灰色の日、奇跡の日



「ツチノコっ!!」


起き上がって、自分の声に驚いた。


「・・・また、あの時の」


呼吸が落ち着かないし、体は酷く汗ばんでるようだ。


「はぁ・・・はぁ・・・」


「またあの時の夢か?」


隣で座っていたツチノコが茶化すような口調で聞いてくる。


「はい・・・、きっと、ずっとこの夢は消えないんでしょうね」


「何もしてやれなくてすまねえな」


「いえ、ツチノコはここにいてくれるだけでいいんです。ボクが目を覚ました時にそこにいてくれれば、それで」


そう、それだけでいい。それ以上は望まない。


「もうあの日みたいな思いだけはごめんですから」


地震の日のことを思い出す。

ボクは最後にあの忌々しい瓦礫をどけることに成功したんだ。


でも、そこで力を使い果たしたのか気を失ってしまった。


目を覚ました時には、少し時間が経ってしまっていて、瓦礫の下にツチノコの姿は無かった。

ただ、夕焼け色になったスポットライトが、数枚のコインだけを照らしていた。


ボクは慌てて滅茶苦茶に土を掘ったり瓦礫をどけてそこら中を探したがツチノコはどこにもいなかった。


きっと・・・ツチノコの体が持たなかったんだろう。

だから彼女はそこにいた証だけを残して、自然へと還った・・・。


ボクがあの時、気を失わずにツチノコを助け出していれば・・・きっと今みたいにはなってなかったはずだ。



何も考えないようにして、来た道を戻り家へついてボクは眠った。

翌朝、目を覚ました時も・・・隣にツチノコがいるなんてことはなかった。


「目が覚めて、そこにいたはずの友達がいないのは怖いです」


例え、いるはずの無い友達がそこにいたとしても。

いないよりは、怖くない。




――――――――



それからボクがみんなに会ったのは、結構な時間が経った後だった。


自分が飽きっぽいことは知っていた。


でも、心の傷というものがこんなにも飽きとは程遠いものなのだと初めて知った。


何日も何日も、ツチノコのことを思う。

毎日を暗闇で泣いて過ごし、何度も何度も崩れた遺跡に足を運んだ。


瓦礫の山から得られたのは数枚のコインだけ・・・

彼女がそこに生きていたという証だけ。



近場のフレンズ達と顔を合わせた時に、大変にびっくりされた。

地震から何日経っても誰も顔を見ていないから、死んだのかと思われていた

らしい。


でも、彼女達はボクの心配はしてくれたがツチノコの心配をする者はいない・・・。

まあそれは当たり前だ、そもそもツチノコは遺跡とボクの家を行ったり来たりしているだけだ、殆どのフレンズ達と面識が無いだろう。


大きな黒いセルリアンからかばんを助けた時のみんなならツチノコを知っているが、ボクの家の近くには誰もいない。


そうだ、あの時のみんなは無事なんだろうか。


そう思った、ボクの脚はあの二人の家へと向かって動いていた。


かばんとサーバル、あの二人はみんなの中心だった。

本来なら住んでいる縄張りが違い過ぎて出会わないはずのみんなを繋いでくれた。


それに、誰かにツチノコのことを伝えなければいけない。

確か、あの二人は図書館の近くに二人の家を作ったはず・・・。


行こう。

ボクの悲しみを、誰かに伝えなければいけない。

でなければ、きっとボクはおかしくなってしまう・・・。



―――――――


死んでしまったかばんの幻と暮らすサーバルの姿を見て、ボクは言葉を失った。



ボクが二人の家に着いた時に、たまたま博士が居合わせた。

会わない方がいいかもしれない、と言われた意味がようやくわかる。


ヒトの心を持つということが、どれだけ重く辛く苦しいことなのか。

壊れてしまったサーバルの姿を見てボクはハッキリと理解した。


そんな心を持つのはボクも同じで・・・、そして目の前にいる博士も同じだなのだ。

暴れるサーバルを、か弱い腕で必死で抑える博士の姿が酷く痛々しかった。


そんな博士に、ボクは今から更に友人の死を伝えないといけない・・・。


少し落ち着いたサーバルを寝床に座らせた博士に促されて、博士と一緒に家を出る。



「スナネコ、・・・辛いものを見せてしまいましたね」


「あ、・・・あの、いえ」


返せる言葉なんか無かった。


「もう、しばらくここには来ない方がいいでしょう。サーバルが自分を取り戻したら私からあなたに教えるのですよ」


「・・・・・・はい」


「ああ、あと・・・、ちょっとついてきてくれますか」


何も言わずに博士の後ろを歩く。

ボクよりもこんなに小さな体で、博士の心は今どうやって耐えているんだろうか。


ボクも、こんな風に強くならないと・・・いけないんだろうか。


「ここなのです、さ・・・挨拶をしてあげてほしいのです」


「・・・・・・」


綺麗な花畑の中に小さなお墓があった。かばんのお墓だろう。

フレンズの体は死ぬと消えてしまうのだとツチノコで知った。

だから、きっとここにかばんが眠っているわけじゃない。


だから、このお墓はかばんの為じゃなくて、ボク達の為のもの。

これを見る度に、いなくなってしまったということを受け入れる為のもの。


「・・・楽しかったです。かばんと出会えたこと」


お墓に対して何を言えばいいかなんて出てこない。

それよりもお墓の傍に置いてある小瓶が気になった。


少し顔を近づけて見ると、中身が目に入るより先にいい匂いが鼻をくすぐった。

これは・・・アルパカがカフェで見つけた紅茶の葉っぱだ。

きっとボクより先にここに来て、かばんの死を知ったんだろう。

そして、自分達の思いの証としてこれを置いていったのだ。


供え物なんて考えていたわけじゃないが、ふとポケットの中の重みを思い出して手を入れる。

きっとツチノコだったらコレを置いていくだろう、と思いボクはかばんのお墓にそっとコインを二枚添えた。


一枚はボクから、もう一枚はツチノコが添えていたはずの分。


「ほう、それはツチノコが集めていたジャパリコインなのですか」


後ろから博士が覗きこむ。


「はい、キラキラしててかばんも喜ぶかなって」


「・・・ええ、なら・・・今頃きっと喜んでいるでしょう」


心の中でもう一度お墓に向かってありがとうと言ってから立ち上がり、振り返る。

これでお墓への挨拶はおしまいだ。また近くに来ることがあったらここに寄ろう。


次は、ボクが博士に言わないといけない。

もう一つの悲しいことを。


なのに・・・


「それは、ツチノコからもらった物ですか?」


博士がそんな風に聞いたから。


博士の言葉が体中を駆け巡って、鼓動に変わる。

頭の中に、自分の心臓の音がゆっくり、ゆっくりと聞こえて・・・。



ボクは、ウソをついた。



――――――――――



ウソをついた罪悪感で滅茶苦茶になった頭のまま、どう家に帰ってきたかも曖昧だったけど・・・

その日、ボクが家に帰ってきた時に奇跡が起きた。


「よぉ、遅かったな」


「え・・・え・・・?」


そこにはツチノコの姿があった。


「ツチノコ・・・ですか・・・?」


大切な彼女の姿を見間違えるわけなんてない。

それはきっと自分で自分を確かめる言葉だった。


「あ、ああ・・・無事だった・・・んですね」


目の前にいる彼女は、以前のままだ。

どこも怪我なんてしていない、少し照れたような表情でこちらを見て苦笑を返してくれる。


「ツチノコ・・・ツチノコォっ!!」


ボクは思わず飛びついていた。

そのまま二人で地面に倒れ込んだが、そんなのお構いなしに力一杯に友達を抱きしめた。


「ツチノコ、ツチノコ、ツチノコぉ・・・!」


何度も何度も名前を呼んで、存在を確かめるように全身を擦りつける。


「よかった・・・ボク・・・、ボク・・・ツチノコがいなくなったら・・・!!」


「・・・・・・」


ツチノコは何も答えずに、優しく頭を撫でてくれた。

ボクが乱暴に体を押し付けても、嫌がらずに受け止めてくれた。


ボクはそれが何より嬉しかった。

ツチノコはここにいる。だってボクはその熱を感じる。


誰かの中に生きる場所があれば、ヒトは生きることを許されるんだ。

存在することを許されるんだ。


だからツチノコは・・・ここに生きているんだ。



疲労と安堵で、眠りに落ちかけた意識が優しく心に語りかけてくる。



・・・大丈夫、わかってる。

このツチノコが何なのか、ボクはきっとわかってる。



でも・・・今だけはこのまま眠らせて。


幸せな夢の中で、幸せな夢の中へ―――



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