第15話 アジトにて

 ライズ・ウォーランド国の国境近くの森には山賊たちが出没し、村々を襲撃して物資を略奪するという噂が国中に広がっていた。

 王国はヨナ国との国境近くという事で、来るべき戦に向けて国境の警備は強化していたが、その矛先はヨナ国側に向いており、ヨナ国からライズ・ウォーランド国に潜入することは非常に難しくなっていた。しかし、王国内部側には手が回らず警備は手薄となっていた。その状況を山賊たちは上手く立ち回り常に移動しながら村々を襲撃していた。

 王国警備はわざわざ王都から兵士を派遣していたが、常に移動する山賊たちはなかなか討伐されていなかった。


 そんな中。山賊たちが襲撃した村の生き残りの者たちが集まった集団がいた。その者たちは山賊たちの動向を追い、襲撃を察知すると武装して赴いていた。

 生き残り集団は山賊たちに復讐を誓った者たちの集まりだった。その集団に愛娘のリリを亡くしたエルは身を寄せていた。


 エルは神加護の≪調合≫を使い、もともと薬師として働いていた。その経験を活かし、山賊たちとの戦いで傷ついた者の治療を担当していた。

 いつしかエルは周囲から『先生』と呼ばれるようになっていた。

 今日も山賊たちの襲撃を聞きつけて戦いに出かけていた者の手当てで忙しくしていた。エルも娘の復讐として戦いに参加したい気持ちはあったが、戦闘能力が皆無であることを自覚しており、サポート側に回った。治療に専念している時間は娘を亡くした悲しみが少し紛れた。

 

 「先生。すまねぇな。」


 治療していた者が苦しそうにつぶやいた


 「…気にしなくていい。少し休んで。」


 エルはそう話しかける。怪我をした者はそのまま目を閉じて眠りにつく。しばらくすれば目を覚ますだろう。

 簡易的な診療所として山間にできた洞窟から外に出ると、身長は低いが筋肉質の男がエルに声をかけてきた。


 「先生ぇよぉ。あいつの怪我の具合はどぉだい?」


 「まぁ、そのうち目を覚ますと思うよ。お頭。」


 エルに声をかけてきたのは生き残り集団を束ねる『お頭』と呼ばれる男だった。

 

 「そうかい。あいつも無茶な戦い方しやがって、あれじゃぁいくら命があっても足りやしねぇだろうよ。先生ぇのおかげだぜ、俺たちが無茶できるのはよぉ。」


 お頭と呼ばれているが本当の名前は誰も知らない。しかし、戦いにおいて彼のカリスマ性は非常に高いものを持っていた。人情にも厚く部下から慕われる人格だ。


 「先生…って呼ばれるのは慣れないよ。」

 

 エルは小さく返す。


 「そうかい?俺らはよぉ学が無いもんで、薬なんて村のヒトから分けてもらうもんしかない。あんたがいなかったら俺らは半分も生き残ってないだろうよぉ。先生って呼ぶのは…みんな呼びやすいからじゃぁないか。俺なんて年上から『お頭』だぜ。」


 お頭はそう言って苦そうに笑う。笑った顔はまだ幼さが残るが、瞳の裏には悲しみが見え隠れする。エルとは数年程度しか歳の差はないだろうが、様々なこの世の地獄を乗り越えてきた経験から精神的な年齢は高く感じる。

 エルとお頭がしばらく話していると、山の木々の間から周囲の見回りをしていた者が必死な顔をして走りこんできた。

 

 「お、お頭ぁ!襲撃でさぁ!見張りの奴らがみんなやられちまったぁ!」


 お頭は知らせを聞いて即座に表情が戦闘モードに切り替わる。


 「人数は!?」


 「わからねぇ、俺は一人しかみてねぇ!奴の獲物は槍でさぁ。」


 「…分かった。動ける奴の半分は俺に着いてこい。半分はここを守れ。」


 お頭の一言で全員が動き始める。ここには村を追われた非戦闘員も多く身を寄せて居る。その者たちにとってここは少しでも安心できる場所になっている。


 お頭と戦闘員の何人かが山の中に消えていく。

 エルは、見張りから帰還した者の治療に取り掛かった。息を切らし、体中には小さな傷ができているのを見ると山の中を駆け回ってここまで逃げてきたのだろう。という事は、襲撃者にこのアジトの大まかな場所はバレてしまっている可能性がある。


