37.『R』と『B』
「転校イコール適性変更、という理由づけが小学校で既にされているので、それが唐突であっても、そう疑問が持たれないはずです。……ではその中等へ行く振り分けは、何ですか?」
「……小学校卒業認定試験、と普段の成績…… ですよね」
「ええ。そしてその中には、学力以外の検査も含まれている訳です」
「え」
「先程彼が言いましたね。コミュニケーション能力が致命的に欠けている者。それが、ここで、ふるい落とされるんです」
「落とされる、って」
「その言葉のままです」
ず、と森岡は喋り過ぎて喉が乾いたのか、ようやく茶を口にした。
「例えば、目に見えてこれは違う、という子供は、それなりのところへ振り分けられます。しかし、何処、という訳でもなく、だけど、集団の中に入れると、……そうですね、昔だったら『いじめ』に合う。そういう子供。コミュニケーション能力が欠けているイコール…… ではないかもしれないけれど、可能性は、高かったです」
高村も山東も首をひねる。彼等には、その言葉の意味が判らないのだ。
「しかし今はそれが無い。小学校のうちは、振り分け振り分けで、『何となく違うから嫌』という理由で相手をいじめている暇が無い。……しかし、中等ではそうもいかない。既に振り分け終わった後ですからね」
「じゃあ、いいじゃないですか。その、悪い習慣がなくなって」
「いいえ、それは単に小学校では無い、というだけの話です」
「でも、今の中等では見受けられないですよ」
「ええ、そうでしょう。そうなりうる可能性のある子供は、そこへ入る前に、排除されているのですから」
「排除」
高村はばん、と机に手をついて、立ち上がった。
「排除、って」
「座りなさいね、高村君」
あ、と彼は腰を下ろした。いかんいかん、また頭に血が上っている。
「排除された子供の中で、その部分以外は、水準以上の能力を持つ子は『B』、以下の子が『R』とされる様です。そして彼らは、家族から引き離され、薬品を投与されるのです」
「な」
山東は口を大きく開けた。
「それ…… が、『R』と『B』ですか?」
「先走ってはいけない、と言ったでしょう、高村君。薬の名でもありますし、投与される子供の名称でもあります。ただ、その二つには大きな差があるのです」
「大きな差?」
「『B』は、コミュニケーション能力さえ上手く人為的にアップさせれば、他の部分では、水準以上の能力を持つ子供達です。そういう子には、そのための薬品を、日常的に投与する。その薬品が『B』。青信号の『B』です」
「じゃあ、『R』は……」
赤信号の『R』ということだろうか? 高村は全身がぶるぶる、と震え出すのを感じていた。
「彼らは…… 投薬で強制的に肉体を改造させられるのです」
「何ですかそれはっ!」
山東はばん、とデスクを叩いた。その拍子に、横の南雲の机のたくさんの百合が、ばさばさ、と床に落ちた。
「子供達を…… そんなことに使っていいんですか!」
「落ち着けよ、山東君」
「これが落ち着いていられますか! ……そんな…… 薬で身体を改造なんて……」
無論落ち着いていられないのは高村も同じだった。まだ、背筋の悪寒は止まらない。
ただ、彼はとにかく、先を知りたかったのだ。
「……で、その改造する薬物が『R』なんですか?」
「いえ、それは『R』ではありません。全く正体の判らないものです。そして肉体を改造された彼らは、異常な程の力を持ちます。筋力、腕力、脚力、耐久力……」
そう言えば。高村は思い出す。屋上から飛び降りたはずの村雨は、平気な顔をしていた。
「超強力なドーピングかよ……」
体育系大学生はぼそ、とつぶやく。
「ただし、その薬品には、二つの副作用があるのです」
「二つの」
「一つは、人格の凶暴化。もう一つは…… 肉体の急速な消耗です。つまり、彼らは中等の六年間保てばいい『使い捨て』とされているのです」
何だそれは! 高村は思わず歯ぎしりしていた。そう、その単語は、あの時にも聞いた。
「……そしてその凶暴化する人格を元のものにする薬が、『R』。赤信号。暴走を食い止める薬なのです。ただ、この薬は、まず本人の発狂、自殺、もしくは抹殺相手との相打ちによる死亡により、まず手に入ることは無いのです」
「え? ……じゃあ、『R』は入手できていないのですか?」
それは現在、自分のカバンの中にある! 叫びたい程の気持ちを押さえて、高村は問いかけた。
「『B』に関しては、まあその作用からして、予測のつく内容だったし、実際入手できたものもありますので、組成式も合成法も判っています。しかし『R』は……」
「『B』が持っている、場合は」
あの二人の場合、垣内が両方持っている様に見えた。
「それはペアの性格によるでしょう。息子は、『B』だったのですが、『R』の少女と愛し合っていました。彼は彼女の身体をいたわり、自分で薬を管理していたようですね…… そして、離れたく、なかったのでしょう」
あの二人と同じだ。
「彼は卒業直前に、屋上から飛び降りました」
柵の無い屋上。落ちた息子。あれはやはり、本当だったのか、と高村は思い出す。
「その頃、『B』を育ててしまったことで、妻はホスト・ファミリーにさせられていました。それしか彼女には息子と自分自身を守る道が無かったのです。……彼女は息子の遺品として、ポケットに幾つかあった折り紙を受け取りました。そしてその中の、カブトムシを私に送ったのです」
「でも何故、カブトムシだけを?」
山東は首を傾げる。
「何故でしょうね。それは判りません。妻がこれを開いたとも思えません。彼女にはこれを復元できませんから。だから内容は知らないでしょう。ただ、母親として感じた危険信号として、私に送って来たのだと思います」
「……奥さんの、消息は……」
森岡は、苦笑しながら首を振った。
「息子が死んだ理由は、もう一つ考えられました。彼は『B』でしたから、『R』と違って、その先も生きていることは可能だった訳です。ただし、その場合、道は二つしかありません」
「ホスト・ファミリーか、インスペクター、ですか?」
森岡は高村の方へ、鋭い視線を投げかけた。
「そう言ってましたか? 南雲さんは」
「ご存じだったんですね? 南雲先生が、彼らの指示をしていた、と」
「ええ。ああいうのを、インスペクター、と言います。つまりは、校内で、無意味な悪影響を及ぼす生徒を抹殺する指示を与える立場」
「君ら、ファッション・リーダーって言ってなかったかい? その標的にされる子を」
島村が口をはさむ。
「なかなかいい表現だと思ったな」
そうですね、と森岡もうなづく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます