第8話 闘技場にて
—王都ウォーランド 地下闘技場—
王都の地下に位置する闘技場。ここは普段、王都守護隊が鍛錬に使う場所でもあり、年に1度行われる闘技会の会場でもあった。
円形に作られた闘技場は周りが観戦席になっていて、戦いが行われる場所より高い場所に位置している。闘技場は広い作りになっていて、100人規模の演習が可能になっている。
闘技場の会場には長剣を携えた葵と長槍を装備したナッシュの二人が向かい合っていた。
王都守護隊の隊長ガイアの提案により、葵とナッシュの決闘が行われようとしている。ガイアの提案は、葵がナッシュに勝つことができたら、アリヤが勇者のパーティに参加することをナッシュが許すこと。もしナッシュが勝ったらアリヤの代わりにナッシュがパーティに参加することの二つだった。
ナッシュはアリヤが勇者のパーティに参加することに反対する発言をしたが、最終的には渋々許可するシナリオだった。ナッシュはアリヤとの会話に使用した『ロンドの森』について、ガイアは知っているものだと思っていたが。
(なぜこうなってしまったのか。…まあ、でも。勇者の力をこの身で体感できるいい機会だ。適当に戦っていいタイミングで負けるか。)
決闘に勝つ見込みはあまりないが、勝つ理由もない。勇者の力を見極めてから敗北しても得られるものが多いとナッシュは思った。
「あのー。」
葵からナッシュに声がかけられる。
「なにか?」
「あー。いや、よろしく。」
(?)
なんだか、この葵というヒトからは緊張感というものが感じられない。余裕とはまた違った緩い空気感がうかがえる。
(調子狂うな)
それが狙いかどうかはわからないが、ナッシュも葵の緊張感の無さに自分の緊張をすこしほどいた。
葵とナッシュの間にガイアが歩いて近づいてくる。
「それでは、ナッシュとアオイ殿の決闘を執り行う。殺傷は無し。武器は真剣だがな…。それくらいは可能だろう?」
ガイアがナッシュと葵を交互に視線を送る。二人とも黙ってうなずいた。二人は少し距離を離して向き合う。二人の距離は15メートルほどだ。
「それでは…」
ガイアが右手を上げる。あの手が振り下ろされた時が決闘開始の合図だ。葵は長剣を両手で持ち胸の前で構える。中段の構えである。基本的な構えで学校の剣道の授業で習ったまま実行している。
(中段。基本的な構えで攻防に対応できる、だけど少し緩さが見える。足が平行に並んでいるし、剣先もブレている。あまり慣れていないか。)
ナッシュは、長槍の柄を右手に握りこみ、左手は槍の中腹を支える。右足を引き、少し曲げる。槍の先端は下を向いていて、いつでも前進し長いリーチを利用した強力な突きを繰り出せる構えだ。
本来ならば、ナッシュは右手に長槍を持ち、左手には短い槍を携えるスタイルをとっている。これは、ナッシュに与えられた神加護≪
本来なら、片手で振り回す槍は攻撃力が落ちるが、≪激槍≫は片手で振るっても両手持ち以上の破壊力が出せる。また、長槍の範囲攻撃により、敵との距離を支配する。無理やり踏み込んできた場合に取り回しの良い短槍の超強力な攻撃を食らわせるのである。
このスタイルを確立するのに、何年もの血反吐を吐く厳しい修行の日々を費やしてきた。隊長のガイアにも認められた剛槍である。
だが、今回は長槍のみで挑む。短槍は威力が高くなりすぎて、葵に怪我をさせてしまう恐れがあるからだ。
「…始め!」
ガイアの手が振り落とされる。ナッシュは動かない。様子見だ。本来ならば自分から距離を詰め、用意してある突きの攻撃を繰り出す。相手の正面から少し右に向けて突き、余裕のある左に身を躱した瞬間に添えてある左手で槍を押し、瞬時に相手の逃げた方向に薙ぎ払いの攻撃を繰り出す必殺の動き。しかし、今回は相手の力量を測るための様子見を選択した。
「いくぞ!」
葵は中断の構えから、手首を返し、腰の右側に剣を構えなおして地面を蹴り走り出した。
(下段…いや、居合か。構えるのが逆だ、居合じゃないな)
葵は
(速い。が、加速するタイミングが甘い)
その加速力があるなら、ナッシュが槍を振るう少し前に急加速して相手の意表を突くべきだ。走り出してすぐに加速しても距離が詰められる前に対応する時間を相手に与えることになる。