 「…大丈夫か。今薬を持ってくる。」


 「ああ、先生。…ヤベェよ。あいつ無茶苦茶だ。お頭やみんなで束になってかかっても勝てるかどうか…。」


 「そんなに強いやつが山賊たちにいたのか。」


 エルは、襲撃者を山賊たちの中の強者だと考えていた。


 「いや、アイツは山賊どもの連中じゃない。小奇麗な恰好だったからよ。俺がここに逃げ込んだのも見られたかもな。…でも俺、アイツどこかで見たことあるような…」


 不安を抱えながら見張りの者の治療を進める。このアジトにその襲撃者が来るのは時間の問題なのかもしれない。襲撃者に打って出たお頭や他の皆は無事帰ってこれるだろうか。

 しばらく経っても誰も山の中から帰ってこなかった。エルはお頭たちが消えていった山の方角をじっと見つめて待った。


 日が傾き始めた頃、山の中からお頭と数人の者が急ぎ足で帰ってきた。お頭は負傷しているであろう傷だらけの者に肩を貸している。

 アジトに残っていた者たちがお頭のもとに集まる。


 「お頭!やったんですかい!」


 息を切らしたお頭の表情は硬い。

 

 「…いや、やり損ねた。というよりは、俺らが敵う相手じゃないなぁ…。すぐそこまで来てる。…ここから逃げねぇと全員やられちまいそうだ。相手は一人だった。皆散らばって逃げるぞ。」


 状況は最い様だ。エルは、お頭が担いできた負傷者の容態を確認するが、すでに息絶えていた。

 お頭の言葉を聞き、周囲の者はアジトを捨てて退散する準備を始める。皆、お頭の言いつけ通り散らばって逃げだそうとしている。怪我をした者は比較的負傷の少ない者が手を貸してゆっくり移動し始める。


 お頭と数人は時間稼ぎとして再度山の中に入っていった。

 エルは、見張りから帰ってきた者に手を貸してお頭とは反対方向に向かって逃げ始めた。

 足取りは遅いが少しでも襲撃者から遠ざかるために歩を前に進める。行くあてなどなかったがどこかの村に一時的に匿ってもらうしかなさそうだ。

 見張りの者が暗い顔をしていることに気が付いたエルは勇気づけるように声をかける。


 「…大丈夫。お頭がどうにかしてくれるさ。今までもそうだっただろ。」


 見張りの者はああ、と小さく呟いた。


 「…先生。俺、襲ってきたアイツの顔、どこかで見たことあると思ったんだよ。…王都にいた頃よ、見た顔だった…。ああ、そうだ、思い出した。アイツ…守護隊にいたやつだ。名前は…ナッシュだったか…」


 ナッシュ。エルも聞いたことがある名前だった。王都守護隊の副隊長で現在は勇者アオイともに前勇者の武具を集める旅に出ているはずである。国境近くの秘境に出向くという噂は聞いていたが、なぜ襲撃者にその勇者パーティーの者の名前が出てくるのかは考えても理由が思いつかない。

 

 「…ナッシュって守護隊の副隊長だろ。なんで俺たちが襲われてるんだ。」


 問いかけても答えは出ないだろうが、言葉にしないと胸に沸いたの苛立ちや不安や疑問を抱えていることはできそうになかった。

 見張りの者も黙って下を向いている。

 少しの沈黙を破ったのはエルでも見張りの者でもなかった。二人の背後から声がする。

 

 「…貴様らが山賊だからだろう。」


 「ッ!?」


 エルが首を回し背後を確認しようとした瞬間、背後から強い衝撃がエルと見張りの者を襲った。エルは吹き飛ばされはしなかったが、肩を貸していた見張りの者は勢いよく衝撃に呑まれて吹き飛んだ。

 衝撃の正体は魔術の力で引き起こした突風だった。二人を狙ったものではなく、負傷していた見張りの者を狙ったものだ。

 吹き飛ばされた見張りの者は風に呑まれて吹き飛ばされながら身体を切り刻まれて大木に衝突した。一瞬の出来事だったが、彼が絶命したことは一目瞭然だった。


 「ッなにを!」


 エルが振り返ると、先ほどまでの話に出ていた王都守護隊副隊長のナッシュが立っていた。


 「なに?…か、逃げているから追撃しただけだ。貴様ら山賊に国民は苦しんでいる。オレら守護隊は王都に忠誠を誓って民を守ることが仕事なのだ。当然だろう?」


 ナッシュは冷たく言う。


 「お、俺たちは山賊じゃない。皆家を焼かれて帰るところが無いヒトが集まっているだけだ。」


 エルが必死に言う。が、ナッシュは、はぁ、とため息をついて首を横に振る。


 「…今まで排除してきた者達、皆口をそろえてそれを言うな。口裏合わせでもしているのか?」


 エルの言葉はナッシュに届いていないようだった。聞く耳を持っていない。右手に握っている大槍を構えてゆっくり口を開いた。

 

