第二章

私達へ




空を飛んだり泳いだりできないフレンズは多い。

ジャングルエリアの大きな川を渡る為にジャガーが始めた川渡しは、あの大地震の日が過ぎても続けられていた。


ジャガーが引いて泳ぐイカダの上に、今日は二人のフレンズの姿があった。


「~~~♪」


二人は仲良さそうに歌を歌う。

その片方はコツメカワウソ、かばん達と出会った辺りからジャガーにすっかり懐いてしまい、今ではいつでも行動を共にしていると言ってもいいくらいの大切な親友となっていた。


「~~~♪」


そしてもう一人は、砂漠エリアからやってきたスナネコ。

透き通るような綺麗な歌声を持ち、カワウソの元気いっぱいの歌とはまた違った良さの持ち主である。


「二人とも今日はご機嫌だね」


「だってスナネコと会うの久しぶりだしねー!一緒に歌えるのたーのしいんだぁ♪」


「そうですね、ボクも・・・誰かと一緒に歌えるの、嬉しいです」


「ツチノコと一緒に歌わないの?」


ジャガーの問いにスナネコがやれやれと呆れたような溜息をつく。


「あのツチノコが一緒に歌ってくれると思いますか?」


「・・・」


ジャガーの脳内に、壁に隠れてよくわからないことを叫んだり、コインを見つけて半狂乱するツチノコの姿が浮かぶ。


「たしかに」


「もったいなーいなー、ツチノコちゃんも歌えばいいのに」


カワウソが手のひらの上で小石を遊ばせながら唇を尖らせる。

そのままペンっ、と指ではじいた小石をそのまま尖らせた唇に乗せてみせた。


「おお・・・、すごいです。ぱちぱちぱち」


「でしょでしょー!これ新しいあそびなの!スナネコもやってみる?」


「いえ、いいです」


飽きるのはやーい!とカワウソがイカダの上でじたばたと暴れるとイカダがガタガタと左右に揺れた。


「ちょ、ちょっとカワウソ危ないってば」


「スナネコー!飽きっぽいフレンズはくすぐっちゃうぞー!」


「やめっ、やめてくださっ・・・あはっ、あはははは」


「このこのこのーっ、くすぐり攻撃だーっ」


頑張ってバランスを取ろうとするジャガーの努力も知らず、きゃっきゃきゃっきゃと

二人がじゃれつき合う。


「あ、でもなんかもうくすぐられても平気になってきました」


「だから飽きるのはやいってー!」


二人の笑い声を聞きながら、ジャガーはふっと微笑む。


大きな地震はフレンズ達にとても大きな悲しみを残した。

多くのフレンズが住処を失ったし、多くの友人が死んでしまった。


川渡しをしている時も、少し横に目を向ければ倒れた木々達や、普段はお互い縄張りに踏み入らないであろうフレンズ同士が肩を寄せ合う姿が目に入る。


パークは変わった。

今までの、セルリアンという”状況によっては対抗できるかもしれない脅威”ではなく・・・、どうしようもできない自然の脅威というものを皆が知ったのだ。


それは動物だった頃には本能で知っていたこと。

ヒトの姿を手に入れて、少しだけ忘れかけてしまっていたもの。


それでも、二人の笑い声を聞いていると変わらないものだってちゃんとあるのだということが実感できた。


「二人とも、ばたばたするのはいいけど落ちないでよー?」


「あははははっ、むりむりっ、やめてっあはは」


「仕返しですよー、それー、こちょこちょ」


「うひひっ、だめだってばっ、きゃはははっ!じゃ、じゃがったすけてっきゃーはははっ」


(二人とも聞いちゃいない・・・)


