残滓の先
ボロボロになった建物に残された小さな部屋の中に、リカオンが一人立って壁の一点を見つめていた。
「おい、何ボーっとしてんだリカオン」
「うひゃぁっ!?」
いきなり声をかけられて驚いたリカオンが部屋の隅まで飛びのいて、敵襲を警戒して慌てて両手を構える。
「おっ、面白い。私とやるか?」
声をかけたヒグマが意地悪そうな笑みを浮かべて武器を構えるが、それを後ろにいたキンシコウが、苦笑しながら諫めた。
「ヒグマさん達じゃないですかぁ・・・驚かさないでくださいよぉ~」
「ここまで接近されて気づかないお前が悪い、私達がセルリアンだったらどうするんだ?」
「ううー、そのセルリアンはさっきお二人が追っていってくれたでしょう」
リカオンは建物の前に構えていた大型のセルリアンを見つけた時、「二人でなんとかなるから、ここの調査を任せた」・・・と二人に置いてけぼりにされたのだ。
実際に二人は「なんとか」してきたからこうして戻ってきたのだし、戦力外としてわざと置いていかれたわけではないことだってわかっている。
というより、「先輩二人は細かい作業したくないんだろうな・・・」とも密かに思っていた。
「別のが出てくる可能性もあるだろ、このバカ」
ゴツンと、リカオンの頭にげんこつが落ちる。
「うわ~んキンシコウさ~ん」
「はいはい、痛かったですね~。でもリカオン、本当に気をつけないとダメよ?」
泣きながら胸に飛びついてきたリカオンをよしよしと撫でながらも、しっかりと注意するキンシコウを見てヒグマが観念したように首を横に振った。
「おーおー、わたしにゃできんなそれは」
「それで、リカオンは何を見てたの?」
「あ、実はですね、そこに文字が・・・」
リカオンが指さした壁の一部に、確かに文字が書かれていた。
「あー・・・?壁が崩れてて殆ど読めんな、・・・ダ・・・ブ、・・・ノ、ア?か」
「それがちょっと気になってしまって、ここにいたフレンズが書いたのかなって」
それは、覚えたばかりの字を壁に石で刻み込んだような不器用なもの。
かつてここにいたヒト達が残したものと考えるよりは、ここに住みついていたフレンズ達がどこかで文字を覚え、それを書いてみたと考えるほうが自然だった。
「ま、地震より前にここに住んでたやつらが書いたんだろ」
あまり興味無さそうに吐き捨てるヒグマとは対照的に、キンシコウが遠慮がちにリカオンに聞いた。
「それで・・・生存者は?」
「いませんね、ゼロです。何人かのフレンズが住んでたのは確かみたいですけど。フレンズの匂いは全く残ってないので、いなくなってから大分時間が経ってると思います」
「じゃ、ここを根城にしてたさっきのデカブツに食われたんだな。何人か食えばあれくらいデカくなるだろ。ここにはもう誰もいない、ここら一帯は大体回ったしそろそろ戻って博士に報告するか」
「そう・・・ですね」
キンシコウがうつむきがちに返す。
最近のパークでは地震の被害が大きすぎて、フレンズ達の中からセルリアンへの脅威が薄れていたが・・・セルリアンに食べられるフレンズはまだまだいる。
フレンズにとってセルリアンという存在は避けられない脅威の一つなのだ
だからこそヒグマのドライさも、感情移入して落ち込んでしまうキンシコウも・・・どちらも自然だった。
「でも、・・・・・・かもしれない」
「あ?リカオン、なんか言ったかー」
「上手く逃げたかもしれないじゃないですか、セルリアンに襲われる前に・・・それで、今でもどこかで元気に・・・っ」
「あぁ?・・・・・・そんなわけ・・・、・・・ん」
ヒグマが、そこまで言いかけて言葉を飲んだ。
リカオンはハンターとして二人より経験が浅い。
だからこそ、こんな風に”だったらいいのに”が言葉として出てしまう。
先輩の二人はリカオンと同じようにこんな希望的観測をしては、今まで何度も裏切られてきたのだ。
そんな甘い考えを持っていては、いつかリカオンもセルリアンの餌食になってしまうかもしれない。戦いの為に全てを切り捨てろ、そう言うのは簡単だ。
でも、後輩がこの先ずっと戦いの中で生きていくことを望んでいるわけじゃない。
だから・・・、複雑で、言葉を飲み込んでしまった。
「そうね・・・、そうかもしれませんよ?ヒグマさん」
リカオンとヒグマ、どちらの気持ちも察したキンシコウが優しく微笑む。
「・・・次、行くぞ」
「ヒグマさん・・・」
ヒグマの少ない言葉は、否定の表れとしてリカオンに届いた。
突き放されたのだと感じたリカオンがヒグマの後ろをとぼとぼとついていく。
「もし・・」
建物の入り口でヒグマが立ち止まって、これまでと同じ吐き捨てるように言った。
「生きてんなら、どっかで会うだろ」
「あ・・・、はいっ!!」
それは、同じぶっきらぼうな口調でもヒグマなりの精一杯の優しさと、捨てたはずの甘さが込められていた。
「頑張ります!次のセルリアンは、私も戦いますよ!」
「へーへー、期待してやるよ。黒セルリアンの時みたいに速攻でやられるのだけは勘弁してくれよ」
「それ私じゃなくてキンシコウさんだった気が・・・」
「お?・・・そうだったか?」
「あれは、その、ちょっと油断しただけで・・・!」
三人のハンターが建物を後にして、きゃいきゃいと騒ぎながら森を歩いていく。
木々の隙間から眩しい日が差し込んで、季節はゆっくりと夏の扉を開こうとしていた。
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