 「善良な民が武装なぞするか」


 殺される。そう感じたエルは全身に力が入り身動きが取れない。ナッシュが槍を突き出そうとした瞬間。木々の陰からナッシュに向かってヒト影が飛んできた。

 

 ナッシュはその影にいち早く気が付き、突き出そうとしていた槍を頭上に構えなおす。ヒト影は短刀を順手に持って切りかかるが、ナッシュの槍に防がれる。


 「…チッ」


 影は小さく舌打ちをして、振り下ろした短刀を持つ腕を曲げて勢いをつけてエルとナッシュの間に入るように飛ぶ。エルはヒト影の正体がお頭であることに気が付いた。


 「お頭!?」


 「あぁ、先生…。探したよ。状況は最悪みたいだけどなぁ。」


 エルはお頭の姿を見て安堵する。一方、ナッシュはエルとお頭を見て再度ため息をついて口を開く。


 「…また、あんたか。あまり突っ込んでこないで逃げ回って。時間稼ぎは目に見えてたよ。オレは今、イライラしてるんだ。余計に苛立たせないでほしいね。」


 そう言って、再度右手で槍を構える。

 お頭はナッシュから目を離さずにエルに聞こえるように話しかける。

 

 「先生。ここは俺が時間稼ぎするから、どうにか逃げてくれ。俺は、たぶんここまでだろうけどよぉ、あいつ等を頼むぜぇ、頭悪ぃからよ。先生がいないとまた無茶するだろうからさ。」


 「そんな。俺には無理だよ。お頭が逃げてくれ。俺が囮になるから…」


 エルが囮を買って出ようとするが、お頭は頭を横に振る。

 

 「多分無理だなぁ。先生じゃぁ、囮にならないと思うぜぇ…申し訳ないけどなぁ。」


 エルは何も言い返せなかった。全くその通りだ。エルの戦闘力はまるで皆無。ここまで戦闘員の者たちを撃退してきたナッシュに数秒も持ちこたえられないだろう。エルは下唇を噛みしめる。


 「先生。走りなぁ!」


 お頭の一声でエルは踵を返して走り始める。逃げるエルをナッシュは追撃せず見送った。お頭は振り返らずナッシュに語り掛ける。

 

 「…追わねぇのか?」


 問いかけられたナッシュは笑みを浮かべて答える。


 「追わないね。無意味だと思うよ。」


 ナッシュは続けて言う。


 「この森周辺は王都守護隊員が包囲してるからね。一人として逃しはしないよ。」


 「ッな!」


 襲撃者はナッシュ一人ではなかった。ナッシュは山賊討伐に派遣されていた王都守護隊を率いてお頭やエルたちを山賊として討伐しに来ていたようだ。エルを逃がしたが追いかけなかったのは、どうせ逃げられない状況にあると知っていたからだ。


 (こいつらはぁ、本物の賊は見つけられてねぇくせに…。何を言っても聞きゃしねぇし…)


 お頭は半分諦めの感情を抱きながら改めて覚悟を決める。たとえ逃げることが難しい状況でも、ナッシュの足止めができれば一人でも逃げられる可能性が上がる。自分の役目はこの男を限界まで足止めすること。どの程度の時間が稼げるかわからないが、とにかくやってみるしかない。

 お頭が覚悟を決めている様子を見て、ナッシュが口を開く。

 

 「…もういいか?」


 お頭が頷くと、ナッシュは右手に構えた槍に力を込める。風の魔術が槍に宿り、槍の周りを高速で回り始める。薄緑色に見える風の刃がお頭めがけて放たれる。


 「ウインガ・スピアランス」


 先ほど、負傷した見張りの者を吹き飛ばした風の刃はこれだったか、とお頭は瞬時に悟った。風の刃を横っ飛びで交わし、周囲に立っている木々を足場にしてL字にナッシュめがけて飛ぶ。

 短刀を右手に逆手で握りこみ、顔の前に構える。体制は低く、狙いはナッシュの右足太ももを一閃切り込み、勢いそのままに切り抜けて距離を取ること。お頭の戦い方はヒット&アウェイで速度を重視した戦いをする。


 ナッシュもお頭めがけて長槍を構えなおし、速い突きを繰り出す。しかし、お頭は槍が届く寸前で身体を右回転に回し、槍の一撃を避けながら槍の先端とナッシュの間に身体をねじ込む。


 ナッシュも突き出した槍をお頭が避けた方向に薙ぎ払いを行おうとするが、距離を詰めてくる速度が速すぎるため、薙ぎ払いは間に合わない。そう判断すると左足に力を込め、お頭が回転し方向とは逆方向に回避するため右足を軸に身体を回す。


 お頭の斬撃はナッシュに届かずに空振る。勢いをそのままにナッシュの後方に距離を取ろうとする。


 ナッシュは回転の勢いのまま、長槍を切り抜けていったお頭に薙ぎ払いを繰り出す。長槍の先端が微かにお頭の背中を切りつける。


「ッぐぅ!」


 背中を切られたお頭は苦しいような驚いたような声を上げる。反転しナッシュを正面に見据える。

 

 (ただ単に切り抜けるだけだと無理だなぁ)


 お頭は攻め手を変えて再度攻撃を仕掛ける。時間稼ぎならば相手が攻めて来て、自分が守る・逃げるが理想的だがお頭は遠距離の攻撃手段が無いため、風の刃に対抗できない。また、今まで再三ナッシュと対面しているがちょっかいをかけては逃げるという戦法をしてきたから、同じように戦うとナッシュがお頭を追うのを止めてエルの方を追いかけ始める可能性も考えられた。

 そう考えると、お頭は自ら攻めて相手と堂々と戦う姿勢を見せておかなければならなかった。

 お頭は再度、ナッシュ目がけて前進する。


 ナッシュは長槍が届く間合いで今度は薙ぎ払いの攻撃を繰り出す。先ほどの身を回転させた避け方はこれで封じられる。


 お頭は長槍が届くギリギリのタイミングで、足を強く踏み込み上空斜め前方向に前転する。左右に避けることが難しい攻撃には上下に避ける。そのまま、右足でかかと落としを繰り出す。


 ナッシュは槍を持たない左腕を上段に構えてかかと落しをガードする。


 お頭はかかと落しした右足をさらに押し込み、ナッシュの動きを抑え込む。そのまま前方に屈むようにナッシュの背後を見据えて短刀を順手に持ち替えて短刀を振る。刃がナッシュの左肩を抉る。


 「チッ!」


 舌打ちをしたナッシュは長槍でお頭を遠ざけるために、振り返りながら槍を振る。しかし、お頭は長槍の届かない距離で着地している。

 ナッシュとお頭で互いに攻撃を当てているがナッシュの肩の傷の方がより深い傷を負っていた。なかなかやる、とナッシュは考えて、長槍を左手に持ち替える。右手を空中に構えて何もない空間からもう一本の槍を召喚する。

 ナッシュの神加護≪激槍≫は二本の槍を自在に操り、強烈な攻撃を繰り出すことができる。本来のナッシュのスタイルは、左手に長槍、右手に短槍を持ち、長槍で遠・中距離、短槍で近距離を対処する。

 

 ナッシュはお頭めがけて左の長槍で突きの連続攻撃を繰り出す。


 お頭は何とか長槍の攻撃を身体を動かしてギリギリで避ける。


 (回避の技を使ってる…か)


 なかなかお頭に攻撃を当てられないナッシュはそう考えた。以前勇者アオイとの決闘の時に苦しめられた回避の技だ。勇者アオイは≪回避の神技≫という回避の技の中では最上位の技を使っていたが、あの時ほど不快な状況にはなっていない。

 回避の技にはランクがあり、下から初級、中級、上級、絶技、極意、神技という様に分かれている。技には回避以外にも様々な種類があり、本人の努力次第でランクは上がっていく。

 王国の守護隊隊員程度であれば、中級の技を使えて当然、極稀に絶技を使用できる者が現れる。現在の守護隊の隊長であるガイアは剣術の絶技を使用できることで有名だ。

 お頭が使っている回避の技はせいぜい中級程度、ナッシュの攻撃を回避することで手一杯の様だ。少しでも気を抜こうものなら、一瞬で長槍の餌食になるだろう。

 ナッシュは槍を振るうことで疲れることはない。このまま長槍の連続攻撃だけでもいずれお頭が限界を迎える。


 連続した二人の攻防の均衡が少しずつ崩れていく。ナッシュの攻撃がお頭を捉え始める。肩や太もも、こめかみなど躱しきれない斬撃がお頭の身体を切り刻む。


 (…ッ!いってぇ!)


 たまらず後方に飛び退いたお頭だが、下がった距離だけナッシュも距離を詰める。左の長槍からはなかなか逃れられない。

 ならばと、お頭が多少攻撃を受けようが前進して長槍の射程の内側に入り込む。

 

 (待ってたよ)


 長槍の攻撃から逃れるために前進してきたお頭を右の短槍の速い突きを繰り出す。


 短槍の速さに追い付かずお頭は回避の技が間に合わない。槍がお頭の腹部を貫く。


 「!!ゴフッ…」


 腹部を貫かれたことでお頭の口から血液があふれ出す。

 ナッシュは勝負ありだと言わんばかりに短槍を引き抜きながらこびりついた血液を薙ぎ払いで地面に飛ばす。


 お頭はその場にうつ伏せに倒れこんだ。


 「…ふぅ。」


 息をついたナッシュはお頭に切り付けられた肩を抑える。油断していたとはいえ、王都守護隊の副隊長に恥じる負傷だと考えた。こうして初めから二本の槍で戦っていればすぐに終わる戦いだった。これ以上の追撃は難しいが、周囲を囲んでいる守護隊員が残党を片付けるだろう。

 ナッシュはお頭の亡骸に背を向けて帰路に着こうとした。


 しかし、ナッシュはすぐさまに振り返ることになる。

 背後から先ほどまで感じていたお頭の殺気を感じ取ったからだ。


 振り返ったナッシュの首元にお頭の短刀が近づいてきていた。


 「ッな!」


 首筋を切られる前に後方に倒れこむように躱す。短刀はギリギリナッシュの首の皮一枚を切りつけただけで通り過ぎた。

 見ると、短刀は先ほど短槍に貫かれたはずのお頭が握っていた。低く構えて戦闘態勢を取っている。


 「貴様!なぜ生きている!」


 ナッシュはお頭めがけて問いかける。戦闘態勢を少し解いたお頭の腹部の傷は血液が流れだすことなく塞がっていた。


 「あぁ?…あー、神加護だ。まあ、もうバラシていいか…。俺の神加護は≪三魂蘇生さんこんそせい≫って言ってなぁ。三つ魂があるみたいなんだわ。」


 お頭は時間稼ぎとしては十分と判断して自分の能力を明かした。このペースならばお頭の神加護≪三魂蘇生≫によって生き返れるあと2回を使って時間が稼げる。


 「貴様のような蛮族が神加護持ちとはな…」

 

 「まぁ、そう言うなよ。俺だって好きでもらったんじゃねぇよ。」

 

 そう返すお頭を睨みつけながらナッシュは再度二本の槍を召喚して戦闘態勢を取る。追撃は無理だがそろそろ勇者パーティーに帰還しなければならない。


 「…どちらにしろそうそう時間をかけていられない。」


 「なんだよ、まだ俺の仲間、追いかけまわす気ぃかよ。」


 ナッシュは左右に持った槍を体の前で交差させてお頭に向ける。お頭も戦闘態勢を取り低く構える。


 「…もう手加減はしない。ウインガ・スピアストーム!」


 ナッシュが術名を叫ぶと二本の槍の先から豪風が巻き起こり、瞬く間に竜巻となってお頭の身体を包み込み、切り刻みながら空中に放り投げる。

 お頭は咄嗟に後方に飛び退こうとしていたが、遅かった。


 「ッぐおぉ!」


 お頭は苦しさのあまり体を仰け反らせる。ナッシュは空中で自由落下してくるお頭めがけて、右手に力を込めて短槍を突き出した。


 「…2回目だ!ウインガ・スピアストライク!」


 短槍から風を収縮させた遠距離攻撃が飛んでくる。左の長槍から出されるウインガ・スピアランスと違い、速く貫通力の高い術だ。


 空中では回避の技は発動し難い。お頭はあっけなく風の槍で貫かれてしまう。

 お頭は体をそのまま地面に叩きつけられ、2度目の死を迎える。


 ナッシュは戦闘態勢を解かず、お頭を警戒しながら口を開く。


 「…早く起きろ」


 「ッはぁ!」


 傷が塞がり一気に息を吹き返す。残りの魂は一つ。これで後が無くなった。


 「本気となりゃぁ、そうそう長くはもたねぇもんだなぁ…」


 「当たり前だ。貴様とは鍛え方が違う。」


 「…そりゃぁ…たいそうな事で!」


 お頭は言い終わると同時に距離を取る。周囲の木々の陰に身を潜めてナッシュから視線を切りつつ移動する。


 ナッシュは左の長槍に風の魔術を込めて、連続の突きを繰り出すと同時に風の技を乗せる。

 

