緑の日
まどろむ意識から、遠くの方で誰かがボクを呼んでいた。
視界にゆっくりと色がついていき、意識がしっかりするのを実感すると共に、自分を呼ぶ相手がツチノコの声ではないことに気づく。
「スナネコ、いないのですか。博士なのです」
「っ!!」
博士の声だ。
博士にいま中に入られてはダメだ・・・。
ツチノコは脚に大怪我してを動けない・・・、ボクと一緒にいるのはわかっているだろうし、少しでかけていますじゃ明らかに不自然だ。
用件はわからないが、入り口で話だけ聞いて帰ってもらおう。
「ツチノコ、動いちゃダメですからね!」
入り口の博士にも聞こえるような大きな声でツチノコに声をかける。
へーへー、と気怠そうに頷くツチノコの姿が・・・一瞬だけぼやけたように見えた。
――――――――――
「博士っ、あの・・・奥でツチノコが休んでいますから」
「わかっているのです、入らないのですよ」
博士は優しく微笑んでボクの言う事を聞いてくれた。
よかった・・・それならとりあえずは・・・
「今日はお前に大事なことを伝えに来たのですよ」
「大事なこと・・・ですか?」
「この洞窟は近い内に崩れます」
「・・・は?」
「近い内に次の大きな揺れが来ることがわかっているのです。その時にここは・・・持たないでしょう」
博士の淡々としたそれだけの言葉が、上手く頭に入ってこない。
ここが・・・ボク達の家が、崩れて無くなる?
「ですから、スナネコ。お前も避難するのです、アルパカがカフェをやっている高山はわかりますね?あそこの近くに避難所を作りました、もう沢山のフレンズ達がそこに集まっていますから」
「待って・・・」
「前の地震は本当に突然でした、セルリアンの出現が重なった地域もあったと聞いています。ですが、来るとわかっていればいくつかの対策はできるのです。避難所には飛べるフレンズが多く集まっていますし、人数が多ければセルリアンへの対処もできるでしょう」
「まって、まって・・・」
「どうしましたか、スナネコ」
博士が、ボクを問い詰めるような・・・そんな強い口調で言う。
口調も目つきもいつもの博士と同じぶっきらぼうなもの・・・なのに、すごく真剣そうな顔で・・・すごく悲しそうな顔で。
「ボク、あの・・・あの」
「はい、なんですか。聞いていますよ」
「ツチノコ・・・を、呼んで・・・こないと、だって脚を怪我して・・・」
おぼつかない足元をなんとか気力で奮い立たせ、博士に背を向ける。
どうしようどうしようどうしよう・・・
今のままじゃツチノコはここから外に出れない。
でも、今ここでボクから離れたら、ツチノコは博士の中から消えてしまう。
博士の中から消えてしまったら・・・みんなの中からも・・・
そんなの・・・ボクは・・・
「スナネコ」
博士の声に体がビクっと強張り、おそるおそる振り返る。
「今すぐ崩れるわけではないのです。私はここで待っていますから」
「博・・・士・・・?」
「ゆっくりで、いいのですよ」
――――――――――
「ツチノコ!大変です!ここが崩れるって・・・!!」
慌てるボクと違って、ツチノコは落ちついた表情のままでこっちを見ていた。
「時間が来ただけだ、仕方ないさ」
ツチノコがボクに歩み寄ろうとして、途中で止まる。
ツチノコの視線は足から伸びる鎖をじっと見て、そしてボクの目を見て言った。
「もう、いいんだろ?」
「でも、でもここからツチノコが出たら!!もうツチノコはどこにも!!」
―――――いなくなってしまう。
「お前が頑張ってくれたおかげで、オレは少しの間だったけどみんなの中にいられたんだ」
「それはこれからもですっ!考えます、今考えますから・・・」
「でもな、それがお前の未来を潰しちまう、・・・友達がそれを望むと思うか?」
「でも、・・・でも」
ああ、わかってる。
ツチノコがそう言うってことは、ボクは・・・。
