第3話 ライブハウス
心斎橋モーニングは賑わっていた。
高校生バンドということで、酒は提供禁止。年齢層は高校生くらいの子から二十代半ばの男女まで若い世代に人気のバンドであることがわかる。
バーカウンターには客が瓶コーラを持ってたむろしていた。かやはそれを押しのけてバーカウンターでジンジャーエールを二本頼んだ。
彼はライブハウスに来るといつもジンジャーエールを頼んだ。いつも自分が飲んでいるから、まさかジンジャーエールを飲めない人間がいるとは思っていなかった。
実里は実は炭酸飲料全般が飲めない。実里の家庭では「炭酸飲料は骨を溶かす」という都市伝説がまかり通っており、両親はそれを頑なに信じていた。
「これ何?」
「ジンジャーエール」
「泡いっぱいついている」
「そりゃ炭酸だし」
そういって、かやはジンジャーエールをあおった。
実里からすると、これを飲むのは両親への冒涜だった。
「飲まないの?」
「飲む」
神様から言われたら、飲むしかない。これを好きにならないと捨てられてしまう。実里はジンジャーエールを舐めた。
苦くてパチパチして苦手だなって思った。かやの方を見ると、かやはステージへ目を輝かせていた。この人、本当に好きなんだ。そう思って、目をつぶってジンジャーエールをあおった。
「スペバンのかやさんですよね」
「かやさん、写真撮ってください」
高校生たちに囲まれてしまったかや。実里はそれを呆然と眺めていた。そうか、かやはみんなの神様なんだ。
私は神様に選ばれたんだ。高校生たちにかやとの間を邪魔されても、その特別さに恍惚さえ覚えていた。
「おいおい、お前ら。ちゃちな高校生より俺たちを見ろよ。俺たちファイナンのライブ始めるぜ」
「ねぇ、かや」
「なに」
「今度、結婚式場見に行かない?」
実里が結婚を意識していることは感じていた。
実里は商社で働いている。
自分は将来性のあるバンドマン、今はインディーズだけど次のライブで有名なレーベルが来るという噂を聞いて、ベースを触っている。
「今は合わせがある」
「かやさ、私のことどう思っているの?」
実里は最近、イライラすることが多くなった。今日はいい機会だからどう思っているか考えてみようと思った。
「相棒だと思っている」
これは本当だ。かや史上ここまで続いた関係はなかった。かやは他の女性と実里を行ったり帰ったりしながらも関係を続けた。その結果、かやは30になり、実里は友達を失った。実里にとってかやはすべてだった。今でも変わらない。
「相棒って何よ」
「ここまで側に居てくれたのは実里だけだから」
「私にとってかやは神様だよ」
神様、神様か。そこにかやは何の感慨も見出さなかった。へぇー、神様か。
「でも、かやにとって私って特別?」
最近、異業種交流会で年下の男性と話しが弾んでいた。会う約束はしていないが、きっとこの人は私を好きになるだろうと感じていた。でも自分には神様がいる。神様に選ばれた自分がいる。早く神様と一緒になって、幸せになるんだ。
「結婚式場、行くか」
実里にしたら勝利したと確信した。
「じゃあ、早く行こ」
「今度な」
「今度っていつ?」
「来来週は合わせがあるからそれ以降」
神様はそうでなくちゃ、でも選ばれたんだよね。私。
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