サーバル


トントン、とノックの音が聞こえた。

夢の水面を浮き沈みしていたサーバルの意識がふっと戻って来る。


「みゃ、うみゃぁ・・・」


半分ぼやけた視界で扉を見ると、またトントンとノックの音が聞こえる。

ノックといても、何故か扉の下の方から聞こえてくるのが不思議だった。


「開けて欲しいのです、両手がいっぱいなので」


ワシミミズク、助手の声だった。


「・・・かばんちゃん、大丈夫?」


サーバルが扉を開ける前に、隣に座っていたかばんに声をかける。


「う、うん・・・助手さんは多分、僕頑張ってみる」


サーバルが頷いて、かばんの手をぎゅっと握ってから扉へと向かう。


「サーバル、いないのですか!」


「はいはーい、いるよいるいる!開けるよー」


扉を開くと、そこには大きな布の塊が立っていた。


「ぎゃー!おばけ!?」


「おばけじゃないのです、助手なのですよ」


よく見ると大きな布団の下からちっちゃな手が見えるし、声は布団の向こう側から聞こえていた。


「あ、助手!いらっしゃーい」


体を傾けて布団の裏を覗き込むと、助手が大きな布団を抱えて立っているのだとわかった。どうやらさっきのノックは足で扉を蹴っていたらしい。


「いらっしゃいじゃないのです、さっさとそこをどくのですよ。お、おもい・・・」


慌ててサーバルが横に避けると、助手はヨタヨタと部屋の中に入り抱えていた大きな布団を床に置いた。


「ふぅ、流石に重かったのです。」


「なにこれなにこれー!おふとん!?」


助手がぜえぜえと肩で息をしていたが、サーバルは新しい布団に釘づけで助手の苦労など目にも入らない。


「お前のとこの布団がボロボロだって博士から聞いたので、新しいのを持ってきてやったのです。少しくらいは感謝したらどうなのですか全く」


そんなサーバルの姿も助手にとっては想定内なので、わざとらしく口だけの悪態をついていた。


「みゃあーっ!」


サーバルがジャンプして新しい布団に飛び込むと、部屋中に埃が大きく舞った。


「かばんちゃん!かばんちゃんもおいでよ!」


サーバルが笑顔で手招きするが、かばんはサーバルと助手を交互に見て困ったような表情をしていた。


「あ、あの、助手さん」


かばんが意を決して助手に声をかけると、助手がかばんの方へと目を向けた。


「ああ、かばん。そこにいたのですか」


助手が声をかけた瞬間、サーバルが慌ててかばんの隣へと駆け寄り手を握った。

かばんの手は小さく震えていたが、サーバルの手を握り返すとその小さな震えもすぐに収まった。


「新しいおふとん、ありがとうございます」


「うん!ありがとう助手!」


「気にするな、なのですよ。ああ、あとそれから」


助手が背負っていたリュックからジャパリまんを取り出す。


「ほら、土産なのです」


「博士も助手もいっつもジャパリまん置いてくね・・・」


「あの日からラッキービースト達は総動員で働きっぱなしですからね、こうしてフレンズ達にちゃんとジャパリまんが届いているかの確認も兼ねているのですよ」


「ちゃんと蓄えもあるもーん!大丈夫だよ」


「ほう、サーバルにしては言いますね。どれどれ・・・」


助手が壁にかけられた小さな袋を覗き込む。

それはこの家のジャパリまん保存用の袋だった。


助手が覗きこんでいる後ろで、サーバルがかばんに小さな声で話しかける。


「ど、どう?かばんちゃん、助手の言ってることわかる?」


「うん、おふとん持ってきたよ、って、ジャパリまん持ってきたよって」


かばんが嬉しそうに助手の言葉を復唱する。


「すごい!前はわからなかったのに」


「サーバル、・・・かばん、何をブツブツ言ってるんですか」


「なっ!ななな何にも言ってないよ!えへへ!」


咎めてやったはずなのに、サーバルが何故笑顔を返してくるのか、助手が不思議そうに首をかしげる。


「お、いいもの見っけなのです」


助手がそう言うと、袋の中からジャパリまんをいくつか取り出し自分のリュックにサっと詰めてしまった。


「ええー!なんで私達のジャパリまんをとっちゃうの!」


「私の好きな味だったので。新しいのを沢山持ってきてやったんだから文句言うななのです」


「ぶーーー!」


頬を膨らますサーバルを、かばんがまあまあとなだめる。


「私は十個置いていくのです、そして二個もらう。むしろ感謝して欲しいのですよ全く」


「ご、ごめんなさい助手さん」


かばんが申し訳なさそうに謝ると、助手はやれやれとわざとらしい溜息をついた。


「まあしっかり食べているようなので安心したのです。また、何日かしたら次の分を持ってきますから」


「ありがとうございます」


「ありがとー!ってさっきのジャパリまんも博士が持ってきてくれたやつなんだから、私達に配る前に博士と助手は自分の好きな味をとればいいのにー」


「はいはい、わかったわかったなのですよー」


サーバルの憤りを適当に流し、助手が部屋の椅子に腰かける。


「あれ、助手帰らないの?」


「やたら重い布団を抱えてここまで飛んできたのですよ。用事は終わりましたがちょっとくらい休ませろ、です」


助手が翼をぱたぱたと器用に動かし、まるで団扇で扇いでいるようにして涼む。

家の中に積もった埃が少しだけ舞った。


「あ、助手さん。今お茶を出しますね。この前アルパカさんからもらった紅茶があるんです」


「あー!私やりたいやりたい!お茶の淹れ方覚えたもん!」


サーバルが籠の中をごそごそと探る。


「茶?・・・ああ、まあ出るなら飲んでやるから早くするのですよ」


今から出てくるであろう茶に全く期待していない助手が、わざとらしく催促するように指でトントンと机を叩く。


「はぁ、全く・・・、あぁそうでした」