きゃあきゃあとはしゃぐ二人を乗せながら、ジャガーがざぶざぶとイカダを

進めていくと、自分達を追い越して上空をぱたぱたと飛んでくるトキの姿が見えた。


「おーい、トキー」


「わーい!トキー!」


ジャガーが挨拶程度に声をかけて手を振ると、カワウソもそれに続き、スナネコも小さく手を振る。

三人に気づいたトキがふよふよと高度を下ろして近寄ってきた。


「あら、こんにちは貴方達」


「やっほー!トキ飛んでたね、飛んでたねー!」


「はいはい、そうね」


カワウソのハイテンションな絡みを雑に流しながらトキがイカダの端にちょんと腰かける。


「丁度良かったわ、しばらく飛びっぱなしでどこかで羽を休めようと思っていたから」


「そっかそっか、なら休んでいきなよ。方向はこっちで大丈夫?」


「ええ、今日はアルパカのカフェに行くつもりだから」


「カフェ!いいないいなー!私も行きたいなー!」


「疲れてるって言ったでしょう、ちょっと静かにしてもらえないかしら」


とりあえずくっつこうとするカワウソを、トキがちょっと不機嫌そうに両手でグイグイと押しのける。


「ああもう、離れてってば。・・・スナネコは久しぶりに会うわね、元気だったかしら」


「はい、ボクは元気ですよ」


「ツチノコの怪我はどう?足を痛めてしまったと聞いたけれど」


「ボクをこうやってお使いに出すくらいには元気ですけどー、でもまあ・・・しばらく蹴られる心配は無さそうです」


「ふふ、なら元気そうね」


三人の会話に時々ジャガーも混ざりながら、ざぶざぶと川の向こうへイカダを引いていく。


「そうだ!トキだけくすぐり攻撃受けてないね!」


「はぁ?」


カワウソの唐突な発言にトキがうんざりと溜息をついた。

別に二人の仲が悪いわけではないのだが、どうしても終始うるさいタイプのカワウソがトキは苦手らしい。


「とりゃー!」


カワウソがいきなりトキの飛びかかると、腋やら横腹やらに指を這わせていく。


「ちょっ、ちょーっ!・・・へひっ、ふひゃははぁぁあはははっ、やめなさいっこらっ、あははははっ!」


「おおー!ボクもやりたいです。こちょこちょこちょー」


こういう時だけノリのいいスナネコがくすぐりに加わり、トキが笑い声の混ざった悲鳴をあげる。


「きゃっははははひひひっ・・・ひっ、ちょ、ちょ、ひぃぃっ」


もう声がひきつって意味のある言葉が出なくなっている。


「ちょ、ちょっと。三人も乗ってるんだからそんなに暴れ・・・」


振り返ったが、時すでに遅し。

きゃああ!というトキの悲鳴と、二人の「おー!」。

そして三人分の、ざばんという水が弾ける大きな音が響くのであった。



―――――――


「このっ、バカ!」


三人が岸に上がった途端、トキのげんこつがカワウソの頭に容赦無く落ちる。


「ほんとに殴るわよ貴方」


「いたーい!もう殴ったじゃんかー!えーん!ジャガぁ~っ」


イカダが流されないように岸にあげていたジャガーにカワウソが飛びつく。


「あぐっ、おもいおもいどうしたのカワウソ」


いきなり後ろから飛びつかれてバランスを崩しかけるが、そこはジャガーも慣れたもの。しっかりと踏ん張りカワウソを背負い直して甘やかすように体を揺する。


カワウソと行動していると日に十回も飛びかかられることが当たり前になってくる。


「トキにぶたれたー!」


「はいはい、カワウソがくすぐってみんなを落としちゃうからだよー」


ジャガーがカワウソを適当にあやす。

正直、明らかにカワウソが悪いので擁護のしようも無い。


「飽きませんねぇ、誰か一緒にといると。・・・ふん、ふん、ふーん。ぷるぷる」


スナネコがのんびりとした動作で顔を震わせ水を払う。


「そうだね、カワウソといると毎日飽きないよ」


「ほんとっ!?えっへへー!私もジャガー大好き!」


文脈から何が「私も」なのか全然繋がらないが、彼女のストレートな愛情表現にジャガーもにこにこ笑顔で返す。


「いやはや、・・・仲間を失うというのは本当に辛いですね」


思い出したようにスナネコが呟く。

ジャガーもカワウソもトキも、うん、と静かに頷いた。


「だからさ、私達みんなで支え合っていかなきゃだよね」


「そうね、私達は生き残ったんだもの。私達が元気に過ごしていくことと、忘れないことが・・・あの日逝ってしまった者への何よりの供養だわ」


「もしかしたらさ、何かがバーっと起きてまた会えるかもしれないしねー!」


カワウソがちょっと外れたようなことを言うが、それも彼女の前向きな生き方なのだろうと誰もが納得した。

悲しみから自分の心を守る為に、どんな解釈をしたってそれは誰に咎められるべきものではないのだから。


