第9話 敗北にて
-王都ウォーランド 治療室-
王都の闘技場内に設置されている治療室。ここは、国の守護隊たちの治療を目的に作られた部屋で、おおよそ200のベットが設置されている。臨時には一般人の負傷者もここに運ばれて治療を受けることが出来る。
現在は異族の者との小競り合いが続いているが、王都ウォーランドは国の中心に位置しており、この治療室を使用するまでに至っていない。
ガラガラのベットの一つに、王都守護隊副隊長のナッシュが横たわっている。
先刻の異界の勇者・葵との戦闘で意識を失い、ここまで運ばれてきていた。
ナッシュの様子を見に来ていた医師が「じきに目を覚ます」と診断し、部屋を後にするとほぼ同時に、大柄の男が部屋に入って来る。
王都守護隊隊長ガイアである。歴戦の戦士であり、この国トップレベルの剣術と戦略を携えている。顔には昔に受けた刀傷が額から右耳の上にまで伸びている。
ガイアは、すれ違う医師を一瞥すると、ナッシュの横たわるベットまで歩を進める。ちょうどナッシュの顔が見える位置まで来ると、口を開いてナッシュに声をかけた。
「起きたらどうだ?」
意識が途切れているヒトにかける言葉とは異なり、相手が聞いている前提の言葉だった。
「気づかれてましたか。」
それもそのはず、ナッシュの意識は途切れはしたものの、すぐに回復し、すぐにでも立ち上がって走り出せるくらいになっていた。
「まぁな。そんなに致命的なダメージではなかっただろう。その気になればもう一度立ち上がりその槍を振るえただろうに。」
「いえいえ。オレには…」
無理ですよ。と言おうとして、ナッシュは止める。確かに、最後の一撃の衝撃は意識を強く保とうとすればなんとか耐えられたかもしれない。しかし、ナッシュはそれをしなかった。
「あれだけ、跳ね返されれば、続けなくてもわかります。」
諦めの感情を込めてガイアに言い返した。
「で、あろうな」
ガイアはそれを理解している。長い付き合いである、その程度は理解できる。ただ、ガイアが聞きたいことはナッシュの安否ではない。
「それで、勇者はどうだ?」
ガイアはナッシュに問いかける。その問いかけを耳にした時、ナッシュは先刻の決闘はこの質問を投げかけるために行われたのかと察する。ナッシュがアリヤの思惑を理解し、勇者のパーティに参加できるように勧めていた時に横やりを入れてきた理由は、ナッシュと勇者を戦わせることだった。
「なるほど。それで、オレは死にそうになりましたよ。」
決闘は殺傷は無し。というルールだったが、躱さねば死んでいたであろう斬撃が何度もナッシュを襲っていた。
「お前なら死なんだろう?」
「その信頼はありがたいことですがね。…まあ、強いですよ。無茶苦茶でしたけど。あれならそうそう殺されないでしょう。」
異族との戦闘で、葵が攻撃を受けるようなことはそうそうないだろう。≪激槍≫を使った物理攻撃、苦手だがこれまでに様々な戦場を乗り越えてきた魔術攻撃もいとも簡単にかき消してしまう。それ、この世界に来てすぐに、異族の暗殺者に狙われて、かすり傷一つつけなかったという。
「そこを聞いているのではない。」
「え?」
ガイアが聞きたいのは戦闘能力ではなく。別のところにあった。
「どんなやつだ?お前の殺気を受けた姿を見て、どう感じた?」
(なるほど、ヒトとなりを聞きたいという事か。)
「まあ、素人という感じですかね。今まで殺意を受けたことはないんじゃないでしょうか。最後の最後は驚いた顔をしていましたよ。」
ナッシュの殺意を受けて見せた驚愕と恐れの表情を思い出す。
「最後の一撃。オレのことを攻撃しようと思えば出来るはずでしたが、オレとの間の床を叩き割って距離を取ろうとしてましたし…」
「そうか…」
ガイアはそう呟いて、下を向く。ガイアの考える時の癖だ。軍略や戦略を考える時に、地図を見下ろして思考を巡らせるときの体制が身についてしまっている。しばらくの沈黙の後に、
「そういえば、勇者のパーティが決まったぞ。」
(さっきの質問はそれだけでいいのか…)
「国内から優秀な人物をかき集めてましたね。」
決闘の前に、ラシムス王が勇者にささげた国の戦力。選りすぐりの兵がぞろりとそろっていた。
「誰が行くことになったのです?」
「うむ。お前にも聞かせなければな。まず一人目は、アリヤ様だな。」
(でしょうね。)
ナッシュが勇者との決闘に敗北したことで、アリヤがパーティに参加が決まったようだ。それが、アリヤとナッシュの狙いでもあったのだが。
アリヤの神加護は≪
「まあ、そういう決闘でしたから…」
ナッシュは一応残念がる。ガイアにはオミトオシであろうが、体裁は守る。
「ふん。二人目は、
「おお…」
獅子卿ミルガス。国有数の貴族出身だが戦好きの戦闘狂だ。神加護は≪
「三人目に氷の妖精だ。」
「え、あの、猫族の?」
氷の妖精と呼ばれる、猫族の娘。生まれながらの超魔力を操り、氷を顕現させる。「妖精」と呼ばれる由縁は、その姿。幼い少女の姿をしているため、北の国の戦場ではかなり異様なヒト族だが、実力は国内でトップ。本人は本名で呼ばれることを極端に嫌がり、神加護の≪
「なんでも、勇者に興味があるとか…。」
「はあ…。」
「四人目に
「!?」
死人渡しのイルマ。見たものを魅了する豊満な身体、優しい顔立ちから想像できるように、治療のエキスパートでどんな傷も一瞬で完治させる治癒魔術を使う事ができる。だが、≪死人渡し≫の神加護名の由縁はそこではない。治癒能力も一級品だが、彼女の本当の能力は敵の命を刈り取る死の魔術を自在に操るのだ。噂では味方には女神のように見えるが、敵には死神に見えるという。魔術をかけられた者は、無傷のまま死に絶えていく。
「お、恐ろしいパーティになりましたね。」
「ふむ。そうだな。後は補佐のヒトが何名かついていくというが、有力なのはこのあたりだろう。」
「はあ…。そのメンバーならアリヤ様も心配無用ですかね。オレはしばらく暇になりますね。」
アリヤの付き人をしていたナッシュはアリヤが勇者の旅についていくとなると、仕事がかなり減るはず。毎度毎度、無茶を共有してくる姫が居なくなるのは少し寂しい気はするが。
「ははは。そこは安心していいぞ。」
ガイアが、ナッシュの心配を覆すように笑う。
(??)
「お前もパーティメンバーだからな。」
「は?」
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