21.黒い箱と黒い封筒
「全く大変な時に、君、来ちまったよなあ」
まるで大変ではなさそうな口調で、島村は頭の後ろで腕を組む。
「まあだけど、こういう時に実習に当たった奴は、絶対に単位もらえるから、君は安心してていいよー」
「それ、慰めてくれてるんですか?」
あまりにも職員室が騒々しいので、高村は作業を図書室に移していた。南雲の様子がぴりぴりしていたので、化学準備室には近づく気にはならなかった、ということもある。
もっとも、今行った所で、誰も居ないことは判っている。南雲は最後に遠野に会ったということ、森岡は遠野の学年ということで、職員室に居るはずだ。
「だいたい何で、あなたここに居るんですか、島村先生」
「空き時間なの。俺が居ては、邪魔?」
「少なくとも、気が散ります」
「言う様になったねえ」
にやにや、と眼鏡を持ち上げながら、島村は笑う。
「まあ直接的に俺は遠野とは関係が無いし。それに俺の担当は現代国語よ。図書室に居たところで何の不都合がありましょう。司書さんとも仲良しだし」
それはそうだが。奥の机で教師二人がぼそぼそと話をしていようが、相変わらずガラスの向こうの司書は、何の興味も示さない様だった。
だが高村は何となく、日を追うごとに、島村に遊ばれてきている様な気がする。
月曜日。昼になって、遠野が「転校」したことを高村は知らされた。それは、あまりにも高村にとっては唐突なことだった。
何せ、週末に彼は遠野に会っている。しかもその時、彼女は山東と共に、日名の「転校」にあれほど憤っていたはずだ。
「それにしても、もうあの遠野の綺麗な男装が見られないっていうのも、ちょっとつまらないなあ」
「島村先生、彼女にきゃあきゃあ言う女生徒が嫌だったんじゃないですか?」
少しだけ、高村も嫌味を言ってみる。
「そりゃあそうだろう。君、何が悲しくて、男を放って女に嬌声を上げる連中を暖かい目で見られるものか」
「だけど」
「それはそれとして、確かに遠野の男装が綺麗、なのは、俺だって認めるからな。綺麗なものは綺麗。それは大切だ」
うんうん、と思い出すように島村は目をつぶり、うなづく。なるほど、と高村は思った。
「……遠野さん、日名さん…… を追っていった、とか」
「あー、それは駄目駄目」
島村はひらひらと手を振り、あっさりと否定する。高村はややむきになって問い返す。
「……どうしてですか?」
「だって、『転校』先なんて、俺達の誰も、知らないんだから、遠野が追えるはずが無いだろ」
高村は眉を寄せた。どういう意味だ?
「……一体、島村先生、何をご存じなんですか?」
「別に」
「別に、って」
大きな机に、島村は突然腕を伸ばして前のめりになる。伏せた顔の下から、ぼそぼそと彼はつぶやく。
「俺達ヒラの教師が知ってるのは、ある日いきなり朝、校長室に黒い箱と黒い封筒がやって来ることだけさ」
「黒い箱?」
確か、先週の月曜日、自分がつまづいたのは。
「その箱の中身も、封筒の内容も、俺達は知らない。ただその箱には、宛先の書かれた宅配便のラベルが始めから貼られていて、それを校長の名で、すぐに送らなくてはならない、ということ。それだけ」
「……何ですか? それは」
何かさっぱり判らなかった。
「さあ。俺達も、判らないんだよ」
「判らないって」
「だから、そういうこと」
くい、と島村は顔を上げ、真面目な表情になる。
「もし予想がついても、それを口にしてはいけない、ということさ」
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