わたしのろくでもない先輩
ハナビシトモエ
第1話 ハルのコト
「かやくん、もう昼間」
おもむろに右手を動かすと、実里の乳に手が当たった。
実里は「もう、まだやるの?」ところころ笑った。昨夜か早朝か、叩きつける様に打った腰は疲労していたし、陰部の滾りもわずかだった。もう一回戦出来るかと言われれば出来るが、何となく今はそういう気分ではなかった。
「大きくなっているよ」
本能は疲れより子孫繁栄を優先させるようだ。未来の無い生殖。右手を大きく動かし、実里の肩を抱いた。同時に……。
実里との出会いは高校の軽音部だ。実里は元々ボーカル志望だったが、たぐいまれな才能を感じたかやはベースをしないかと誘った。楽器を買わないといけないのは、と渋る実里に自分が手持ちのベースを貸すからといって、家に連れ込み関係を持った。彼女にとって高1の5月のことだった。
かやは二枚目で性格はほどほどに、ベースの才能で自分の評価を上げていた。実里はかやの彼女だと言わなかったけど、他の女性陣には哀れみと嫉妬の視線を真っ向から受けていた。実里はそれに気づかないようにすることに長けていた。
「また、かや先輩。新入生に手を出して」
「実里ちゃんも警戒しなかったから」
「あんたも抱かれたクチでしょ」
かやは不用意に女子部員に手を出した。かやが関係を持っていない部員の方が少ない、哀れみの理由はかやはすぐにあきるということだ。
行くところまでいけば、結局ベースに戻る。彼にとってスキャンダルは特別なものではなく、ベースの弦を触るほどの自然な行為だった。
高校の昼休み、入ってはいけないことになっているらしい屋上でかやはメンソールタバコの吸い、はまはクリームパンを頬張っていた。二人とも危険防止の手すりに腕をかけて、夏の暑さが引いたどこか寂しい風を感じていた。
「かや。心斎橋モーニングでラカルタが出るらしいけど、行く?」
かやの周りには邪な欲望を持った男女がいたが、このはまは何となく続いている男で、仲良くもなければ共犯でもない。ただたまにいるだけの存在だった。
邪な欲望を持っている人間を0として、はまは1くらいの認識だったが、かやの気づかぬうちにこの1は0からしても、二人の間でも大きな関係だった。
心斎橋モーニングとは大阪のラジオ局が主催しているライブでかやがよく行くライブハウスで、ラカルタはかやが名バンドと目する高校生フォーピースバンドで、中でもメンバーでベースの『たち』は口をあまり開かないが、必死に弾いている感じのしないベーシストで、そのタイプから女性ファンも多い。
「たちさん。やっぱ女性人気すごいね。これチケット」
はまはなぜか、かやの気になっているライブのチケットを入手することに長けている。はまはあまり多くは語らないので、かやはその好意に享受している。
「助かる」
「あといつ合わせる?」
はまはかやのバンドのボーカル兼ギタリストで、かやとスリーピースバンドを組んでいる。
かやがベース、あと一人リーダーのたけは日夜バイトに明け暮れている。ライブハウスでバイトしているとも、高校の周辺にあるすき家で見たとも情報があるが、本当のことはかやですら知らない。
そもそもたけの私生活に興味を持っていない。
ただ、はまが催促する気持ちは分かった。大会の予選が近いのだ。
「たけ次第だけど、来週」
はまは難しい顔をしてみせた。来週では一か月後に間に合わない。
「明後日、聞いてみて。それとチケットもう一枚あるだろ」
「まぁ、確かにあるけど」
「くれよ」
「勝手言うなよ」
実里を連れて行こうと思っていた。理由は特にない、その方が長続きするからだ。スキャンダルは怖くないが、バンドの話が出来る人間が少なくなるのはかやにとって限りなく不安な事案だった。そのために自分が今セックスをしたことがある人間へケアをする必要があった。
「実里?」
はまはかやのあまりにさっぱりとした人間性を理解しようともしていなかった。はまの恋愛観では一年生で入ったばかりの中学生に毛の生えた女子に手を出すなんて言語道断だ。その価値観を押し付けないことが心地よいバンド活動を生むことをはまとたけは感じていた。そのために人間性を理解する交友関係を築かないことが優先事項だった。
「正解」
「明日の昼まで待て。どうにか出来たらLINEする」
そう言ってはまは屋上から階段へ消えた。かやも忘れない様にタバコを携帯灰皿に入れた。
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