黒子
窓から差し込む朝日を顔に感じ、助手が目を覚ます。
まず確かめるのは、隣で博士がちゃんと眠っているか、その後に自分の目元を指でなぞった。
自身の体に異常が無いことを確認して安堵の溜息をつく。
「大丈夫ですね」
博士を起こさないように静かに起き上がり、寝室を後にする。
冷たい水で顔を洗いしっかりと目を覚ます。
「今日は・・・」
壁にかけられた十年近くも前のカレンダーの数字に指を滑らせる。
「今日ですね、博士がスナネコの所へ行く日は」
日付を確認してから、博士が外出時に好んで使っている小さなリュックを開ける。
元々は遥か昔のパーク内の子供の忘れ物だろう。
チープなピンク色の布地に、すっかり汚れてしまったアニメキャラクターの顔が残っている。
中を開けるとちゃんと役に立ちそうな物や、何に使うのかよくわからない細々としたものが詰められていた。
そして、底の方に数枚のジャパリコインを見つける。
「この枚数分だけ・・・とでも?」
助手はそのコインの意味を正しく理解していたので、リュックから取り出さずにコインをそのままにしておいた。
「ジャパリまんをいくつか入れておかないと・・・、時間がかかるかもしれないし。ああ、あとハンカチも新しいのに変えておこう」
テキパキとリュックの中を整頓し、有用なものを詰め込んでいく。
その中には絆創膏や消毒液の類もあった。
もちろん、ケガ人救助の為じゃない。
これは博士の自衛用だ。
未だ心不安定なフレンズが多いパ-クでは、サーバルの時のようなことが起こらないとも限らない。
博士のリュックの中を改めた後、その隣に自分用のリュックを並べて置く。
こちらはかつてパークの職員が使っていたであろうと思われる、少し武骨な大き目のリュックサック。
博士と同じようなものもあといくつかあったのだが、博士より少し体の大きな助手は効率の為と言ってこちらを使用していた。
大きさの割に、中身がそこまで詰まっているわけではない。
入れてあるのは少しの食料と、水、手拭き用のタオル程度。
「・・・そうでした」
横のポケットに入れっぱなしになっていたものに気づく。
ごそごそと取り出すと、それは紅茶の茶葉だった。
「忘れていましたね、これは・・・明後日、はダメですから、その次の日に博士と一緒に飲みましょう」
茶葉の入った袋を本棚の上に置く。
そしてもう一度リュックに手を入れ、少し見えにくい位置にある小さな内ポケットに入っている”それ”の感触を確かめる。
「ふう、ちゃんとありますね」
それは金属性の細長い一本の鍵と、薄っぺらくて平たいカードのようなものだった。
「これを失くしたら本当に終わりですからね・・・」
これを確かめる瞬間だけは何度やっても慣れない。と言わんばかりにその不安を払拭する為に何度も何度も指先で感触を確かめる。
助手にとって、これの存在は博士にも決してバレてはいけない秘密。
そしてこれらで至るべき場所のことも。そこに何があるのかも。
助手はリュックをしっかり閉じた後、時計を見る。
もう少しで自分が起きてから30分、いつも通りならそろそろ博士が起きる時間だった。
そして助手の想像通りに、上から小さな足音が降りてくる。
「じょしゅぅ・・・おきていたのですか・・・」
まだ半分寝ぼけてフラフラと歩く博士の肩を助手が支える。
「今日の準備があったので、持っていくものの確認をしていたのですよ。博士の分もやってありますから」
「ありがとうなので・・・ふあぁ・・・」
「さぁ博士、顔を洗ったらご飯にしましょう。今日もパークの為にお互い忙しいのですよ」
助手が博士の背中を押しつつ、明るい声でそう言った。
ただ、博士には見えないように浮かべた助手のその表情だけが、明るい声とはどうしても釣り合わないものだった・・・。
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