第13話 異族の国にて

 イービラスにあるヒト族の国と対立している、ヒトとは異なる者が暮す国、ヨナ国。ヒト族の国とは異なり、魔術師が使用する魔力があふれ出ており、異様な空気が流れている。

 そこに暮らす者たちは、頭から角が生えている者、肌の色が緑色で牙を生やした者、黒い靄のようなものを纏って暮らしている者など、ヒト族とはかけ離れた様相の者たちがいる。


 太古の時代は、争いが絶えなかったこの国も元は別の名前で呼ばれていたが、400年前に君臨した異族の王によって統治され、現在でもその制度が残っている。

 孤立して暮らす者も居るが、多くは身を寄せ合い、村々を築き上げて自給自足の生活を送っている。

 いくつもある村をある程度の纏まりとして管理している町があり、そこには国の経済と政治の中心である王城の町から派遣された者が統治していた。


 そんなヨナ国とヒト族の国ライズ・ウォーランド王国との国境近くに、一人の異族がふらふらとした足取りで森の中から姿を現した。

 身長は160cmもないほどで、手足が長く、黒い髪と黒い瞳、黒のマントを身に纏っている。まだ、若く見えるその者は、ヒト族に召喚された勇者アオイを襲撃した暗殺者の悪魔だった。


 勇者との闘いによって自ら切り落とした右腕を抑えているが、血液は滴り落ちていない。

 彼の神加護である、〈血の支配〉自分の血液と、他人の身体から外に出た血液を操る効果で切り落とした腕から血液が失われないようにしていた。


 (ようやく着いた。)


 彼は心の中でそう思った。ヒト族の王都近くまで潜伏し、暗殺に失敗したのちにヒト族の追っ手を搔い潜って、自分の国に帰ってくるのに50日ほどかかっていた。ここから、彼の雇い主の所まで7日ほどだ。道のりは長いが、追っ手の心配をする必要はない。ゆっくり右腕の治療もできる。


 よし。っと一息入れて、再度歩き始めようとした彼に何者かが声をかける。


 「帰還。待ち望んでいましたよ。マドカ。」


 マドカ。それが彼の名だった。


 「!!?」


 マドカは声のした方を振り返り声をかけてきた者を見据える。そこには、マドカと同じように黒い髪と黒い瞳を持った。長身の悪魔が立っていた。長身で、白いマントにフードを深く被って顔の全体は見えない。

 すぐにマドカは片膝をついて頭を下げた。


 「は!ベリウッド様!」


 マドカに暗殺の依頼を出した者。ベリウッドと呼ばれた者はマドカを見下ろし優しく口元を緩める。


 「頭を上げていいですよ。マドカ。危険な任務だったでしょう。貴方を労わせてください。」


 「滅相もございません。」


 マドカは頭をより一層下げた。やれやれといった様相でベリウッドが語る。


 「まあ、よいでしょう。ヒトの国に召喚された者の暗殺任務。ご苦労様でした。よい働きだと思います。」


 「い、いえ!暗殺が命令でしたが、恐れながら、仕留められませんでした。この罪は私の身を持って償わせてください。」

 

 ベリウッドは、あぁ…と慈愛の眼でマドカを見て首を横に振った。


 「よいのです。そもそも、簡単に消せる相手だとは思っていませんよ。わたし達の召喚妨害も力及ばず、あなたを危険な敵国の都付近まで足を運ばせてしまいました。それに、あなたの力でも勇者には敵わなかったという情報が手に入りましたから。」


 ヒト族の魔術師たちが異世界から勇者アオイを召喚することを事前に認知していたヨナ国の者たちは、召喚の魔術の妨害をしていた。しかし、うまく妨害できず、召喚を許す形になったが、召喚される場所を王都からずらすことに成功した。そこに赴いたのがマドカだった。


 「…は、はい。」


 勇者の暗殺が失敗していた時点で自分は帰還しても処刑されるものだと考えていたマドカはベリウッドの思惑が掴めず、小さくつぶやいた。


 「さて、問題はここからです。現在、勇者一行はヒト族の各地に封印されている、先代の勇者が使用していた、武具を集めています。彼らがそれを手にするのは時間の問題でしょう。」