助手はリュックから数冊の本を取り出し、部屋の主に気づかれないように部屋の片隅にそっと置いた。

そして、何事も無かったかのように期待できないお茶を待つのであった。



――――――――――




茶とは名ばかりの埃っぽい水を無理矢理流し込み、助手は立ちあがった。


「サーバル、このお茶は水じゃダメなのです。お湯で淹れないと美味しくないのですよ」


「ううぅ・・・せっかく覚えたのにぃ」


「次はお湯でやろ?ね、サーバルちゃん」


精一杯のおもてなしが空回りに終わったサーバルを、かばんが必死で励ます。


「あと、葉っぱが古くなっていますね。新しいのをアルパカからもらった方がいいのですよ」


出された紅茶は助手の言う通り、長期間ろくな保存もされずに放置された茶葉に水を注いだだけ・・・そんな味。決して客に感謝で振る舞うようなものではなかった。


「・・・・・・、よし、行きますか今から」


「いく?どこに?」


「高山のカフェなのです」


助手がぶわっと翼を広げる。


「家にこもっているばかりじゃダメなのです、茶葉をもらいに私と出かけてみませんか。気分転換というやつなのですよ」


口調はぶっきらぼうないつもの調子だったが、助手の目はサーバルの瞳をじっと見ていた。決して茶化すような雰囲気は無く、真剣な表情で。


「え、えっと・・・えっと・・・」


即答できなかったサーバルの頭にするどい痛みが走った。


「ん、んん・・・」


サーバルが頭痛に耐えるように体に力を込めると、手から伝わる温かさがあった。


「あっ!」


顔を上げて隣を見ると、かばんが心配そうにサーバルの顔を覗きこんでいた。


「サ、サーバルちゃん・・・だいじょうぶ?どうしたの?」


「だ、大丈夫・・・」


かばんに心配をかけさせまいと、サーバルが笑顔を作る。

頭痛は少し残っていたが、繋いだ手から伝わる温かさ、安心の方がサーバルにとっては大きかった。


「えっと・・・今日はやめとくね、助手」


「そうですか、ならやめとくのです」


助手はあっさりとそれだけ言うと、さっさと扉を開けて外に出てしまった。


サーバルが飛び出す様にそれを追う。


「助手!」


「・・・」


助手が振り返り、サーバルをじっと見据える。


「あ、あのね。かばんちゃん、助手の言う事はわかるみたいなの!だから、今日はね!かばんちゃんが少し元気になったお祝いがしたくて!だから一緒に行けなくてっ」


「サーバル」


少し強い語気で、助手がサーバルの言葉を遮った。

それは助手にはサーバルが今どんな表情をしているかが見えていたから。

その表情を見て、これ以上は続けさせてはいけないと感じたからだった。


助手は小さな溜息をついて、リュックからごそごそと何かを取り出した。


「サーバル、これが何かわかりますか」


それはカビてぼろぼろになった二つのジャパりまんだった。


「うえ・・・なにこれ、助手・・・腐らせちゃったの?」


カビたジャパリまんを見て、サーバルが近寄りたくなさそうな顔をする。


「・・・・・はぁ」


今度の溜息は大きく、助手はそれを隠しもしなかった。


「・・・誰も食べずにダメになってしまったジャパリまんなのです。ここに来る前に拾ったのですよ」


「え、えー!なんでそんなの拾うのー」


「・・・お前をからかおうと思って隠し持ってたのです。見せるのを忘れてたのを今思い出したのですよ」


助手はそう言いながら意地悪そうな顔で笑った。


「今度こそ私は帰るのです」


「もー!最後にヘンなことしないでよ!」


サーバルが、べーっと舌を出すが助手は小ばかにするように笑い、ふわりと地面から飛び立つと背中を向けたまま言った。


「サーバル。・・・あと、かばん」


「なんだよー!」


「博士は、ただ長として心配しているだけなのです。・・・悪く思わないであげて欲しいのですよ。・・・あの日叩かれたことも博士はもう気にしていないのです」


その言葉に、かばんが顔をあげる。


「ほんとに!?」


かばんより先にサーバルが声を驚いたような、それでいて嬉しそうな声をあげた。


「本当なのです。だからそれ以上気にしなくていいのです。今日は私の言葉がわかったと言いましたね。だったら次は博士の言葉もわかるかもしれないのです」


「うん!そうだね!良かったね、かばんちゃん!」


「うん、うん・・・僕、たとえ博士さんが気にしてないって言ってくれたとしてもあの日のことちゃんと謝りたい」


「大丈夫だよ!言葉がわかって、ごめんねってしたら博士ともまた前みたいにお友達になれるよ!」


助手は何も言わずにそんなやりとりを聞いていた。


「あ、あの助手さん・・・」


「・・・・」


「次は、博士さんと二人で来てくれますか?もし、もし博士さんの言葉がわからなくても助手さんがいてくれれば」


「お前は、それで救われるのですか?」


助手が向き直し、またサーバルの目をしっかり見て聞いた。


「はい、僕はちゃんと博士さんと仲直りしたいですから」


「ケンカしちゃったわけじゃないけどね!」


「・・・・・・わかったのです、ですが次すぐと言うわけにはいきません。私も博士も島中のフレンズの所へ行ったり来たりなのです」


「そ、そういえばそうですね、すみません」


「次は私だけになるか、博士だけになるかわかりません。ですが、我々が二人で来れる日があったら一番最初に二人でここに来るのです」


「それでいいです、ありがとうございます」


「じゃあ、行くのですよ。私はまだ次の予定がありますから」


ふわふわと高く昇っていく助手を、二人は手を振って見送った。

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