26.折り紙愛好会連合への招待状

「明日までなんですねー、高村せんせー」


 帰りのHRが終わった時、教壇に早瀬や、他の生徒が寄って来て、口々に言った


「明日まで……」


 高村は天井を向いて、思い返す。


「うん、そう言えば、そうだな」

「何だよ、高村さん、忘れてたのかよ」


 へへへ、と男子生徒の一人が笑った。


「うるせえな、その位、オレは真剣だったんだよ、覚えとけ」


 けっ、と高村は笑いながら毒づく。だがすぐにその笑いは止まった。


「うん。そうだなあ…… 二週間なんて、長い長いと最初は思っていたけど、過ぎてみると、あっと言う間だったなあ」

「ここは居心地良かった?」


 教壇に腕を乗せて、女生徒の一人が問いかける。


「良かった…… うーん、……考える暇、無かったような」

「何だよそりゃ」


 男子生徒がげらげら、と笑った。


「君等そうやって笑うけどな、いつかこっちの身にもなってみろって言うんだ」


 口を歪めて高村も応戦した。うーん、と中には考える生徒も居た。おそらくは、教職志望の者だろう。


「ま、何にしろ、明日までだし、それまでは、オレもきっちりとやるからな」

「南雲さんの授業より、あたし、好きだったなー」

「それは南雲先生の前じゃ言うなよっ!」


 高村は慌てて声をひそめた。ういっす、と男子生徒達が声を揃えて返事をしたので、その場は大笑いになった。



 二週間か。

 高村は職員室に向かう廊下を歩きながら考える。

 確かに、よく考えてみると、授業に関することは楽しかった気がする。

 あまりにも、他に惑わされることが多すぎたせいかもしれない。幸か不幸か、他の馬鹿馬鹿しさが目について、本分の楽しさが印象つけられてしまったのかもしれない。

 とにもかくにも、自分には合っている職だろう、と高村は思った。おそらく、自分はこのままこのコースを進むのだろう、と。

 それこそ、森岡の言う通り「あと一押し」なんて無いのかもしれない。気がついたらそれが天職だった、と気付くのかもしれない。それならそれも、いいだろう。

 彼はそう思い始めていた。


 ただ。


 ぷる、と図書室の前に差し掛かった辺りで、ポケットの中の携帯が震えた。


「はい」

『高村さん?』


 山東の声だった。



「高村先生、明日までだねー。俺は寂しいよっ」


 島村の本日の眼鏡は、丸い金属のフレームだった。そう言えば、このひとはこれが一番似合うかもしれない、と彼は思う。


「そうですねえ、島村先生とももうお会いできないと思うと、オレも寂しいですよ」

「ふうん。君もずいぶん、口が上手くなったねえ」


 にやり、と島村は笑う。


「まあ口の上手さは教師には大切だしね。良いことだ良いことだ」


 ははは、と何処からか、金銀きらきらの扇を取り出し、ぱたぱたとかざす。

 一体このひとは何処から何を取り出しているんだ、と本気で高村は判らなくなった。


「それはそうと、今日も残ってくの? ここのとこ、ずっと夜遅くまで、化学準備室に残っていたそうじゃないの」

「あ、今日は早く切り上げようと思います」


 少しばかり、彼は声のヴォリュームを上げた。


「明日で最後ですから、今日はゆっくり睡眠をとって、明日最後の授業と、HRを堪能しようと思いまして……」

「余裕だねー、高村先生。よし、そんな君に俺からとっておきのお手紙をあげよう」

「お手紙?」

「折り紙愛好会連合へのご招待状」


 そう言いながら、島村は小さな小さな薄桃色の包みを彼に手渡した。


「……これが、ご招待状、ですか?」

「そ」

「もしかして、森岡先生も入ってる、っていう……」

「おや、よく知ってるじゃないの。ただし、ちゃあんとこれを破かずに開けられない奴には、その資格は無いからね」


 とん、と島村はその包みを人差し指でつつく。


「はあ……」

「あ、またそんな顔をしてる。この『手紙のバリエーション』はね、全国の旧女子高生が、長い伝統の上に作り上げていった、現代折り紙の中の一つの形なんだよー」


 それはそうかもしれないが。

 高村はちょこん、と手の真ん中に小さく乗ったそれを見つめる。どうやら、薄手の桃色の紙をこれでもかとばかりに小さく複雑に折り畳んだものらしい。


「ま、返事は明日もらうからね。それと」

「ま、まだ何かあるんですか?」


 高村はやや逃げ腰になる。


「高村先生の、端末の電話番号が欲しいなー」

「端末の」

「これは個人的に」


 にやり、と島村は笑った。


「……」


 個人的に、って一体何だろう……

 不可解に感じつつも、高村はじゃあ、と近くのメモに自分のナンバーを書いた。


「ちなみに俺のはこれね。何か役立つかもしれないからさ」


 役立つ…… 役立つだろうか。高村は非常にそれは疑問だったが、とりあえずメモを受け取り、ちら、と見ておいた。


「忘れないでよ、ご招待状」

「はいはい」


 そう言いながら高村はズボンのポケットに「ご招待状」を入れ、今日明日限りの自分の席についた。


「ずいぶんと島村先生と仲が良くなったようじゃないの、高村先生」


 くすくす、と南雲は笑う。


「仲が良くなった…… と言うんでしょうか」

「だって最初の時のあなたの反応からしても大違いよ。それに今の見てたら誰だって思うわよ。島村先生からしたらこれはすごく気に入った部類よ」


 そうですか、と答えつつも、高村の気持ちはやや複雑だった。


「あ、で、今聞こえちゃったんだけど、あなた今日は、早く帰るの?」

「ええ」


 高村はうなづいた。


「明日担当の一時間は、前にやった所の手直しの様なものですから…… どちらかというと、体調万全で、ちゃんと生徒に向かいたくて……」

「そう」


 南雲はうなづいた。


「それはそれで、良いことじゃない? じゃあ、定時で帰るのね」

「定時よりは少し遅くなるかもしれませんが」

「それでもここ最近の七時八時上がり、なんてのは無しよ。私もそろそろちゃんと定時少しで切り上げたいわ。お肌の曲がり角なんだし」

「南雲先生、女性のお肌のピークは十代だそうですよ」


 島村が声を飛ばした。


「うるさいですよ!」


 彼女は腕を振り上げながらも笑った。高村もつられて笑ってみせた。

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