 先代の勇者は400年前の異族とヒト族との間で起きた争いの時にヒト族を導いた者だ。その勇者の武具はヒト族の町村やダンジョンに隠されている。今の勇者アオイはそれらを集める旅に出ている。各々の武具を身に纏った勇者アオイはいったいどんな力を手に入れるのか、マドカは背筋が凍り付く思いだった。


 「それらを手にした勇者の力はさらに強固なものとなり、我々の国民に向けられるのです。」


 そもそも、どこから仕入れた情報だろうか。このベリウッドという悪魔はいつも他者の知り得ないことを知っている。


 「それならば、それらの武具を先回りして回収することが次の任務でしょうか。」


 わざわざ、マドカが帰還するタイミングを見計らって現れた。見せしめとして処刑することが目的でないなら、別の任務を与えに来たのだろうとマドカは思った。


 「あぁ…いえいえ、わざわざ敵の目的のものを集めても、意味はありません。敵の手助けにもなる可能性もあります。まあ、勇者は遠からずすべて集めてしまうでしょう。それに、今現在わたし達にその武具を使いこなせる者も居ませんし。」

 

 では、どのような任務なのだろう。

 

 「貴方に次の仕事をお願いしたいのですが、疲れはありますか?」


 「い、いえ。疲れはありませんが、このように右腕を失ってしまって…」


 マドカの神加護は〈血の支配〉だが、主な武器は双剣。左腕だけではヒト族の国を隠密に移動することは難しい。


 「あぁ…、そうですね。では、貴方の神加護を少々強化しましょうか。」

 

 ベリウッドはそう言って、マドカの頭に手をかざす。ベリウッドの手から淡い紫色の光が発される。

 マドカはその光に照らされると、体の中がじわじわと熱くなっていくのを感じる。その熱は、次第に強くなり身体全体が燃えるような感覚に襲われた。

 

 「・・っうぐ!」


 「耐えてくださいマドカ。すぐに終わります。」


 実際には15秒もかかっていなかったが、かなりの苦痛だった。


 「…マドカ、失った右腕を自らの血で作り直してみてください。」


 ベリウッドはマドカにそう告げる。

 〈血の支配〉は自らの血を操作する力があるが、自分の右腕を補うほどの血液を使ってしまうと、貧血を起こし、戦闘になった時に双剣を握って細かい動きをすることは難しかった。しかし、ここは言うとおりにするべきだろうとマドカは思った。

 ベリウッドに言われたとおりに右手を自分の血液で作り出す。血液を右腕のあった部分に送り形成し固定する。出来上がった右腕を振り、指を動かす。

 そこで、マドカは失う前と同じような感覚で血液で作った右手が動かせることに気がついた。その様子をみて、ベリウッドが口を開く。


 「貴方の力を強化しました。その右腕は以前のように動くはずです。貧血などの体調に影響することもないと思います。」


 「あ、ありがとうございます。これで新しい任務を必ず成し遂げて見せます。」


 「はい。そう言ってもらえると思っていましたよ。立て続けの仕事になって申し訳ないですが、次の任務は勇者一行の武具集めを妨害することです。」


 妨害。となると、ヒト族の国で武具集めをしている勇者一行を襲撃することだろうか。そう考えているマドカを見てベリウッドは口を開く。


 「しかし、勇者と直接戦闘することは避けてください。勇者の戦闘力を考えても一人で立ち向かうのは無謀でしょう。狙うのは勇者以外です。勇者一行にはヒト族の国から集めた強者が揃っているそうですが、その他にも同行している者が居るそうです。大人数での移動は足が遅いはずです。武具が隠されている場所に先回りして罠を仕掛けてください。対敵しても必ず生きて逃げてくださいね。」


 「足止め…ということでしょうか。」


 「そうですね。しかし、貴方の実力が足りないということではありませんよ。今はとにかく時間が必要なのです。そのための仕事ですね。」


 ベリウッドの任務を受諾し、マドカは再度ヒト族の国に潜入するため、帰ってきたヨナ国を後にしようと、立ち上がる。

 すると、ベリウッドが、あぁと思い出したかのように、マドカに告げる。


 「勇者一行の人数を減らすことは問題ないのですが、一人…手にかけてはいけない者がいます。その者は殺さず、生かしてください。細かな指示は追って連絡しますね。」


 マドカは再度、ライズ・ウォーランド国に向けて歩を進める。

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