 「ウインガ・スピアラッシュ。」


 木々を吹き飛ばしながらお頭を捉えようと連続発射する。

 素早く移動しているお頭だが、身を隠せる木が少なくなり、吹き飛ばされた木の破片や風の槍が体を掠めて体を切り刻まれる。


 (ちきしょう…!いってぇ!痛ぇ…)


 肉が裂かれて血液が溢れ出す。脳からアドレナリンが分泌され何とか体を動かすが、痛みそれらを邪魔してきている。


 2度の死を体験して痛みに対する恐怖が体を縮こませる。


 (痛ぇし、怖ぇ!)


 お頭は恐怖が体を支配する前に、何とかナッシュとの距離を詰めようと風の槍の中に向かって走り始める。

 先ほどよりも多く体に攻撃を喰らうがお構いなしに突っ込む。


 短刀を持っていない左腕を頭の前に構えて一撃死を回避、≪回避の技≫を使って避けられる技はギリギリで避ける。


 ナッシュはお頭が距離を詰めてきたのを確認すると、二本の槍を交差させて、風の竜巻を起こす。

 目の前で土が盛り上げられ、木々を吹き飛ばす。上空を見るがお頭の姿はない。竜巻が発生する瞬間、前進を止めて竜巻に巻き込まれずに回り込んでいた。

 竜巻を発生させるには距離が足らないと判断したナッシュは魔術を込めず通常の長槍の突き攻撃を連続で繰り出してお頭の前進を止めようとする。

 しかし、お頭は左腕に槍を受けながら前進してくる。前進の勢いと槍の突きの衝撃で左腕が切断されて吹き飛ばされる。

 左腕を犠牲に長槍の内側に飛び込んできたお頭を右の短槍で狙いを定める。

 二人の集中力が一気に高まり体感時間が引き延ばされる。


 お頭は、短槍が突き出されるタイミングを見極めて斜め上に飛び上がり上段から短刀を逆手に持ってナッシュの額めがけて振り下ろす。

 しかし、ナッシュの短槍は突き出されていなかった。


 (!ここにきてフェイント!?)


 一度、短槍の距離での死を体験していたお頭は、完全にタイミングを捉えたと考えていたが、戦闘の駆け引きはナッシュが段違いで上だった。


 空中から降りてきたお頭の心臓をナッシュの短槍が貫く。


 ガクッと力が抜けて短刀を地面に落とす。地面に突き刺さった短刀にお頭の血が流れ落ちる。


 「…はぁ。終わった…」


 ナッシュは安堵してお頭を刺し貫いていた槍を下ろそうとする。


 瞬間、お頭が傷だらけの身体を起こし、残っていた右手を手刀で構えて切りつけた肩の傷に突き刺す。


 「ッ!ぐぁ!…き、貴様!」


 お頭の神加護は≪三魂蘇生≫三度の死で終わるはずだった。お頭は傷から血を流しながらナッシュの肩を突き刺している。切り落とした左腕も戻っていない。

 

 (息の根を止めたはず…、こいつ、自力で動いて…)


 お頭の目はもう、ナッシュの肩の傷しか映っていなかった。最後の力を振り絞って血液の循環が止まった体を動かした結果、命が尽きるギリギリのところで意識を少しだけ戻したのだった。

 もう意味はないが、息を切らし、口を動かして小さく声を出す。


 「…神加護ねぇ…ハハッ…、まるで、…呪いみてぇだな…」


 「ッ!!」


 『呪い』と聞いたナッシュは心臓がドキリとして、息が詰まる。左手に持っていた長槍をお頭に突き刺し、長槍と短槍を左右に開き、お頭の身体を3つに引き裂く。

 血液が舞い、ナッシュノ全身を赤く染める。


 「はぁはぁはぁ…。呪いなものか…神加護は神から与えられた祝福だ…」


 ナッシュはついに倒したお頭の亡骸を背に今度こそ岐路に着く。




 この日以降、勇者パーティーの王都守護隊副隊長のナッシュが国境近くで暴れていた山賊を討伐したという噂が国中に流れた。

 

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