29.「仕掛けた」のは、その翌日だった。
山東は日名や遠野のナンバーを知っている。日名は取り巻きの多くにナンバーを知らせていたが、遠野はほんの一握りの相手にしか、教えていなかったという。
日名同様、遠野の端末は、見つかっていなかった。
あの、血ではないかと思われた染みのあった化学室。できる範囲で彼は探し回ったが、何処にもそれは無かった。南雲にも、落とし物は無かったか、と問いかけたが、その返事はNOだった。
もっとも、高村は南雲の返事を半分信用していなかった。何となく、引っかかるものが、彼女の言葉にの端々にはあるのだ。
そしてその「仕掛けた」反応が、今日来たのだ、と山東は言ってきた。
『今夜八時半、図書室、だそうです』
図書室。ふと、村雨の姿が浮かんだ。あの場所を荒らされたら、彼女は困るのではないだろうか。できれば、そこで何も起こらないで欲しいものだ、と高村は思った。
と、その時、端末が震えた。彼は慌てて着信ボタンを押した。左の耳に直接、ノイズの様なものが飛び込んでくる。山東との計画だった。お互いそれで、状況を通信しあう、と。
『何で図書室、なんだ?』
大声で、山東が叫んでいるのが聞こえる。彼はわざわざ声を張り上げて、自分の居る位置を高村に教えようとしていた。
その他の声は無い。おそらく、暗い部屋の中、気配がしたから彼は動き始めたのだろう。
別の声が、耳に入る。
『だあって』
はっ、と高村は思わず立ち上がった。
この声は。
彼はそっと扉を開ける。音を立てずに、そろそろ、と購買分室から、同じ階の、廊下の突き当たりにある、図書室まで進まなくては、ならない。
この声には、聞き覚えがあった。
だが、どちらの声なのか、彼には判らなかった。
あの時の、声。
六年前の五月、あの雨の日、踊るように、暴れていた少女の声。
そうでなければ、彼女の。
生まれ変われたら、ひまわりになりたい、と言った、彼女の。
どちらかの声に、聞こえる。どちらの声にも、聞こえる。
どっちなんだ? 彼は足を速めた。知るのは怖い。どちらであったとしても、そうであって欲しくない、声。
なのに。
『ここはあたしの、場所なんだもーん』
あはは、と笑い声が、耳に飛び込む。自分の場所。自分の場所。
―――図書室。
……村雨乃美江。
高村は、立ち止まった。
何で彼女が。
『もう、いいのぉ? 殺しちゃってぇ』
『ああ』
そしてもう一つ、男の声が。
あの時見たのも、少女と――― 少年だった。
声は違う。確実に違う。
でも男の声は、変わる。特に、中等の間には、確実に。
『とってもお偉い、伝説の生徒会長サマだよ。やりがいがあるだろ』
『そぉねえ』
『何でお前が! 垣内!』
はっ、とそこで高村は立ち止まっていた自分に気付いた。
山東も明らかにショックを受けているはずだ。一年間、彼は垣内と生徒会をやってきている。
なのに彼は、ちゃんと、相手が誰なのか、自分に伝えて来ているのだ。できる限りの冷静さをかき集めて。
何をやってるんだ、オレ!
高村は慌てて歩き始めた。急がなくては。急がなくては。
その間にも、垣内の言葉が聞こえてくる。
『先輩がたが、悪いんですよ。『仕事』は一回で終わりだ、と思ったのに』
『仕事?』
「仕事」?
『でもあたしは楽しかったわよぉ』
村雨の声が混じる。
『あの遠野サマがあたしなんかにあの身体を簡単にズタズタにされてくのよぉ。綺麗だったわよぉ』
くくく、と笑い声が飛び込んでくる。
嘘だ、と高村は次第に早足が駆け足になって行く自分を感じる。嘘だ嘘だ嘘だ。村雨が、そんなことを言うなんて。
だけど。その一方で彼は思う。あの時の少女だったら、ああ言ってもおかしくはないだろう。二人の少女の頭を、簡単に潰してしまったのが、少女の方だったと、すれば。
じゃあ何で、君が。
高村の疑問は、直接村雨に対するものに変わっていた。
階段の前を通り、図書室まで数歩、という所だった。もう少しで、彼女に、彼女自身に理由が聞ける。彼は自分が音をひそめなくてはならないことも忘れていた。
だから、気付かなかったのだ。
「帰ったんじゃなかったの? 高村先生」
図書室の前と、職員棟をつなぐ吹き抜けの渡り廊下から、声がした。
「南雲先生」
「確か、図書室以外の全部の部屋に鍵は掛かっている、という報告を受けたはずなのに。一体あなた、何処に居たんでしょうねえ」
窓から差し込む常夜灯の灯りの中、南雲は腕を組んだまま、ゆっくりと高村に近づいて来た。
「南雲先生こそ、何故、今ここに居るんですか」
「あら高村先生、私が、先に聞いているのよ。こんな時間に、何で、帰ったはずのあなたが、ここに居るの、って」
ゆっくりと、しかし圧倒的な迫力で、彼女は高村に迫ってくる。
確かこの場所は、最初に南雲とまともな会話を交わした場所だった。
『南雲さん? 南雲さんがそこに居るのか?』
高村の声が聞こえたらしい、山東の声が飛び込んでくる。そうだ、自分は自分で、彼女となるべく話さなくては。
「せっかく、『仕事』の尻拭いを今日で終わらせてやろうと思ったのに」
「『仕事』! 『仕事』って何ですか!」
「あなたまで巻き込んでしまって悪い、とは思うのよ、だけど『仕事』なのよ、私達の生きていくための」
「だから『仕事』って一体」
「そんなこと」
闇の中からぬうっと、拳が飛び出して来る。
―――次の瞬間、彼の身体と、意識は、飛んだ。
*
『……おい高村君起きろ! 起きろ! 起きやがれ! 起きんか!!!』
はっ、と高村は目を開けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます