みんなへ
陽が沈み、世界はすっかり夜の世界。
でもここには星の灯りだけではなく、人工的な灯りが室内を照らしていた。
「トキちゃぁん、紅茶淹れたよう」
「ありがとう、アルパカ」
紅茶を受け取ると、トキが慣れた手つきで小瓶を開けそこから砂糖を取り出しカップに沈めた。
「あんれ、一個でいいのお?」
「この葉っぱのお茶は甘過ぎない方が美味しいのよ」
「そう?あたしは甘~い方が好きなんだけどねぇ」
二人はカフェのお客用のテーブルに向き合って座る。
今の二人の時間は・・・ただの友人同士のお茶会だからだ。
わざわざカウンター越しである必要は無かった。
「葉っぱによって合う味と合わない味があるわよ、あなたカフェのマスターなんだからちゃんと覚えなさいよ」
「うぁ~、もうなんだかトキちゃんの方があたしよりマスターっぽいねぇ」
ケラケラと笑うアルパカに、やれやれと溜息をつきながらトキが紅茶を口に運ぶ。
「ふう、あったまるわ」
「もう大分あったかくなってきたから、冷たい紅茶でもいいんだけどねえ」
「今日は川に落とされたから、温かいお茶の方がいいわ」
「あんれ、そんなことがあったの?・・・どおりでぇ」
「???なにかしら」
首をかしげるトキに顔を寄せて、アルパカがわざとらしくすんすんと鼻を鳴らす。
「トキちゃんちょっとだけくさい」
「げっ・・・、うう、あの子もう一発殴っとけばよかったかしら」
二人が二杯目の紅茶を飲み干す頃には、話題はサーバルについてのものになっていた。
「うううん・・・、みんな大変なのに・・・何にもしてあげられる事が無いってツラいねぇ」
「あら、それでいいのよ」
「ええ、なんでぇ?」
「逝ってしまった者へ何かしてあげられることなんて私達には元から無いのだし、残された者へも私達は何もできないのと同じよ」
「でもでも何か力になってあげたいよお」
「そう、そうやって悩んで悔やんで。それをしていればいいの。それ以上こちらから何かをしても誰かの悲しみを減らせるものでもないわ」
アルパカとトキの死生観は、きっとまるで違う。
だからトキの突き放すような言い方は、アルパカには理解できない部分が多かったが
トキがトキなりに死者や残された者への思いを持っていることは伝わってきた。
だから、アルパカも口を挟まずにそのまま静かに聞いていた。
「いつも通り、これまでのように生きていけばいいの。残された者が悲しみを乗り越えた時に、私達が当たり前の光景として周りに広がっていればその悲しみをゆっくりと溶かしてあげられるかもしれない。当たり前の光景があれば、相手だっていつもと同じように頼れるでしょう」
空になったカップを意味も無く覗きながらトキは続けた。
「その時に、真っ直ぐ受け止めてあげること。それが残されたものに対して私達が初めてできる”何か”なのよ」
「トキちゃんは強いんだねえ」
「あら、そんなこと無いわよ」
「えええ~、強いよお。もし誰かを亡くしたのがあたしだったらそんな風にしゃらーんってしてられないよぉ」
「私だって同じよ、こうして生き残ったから今まで通りでいられるの。私だって側にいる誰かを失っていたら・・・サーバルみたいになっていたかもしれないわ」
「なぁんでそんな風に思うのぉ」
「???・・・貴方がいるからでしょう?」
「あんれまぁ」
不器用なトキなりの愛情表現に、アルパカがにんまりと笑う。
「んもお、トキちゃんはあたしのことすきすきなんだねぇ」
「・・・もう一杯おかわり」
「ああ、ダメだよお。そんなに飲んだら夜中におしっこで起きちゃうよ~」
「ふん」
少し赤くなった顔を、アルパカの視線から逸らす。
アルパカはほんのり紅に染まったトキの横顔をしばらく笑顔で眺めていた。
――――――――
「邪魔するのですよ」
散々トキをからかった後、もうそろそろ休もうかとアルパカが提案し
二人でカップを片づけていると、不意にカフェの扉が開かれた。
「あんれ、助手?どったのぉこんな遅くに」
「様子見がてら、ちょっと茶葉を頂きにきたのですよ」
「紅茶あ?博士と?それともサーバルぅ?」
「サーバルの、です。前のをもうダメにしてしまったみたいで」
「そっかそかぁ。今用意するからちょっと座って待っててえ」
このやりとりも何回目かになる。
だから、アルパカも助手もそれ以上何も言わなかった。
茶葉を小さな瓶に詰めてアルパカが持ってきて助手に渡す。
「はいこれ、届けてあげてねえ」
「ありがとうなのです、ちゃんと預かったのですよ」
「あのね、もしあたしに何かできることがあったらいつでも言ってねえ」
茶葉を受け取った助手の手を握ってアルパカがブンブンと上下に揺らす。
「ええ、その時が来たら頼むのです。もしかしたら傷ついたフレンズを気分転換に連れてこられるかもしれないのです。その時には美味しい紅茶を淹れてあげてほしいのです」
「うんうん、まっかせてねえ。あ、そのお茶はねお砂糖たくさん入れるとダメなんだって、それサーバルにも教えてあげてねえ」
「はいはい言っておくのですよ」
言っても効果は無いだろうから言わないし、そもそもあの家に砂糖なんか置いてないだろう。
それでもこれはアルパカの純粋な心配や好意だ。
助手も水を挟まないで素直に受諾しておく。
「あとねあとね、助手も博士もいつだって紅茶飲みにきてね。悲しいのはサーバルだけじゃないんだよお、それを忘れないでね」
「・・・、ありがとう、なのです」
助手がちょっと驚いたような顔をしてから、にこりと笑顔を返す。
あの日から誰かを心配してばかりの自分達を、こうして心配してくれる誰かがいたことを忘れかけていた。
「アルパカ、やっぱり我々の分も少し茶葉を分けてもらっていいですか」
助手がそう言うと、アルパカの顔がぱあっと明るくなる。
ばたばたと棚を開けては茶葉を小袋に移していく。
そんな背中をトキが呆れたような表情で、でも嬉しそうに眺めていた。
「お疲れさま助手。貴方達も大変そうね」
「・・・大変なのは私だけでいいのです、博士には・・・もう少し休んで欲しいのですが」
「あら、そういうの良くないわ。せっかく二人で生き残ったのだからちゃんと助け合いなさいよ。相手に頼ることだってれっきとした助け合いよ」
「ふむ、生意気に感じますが、アルパカを支えてやっているお前の言葉です。素直に頷いてやるのですよ」
「おまたせぇえ!あのね、こっちが夜に飲むとおいしいやつで、こっちのはお水だけでお茶になるやつ、それからそれから・・・」
アルパカが紅茶について色々と説明するのを、助手が話半分に聞く。
「それ、殆ど私が教えてあげたことよね」
「わぁあん、トキちゃんそれ内緒だよう」
今日のカフェは、いつもより少し遅い時間まで少女たちの声が聞こえていた・・・。
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