それは”これから”の未来を生きていく為に誰にだって必要なことのはず。


サーバルはその解釈を”これまで”に向けてしまった。

だから不器用な足踏みを続けてしまっているし、それを何とか救ってやろうと多くのフレンズ達が彼女の元を訪れる。


でも「大親友のかばんを失ったサーバル」はこの世に一人しかいない。

その悲しみを知っているのは、彼女たった一人なのだ。


だからこそ彼女に対し、他人は何かを求めてはいけないのかもしれない。

「元に戻ってほしい、元気になってほしい」

それすらも、サーバル本人ではない誰かの勝手な願いなのだから。


―――――――



「ボク、今日サーバルの家に行ってきたんです」


「お使いって、・・・ああ」


ジャガーはスナネコの言わんとすることを察した。


「かばんのお墓に供える為に、大事なコインを何枚か持っていけーって」


「ツチノコらしいわね」


体を乾かしながら四人でお喋りしていると、少し離れた所をラッキービーストがちょこちょこと歩いていた。

それを見つけたカワウソが、ばばっと飛びあがり一気に走り寄っていく。


「ボスだ!おーい!ジャパリまんちょーだーい!」


「サーバルは、その・・・どうだった?」


「家の前でお昼寝してるみたいだったので直接は話しませんでしたけど、・・・変わってはいないみたいです。」


かばんがかつてかぶっていた帽子を抱きしめて幸せそうに眠るサーバルの姿、あんな事さえ起きなければごくありふれた光景のはずだったが・・・

ここにいる皆が、一度はサーバルを心配してお見舞いに行ったことがあるのだ。


だから、”あの”状態のサーバルを知っている。

やがてサーバルには時間が必要だと皆が察することとなり、あまり深くは関わらないようになっていた。


今や、あの家を訪れるのは博士と助手だけ。

まだ現状を知らないフレンズがたまに付き添うこともあるが、・・・次の訪問は無い。


「ジャパリまんもらってきーたよっ!」


カワウソがぽいぽいと皆にジャパリまんを配っていく。


「まあ、のんびり待ってみましょう。はむ」


スナネコが小さな口でジャパリまんをかじる。


カワウソはあーんと大きく口をあけてがぶり。

ジャガーは小さくちぎって少しずつ口へと運んでいた。


「貴方達、絶対に逆よね」


「・・・???」


トキの言葉がなんのことだかわからず二人が揃って同じ方向に首をかしげる。


「私はアルパカの所で食べようかしら、待たせちゃってるし」


トキがジャパリまんをポケットにしまい、ふわりと浮き上がる。


「あ、そうだったね。引き止めちゃってごめんね」


「なんで貴方が謝るのよ、とどまる原因になったのはこ・い・つ」


トキがカワウソの頭上をふわふわ飛び回り、カワウソの頭を肘で小突いた。


「うー!いたーい!トキきらいきらーい!」


「ジャパリまんありがとう、じゃあまたね」


飛んでいくトキにカワウソがぶんぶんと手を振る。


「まったねー!トキー!」


トキを見送った後もジャガーとスナネコはお互いの近況を話し、その隣で満腹になったカワウソがころころと飛び跳ねて遊んでいた。

話すネタも無くなってきた頃、スナネコが立ちあがってお尻についた砂をぽんぽんと払う。


「では、ボクもそろそろ。今日は助かりました」


「気にしないで、というかあの橋やっぱり壊れちゃってた?」


「みたいです、というか無くなってましたから。流されちゃったんでしょうか」


「そうだね・・・、誰か他の子も困ってるかもしれないし私も後で見にいってみるよ。しばらくは行ったり来たりの子が多くてこの仕事もヒマにはならなさそうだしね」


ジャガーがイカダを押して川に浮かべる。


「おーいカワウソ、置いてっちゃうよ」


「ぎゃー!やだやだジャガーっ」


カワウソが慌ててジャガーのイカダに飛び乗る。

カワウソは泳げるんだから、わざわざイカダに乗らなくてもいいのでは?

とスナネコがツッコミを入れようとしたが、ジャガーの嬉しそうな顔を見てそれは野暮だと察して無粋なツッコミは飲み込んだ。


「じゃあスナネコ、この辺に来てくれれば私達はいるから。いつでも来てね」


「ツチノコちゃんにもよろしくねー♪」


「はい、ありがとうございます」


二人と別れスナネコは歩き出す。


「ふあぁ・・・暑いですね・・・」


変わってしまったものもあれば、変わらないものもある。

願わくば変わらないままでいたいものだ、と

そんなことをぼんやりと考えながらスナネコは家路につくのであった・・・。





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