飲み干す。


「ふーっ、もうこんなに暑くなってきたのに・・・紅茶は熱いのが美味しいわねぇ」


「あら、私は冷たい方が好きよ、最近は夜以外は冷たいのを飲んでるわ」


そう言いながらトキが飲んでるのはプリンセスと同じホットの紅茶。

合わせて同じものを飲んでくれてるのだとわかりプリンセスは少し嬉しかった。


同じ場所で同じ時間を、同じように過ごし共有する。

それだけでこんなにも心は温かくなる。


だからプリンセスは自分もそんな仲間を作るぞ、と拳をあげて立ち上がる。


「ペパプ復活、頑張らなきゃ・・・!」


「・・・・・・」


意気揚々と前向きな台詞を言ったはずなのに、その言葉を聞いたトキが黙ってしまう。

カウンターに戻っていたアルパカも、自分の分のカップに視線を向けたままで困ったような笑みを浮かべていた。


「・・・、え、えっと・・・ごめんなさい私なにかヘンなこと言ったかしら」


空気が変わってしまったことに気づき、プリンセスが顔色を窺う様に二人に尋ねた。


「・・・いえ、いきなり立ち上がったから驚いただけよ」


トキのその言葉に、急に他人行儀になられたような違和感を感じたが・・・自分の発言がどう考えてみても失言だったとは思えないプリンセスの視線が居場所を失ってカフェをさまよう。


アルパカがそれに気づき、にっこりと微笑んでくれたのでプリンセスも一旦は安堵してぎこちない笑みを返してから座りなおした。


「・・・ゆっくりしていってねえ、プリンセス」


「え、ええ。おかわりもらえるかしら」


「はいはい、今注ぐよぉ」


「一度に沢山飲むとおしっこ止まらなくなるわよ」


二人はもうさっきまでの和やかな空気に戻っていた。

それがあまりにも自然過ぎて、一瞬だけ暗くなったあの瞬間を、自分だけが白昼夢の中にいたのではないかとプリンセスは感じるのだった・・・。



――――――――――


入り口のドアが再び開くと、速足でマーゲイがカフェに入ってきた。


「プリンセスさんっ」


「・・・?ど、どうしたのよそんなに慌てて」


カップを持ったままの姿勢できょとんとした表情を向けるプリンセスに、マーゲイがほっと息をつく。


「ありがとうございます」


マーゲイはアルパカとトキの二人に小さく頭を下げた。


「私達はお茶を飲んでいただけよ、あなたも座ったらどうかしら」


「ええ・・・ありがとう、ございます」


息を整えながら、マーゲイがプリンセスの隣に座る。


「はあい、どうぞ」


マーゲイの前に紅茶の注がれたカップが置かれが、マーゲイはすぐに口をつけようとはしなかった。

その表情は硬く、緊張に耐えているようだった。


「今日は・・・何も無くて、よかったです、・・・ね?」


「・・・なにが?」


マーゲイが発した言葉の意味がわからずにプリンセスが怪訝そうな顔をする。


「ええ、静かなお茶の時間だったわよ」


「そうだねえ、マーゲイが来るまで三人で静かにお茶飲んでたよぉ」


トキとアルパカの言葉を聞いて、マーゲイの硬かった表情がようやく和らいだ。


「どうしたのよ、マーゲイ。あなた・・・大丈夫?」


プリンセスが心配そうにマーゲイの顔を覗き込む。

するとマーゲイはにっこりと笑って、大丈夫ですと返した。


「では、私は行くのですよ。また夕方過ぎに寄るのでその時に」


「あ、ありがとうございました!また迷惑を」


「ほんと迷惑なのですよ、お前達を抱えて飛ぶのは疲れるのです」


助手の言葉は悪態をついているように聞こえたが、そんなに下手に出なくてもいい、・・・という言葉を茶化して言っただけだとマーゲイには伝わったようだった。


「ふふ、じゃあ帰りは肩でも揉ませてもらいますね」


「そりゃ楽しみなのです。アイドルのマネージャーならマッサージとかも慣れているでしょう。今日の報酬として楽しみにしておくのですよ」


ドアを閉める前に、助手がマーゲイの耳元で何かを言ったようだったが・・・プリンセスはトキとのおしゃべりに夢中でそれには気づいていないようだった。


楽しそうに笑うプリンセスを見て、マーゲイは目頭が熱くなるのをぐっと耐えたが・・・ダメだった。

両の目からすーっと一筋ずつだけ涙が零れる。


気付かれてはいけないと、メガネを外し腕で目元をごしごしと擦った。


「どうしたのよマーゲイ」


「あ、いえいえ。何か外から飛んできたみたいで目に・・・あいたたた」



最後の言葉は、誰が聞いても少しわざとらしかった――




――――――


夕方になって、迎えにきた助手が先にマーゲイを連れて麓へと飛ぶ。


「今日はありがとう、また近くに来たら寄らせてもらうわ」


「うんうん、いつでも来てねぇ」


アルパカがプリンセスの手を、両手でぐっと握る。


「ほんとに、いつでも来てくれていいからねえ。私達はいつでもここにいるから、いつだってみんなに美味しい紅茶を淹れてあげるからね・・・」


少し大げさにも見えるアルパカの見送りにプリンセスがたじろぐ。


「どうしたのよアルパカ、また来るってば」


プリンセスが元気そうに、今までと変わらない元気さを見せる度に、アルパカの見送りの声がどんどんか細いものになっていく。


「がんばって・・・がんばってねえ。プリンセスが元気になるなら、あたしいつでもいらっしゃいませって言うからねえ・・・」


もう、半分涙が混じったような声でプリンセスの手を強く握るアルパカの姿が、見送り以上の何かを意味していることはわかったが・・・それがなんなのかプリンセスにはわからない。

だから、視線だけをトキの方に向けると、トキはプリンセスの方を見ないままで言った。


「久しぶりの客が来たから帰したくないだけよ、気にしないであげて」


「そ、そう・・・わかったわ」


その後も、助手がもう一度カフェの扉を開けるまで・・・アルパカはずっとプリンセスの隣で、頑張って、いつでも来てね、と繰り返すのだった。

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