「今度こそ、本当に受け入れるんだ。お前は強いさ、大丈夫だ」
「う、うぅ・・・でもぉ・・・」
「スナネコ…だから、もういいんだぞ」
大粒の涙が頬を伝って地面にぼたぼたと零れ落ちる。
涙が落ちる度に、ツチノコの足を縛る鎖は色を失い少しずつ溶けて・・・
やがて、消える。
「ありがとうな」
今度こそ、ツチノコがボクの前までやってきて、・・・ボクを優しく抱きしめてくれた。
ツチノコの体に縋りつくように、抱きしめ返す・・・。
こんなにも熱を、温かさも柔らかさも、幸せも・・・全部全部感じられるのに。
「ボクは・・・ツチノコに何かをできたんでしょうか・・・」
なんで、あなたはここにいないの。
「それはお前がこれから決めていけばいい。生きていくお前がだ」
こんなにもツチノコは生きているのに。
「それに、最初からお前は一つ勘違いしてるんだよ」
こんなにも、ここにいるのに。
「何でオレが誰の中からもいなくなるんだよ、いるだろうが」
こんなにも・・・ボクの心にいるのに。
・・・心に。
「お前のここに」
ずっといたのに・・・。
ツチノコがボクを抱きしめたままそう言うと、胸の辺りがぽっと熱くなる。
「オレのことを誰が忘れたって」
そうだ・・・だから、もう、ボクも・・・受け入れなきゃいけない。
ううん、ツチノコがそう言うんだから、ボクはもう・・・ずっと前から
「オレはここにいるんだ、ずっと、・・・ずっとだ」
「はい・・・、ボク、もう・・・わかってたのに・・・なのに・・・」
「生きていけ。それが全部だ」
「ううぅう・・・ボクは・・・生きます、ツチノコのこと・・・絶対に、忘れないから・・・っ」
「なあスナネコ、オレをここに縛った仕返しだ。最後に一個だけワガママ言わせろよ」
「ワガママですか・・・?」
「いつか、どこかでまたオレが生まれる。それがこのパークで、オレ達フレンズだ。だから・・・そいつを見つけて一番最初に友達になるんだ。そして、そいつにオレと過ごしたことをいっぱい聞かせてやれ。また新しいお前の友達に。」
「はい・・・ぜったい、ボクがいちばんに・・・ぜったいぜったい約束します・・・!!」
「大丈夫だ、絶対にまた会える」
「はい、必ず・・・」
「「またどこかで」」
ツチノコが、そっと体を離す。
ボクも友人に背を向ける。もう・・・振り返っちゃダメだ。
これは呪いからの離別、この呪いはツチノコを縛ってたんじゃない。
ボク自身をここに縛りつけた、ボクへの呪い。
ツチノコがくれた温かいものを、呪いに変えてしまった。
それでも、その温かさはボクへ未来に生きろと言ってくれる。
ボクの大事な友達なら、そう言ってくれるという確かな希望。
「ツチノコ・・・ボクと出会えたこと・・・どうでしたか」
「そうだな。・・・悪くなかったぞ」
うん、・・・それが聞けたなら。
ボクはもう、満足・・・。
「じゃ、足りないか」
「・・・?」
「スナネコ」
ボクは、振り返った。
もうダメだとわかっていても、それでも・・・これで最後にするから。
そこにあったのは、いつもの照れたような皮肉っぽい笑顔じゃなくて
太陽のような満面の笑みの、ボクの友達。
「最高に楽しかった!お前と友達になれて幸せだったぞ!」
ああ――――――
だから、ボクは。
「よし、行けよ」
ツチノコがパンと手を叩くと同時にボクは走り出す。
「ボク、忘れません!あなたと過ごしたこと!」
「おう!またな、スナネコ」
「はいっ!!」
外へ出て驚いた。
頬を撫でる風に匂いを感じる、・・・虫の声にも草花の声にも、雲や空も、全部が今までと違って見えた。
そこにある何もかもに輝きの色がついていた。
「太陽って、こんなにもあたたかかったんだ」
もう大丈夫、涙を拭ってボクは歩き出す。
ボクの友達が送りだしてくれた、これからを生きていく為に。
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