第2話 サソイ
「チケット」
登校してかやの元へチケットは渡った。
「おう」
かやは「ありがとう。おかげで実里とライブ行くことが出来る」なんてことを言わない。
この三年の月日でかやにそれを求めるのが無駄であることをはまは知った。
最初は「ありがとうくらい言えよ。友達甲斐の無いやつ」とぷりぷり怒っていたのだが、かやの人となりを何となく感じた辺りから、
「こいつは人の形をしているけど、人ではない。違う生き物だ」と思い至り、あくまでさっぱりとした関係性を築いている。
今回のチケットもはまの功績でないことがよりこの淡泊な受け答えを許されていた。
「今日、行くなら実里に予定聞いたんだろうな」
「なんで?」
聞いていないのだ。
「そうか」
かやはきっとこれ以上聞いても、「行くよ。俺たちは」と言うのだろう。特にこのような常識的な部分で、はまはかやへ期待なぞ最初からしていない。
「実里、行くぞ」
実里にとって、かやは神様だった。
ベースは今いる高校の軽音部五十人の中でも一番完全に近いと思っていた。
そんなかやからアプローチを受け、安易に肉体関係を築いても神様に選ばれたと思い込んでいた。
それが周りの哀れみや嫉妬を気にしないでいられた。そのようなある種の優越感を実里は持っていた。
神様はきっと私をもっと素敵な世界に連れて行ってくれる。
盲目的であるがゆえ、昼休みに屋上に呼び出されても、友達との会話を中断させられても意気揚々と犬が尻尾を振るが如くかやについていく実里を見て、友人たちは仕方ないねと言い、同じクラスで軽音部のメンバーからは冷ややかな評価をされている。
「放課後、心斎橋モーニングに行くぞ」
彼女は放課後、昼休みに話していた友人たちと楽しみにしていた梅田へパンケーキを食べに行く約束をしていた。
一緒に行くメンバーとバイトの予定も合わせて、すごく楽しみにしていたし、プリクラ撮ってと皮算用もしていた。何が何でも行くんだと門限の交渉も両親としていた。夜の八時。彼女が両親から勝ち取った門限である。
「行く。何時に終わる?」
「なんで」
「いや門限が」
「そう」
かやは強要しない、強要しないことが強要していると言っても過言ではないことを周りは知っているが、かやにとって代わりはまだ十人はいる。
「その友達とパンケーキ食べに行くし、門限もあるし」
もうそこまで断ろうとしているのに最後の一押しを彼女は出来ない。かやの性格をまだわかっていない、見ようともしない彼女はかやが「じゃぁ、また今度にしよう」と言うのを期待していた。
「じゃ、別の人誘うから」
ばっさりと切り捨てた。関係を断たれると彼女は一瞬で危惧した。自分は神様に見捨てられる。
それまで感じない様にしていた哀れみや嫉妬の視線が浮かんだ。いやだ、あの人たちと一緒になりたくない、自分が神様に選ばれるんだ。自分が神様のそばに居続けるんだ。
「あ、えっと。パンケーキは来週だったかなって」
彼女は友達の家で遊んでいることにしようと思っている。ただ頼める友達の数が春に比べて減っていることは気づいてないでいた。
「あ、そう」
かやは実里に断られるとは思っていなかった。実里はかやにとって、たくさんの一つだったが、実里は断らないと知っていた。だからと言って、断られても文句は言わない。かやにとって他の候補はいくらでもいる。
実里はたまたま優先順位が高いだけで、その順位は非常に流動的だ。流動的だからこそ、かやと関係を持っている女性陣は必死なのだ。誰を叩き落せばいいか、誰が今一番なのか。こそこそと陰口を言っても結局周りを信じることは出来ない。不運な関係性を持った部員たちだ。
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