ナッシュはぐっと右手に力を込めた。突ける。そう思った。葵の加速に乗じて槍を突き出せば、かなりの貫徹力になるはずだ。葵が突入すると予測できる場所に槍の先端を置きに行くことで、この強力な攻撃が完成する。
しかし、ナッシュは槍を繰り出さない。あくまで様子見。葵の次の行動を予測する。
(間合いに入ったら、剣を振り上げて上段から切り下し。)
ナッシュが予測した通りに、葵は剣を下から上段に振りかぶり、切り下しの態勢に入った。長剣による切り下しは、高い攻撃力を持ち防いだ相手の行動を止める。もし当たるようなことがあれば、胸部まで簡単に切断するだろう。文字どおり「叩き切る」ような攻撃だ。
(避けやすいが…ね)
上段からの切り下しは、片足を軸にして半身回転させることで躱すことができる。ナッシュも同様に身を捻って斬撃を躱す。切り下しの後に、横切り払いの攻撃も考えられる。そのための防衛の態勢も同時に取る。柄を握っていた右手を上にずらす。これで少し取り回しがよくなり、柄による打撃の攻撃も可能になる。熟練された動き。体に染みついている。
だが、葵の切り下しの攻撃の後に、次の攻撃が来る気配はなかった。
(なら、少しちょっかいを…)
ナッシュは体の前に構えてあった、長槍の柄を葵と長剣の間に滑り込ませ、葵の顔面目掛けて打撃の攻撃を繰り出した。当たる。ナッシュがそう確信した時、思わぬ事態が起こる。
葵はナッシュの繰り出し柄の打撃を左足を軸に回転して躱す。また、両手で持っていた長剣を左手一本に持ち替えて回転し、そのまま左手一本でナッシュの首元めがけて切り払い攻撃を繰り出した。
「っ!!」
ナッシュは突然の反撃に動揺したが、両足で地面を蹴って後方に飛ぶ。5メートルほどの距離で止まる。目線は葵から外さない。
(なんだ今の動きは。こいつの本来の動きなのか!?)
ナッシュの首からは一筋の切り傷ができていた。思わぬ反撃だったが、すぐに回避の行動をとることができたため、首が飛ばずに済んだ。少しでも反応が遅れたら、胴体と首はつながっていなかったかもしれない。
(殺傷は無し。っていうのは難しいってか。)
先ほどの斬撃は確実にナッシュの首元を狙ってきた。殺されていたかもしれないと考えるとナッシュは背筋が凍る。だが、すぐに攻撃の体勢をとる。突きの攻撃から薙ぎ払いにつなげるナッシュの得意な連携だ。これを繰り出す。
(大丈夫。殺しはしない。軽く威嚇する程度に…)
そう心を決め、ナッシュは右足で地面を蹴る。今度はナッシュから仕掛ける。長槍の強みは距離。距離を支配できれば剣には負けない。先ほどは様子見で間合いに入れさせたが、今度は封殺するつもりでいた。
ナッシュが突きを繰り出す。葵から見て顔面の正面から少し右方向へ。
(左に避ける)
そう誘った。左に避けて距離を詰める。これが剣を振るう者の定石。
しかし、葵はナッシュの予測通りに行動しなかった。首を少し左に曲げて、槍の突き攻撃を最小の行動で躱し、腰の右側に剣を正面に構えて前進する。先端がナッシュに向いている。葵も突き刺しの体勢だ。
(予想外!だが、薙ぎが首に当たる!)
左手に力を込め、槍の中腹を右方向に押す。槍の棒の部分が葵の首に当たり、体勢を崩した所にさらに押し込み、薙ぎ払う。先端を地面にめり込ませるように払えば刃は首には届かないが、葵を地面に転がすことができる。
が、そうはならなかった。
左手で押し込んだ槍の中腹は、葵の首に届く前に止まってしまう。ギギギギという音とともに葵が突っ込んでくる。
(物理障壁!!)
また、一瞬の判断だった。ナッシュは神加護≪激槍≫を発動して、槍の薙ぎ払いの力を高める。葵の長剣の先端をナッシュの体を突く前に右方向にずらす。
「チィ!」
長剣の先端が体を貫くことには成功したが、右の脇腹をかすめてしまう。少量だが鮮血が飛ぶ。ナッシュは前方に飛び、葵と場所を入れ替えるように距離を取る。追撃はない。
(なんて動きだよ。それに合わせて物理障壁まで…)
それならばと、ナッシュは槍に風の魔術を走らせる。ナッシュの得意な魔術の属性は『風』、物理攻撃に比べると攻撃力は低いが人体に驚異のある風の遠距離突き攻撃が可能だ。
「ウインガ・スピアランス!」
風の魔術を纏った槍を構え、そのまま突きを繰り出す。すると、風の槍が葵めがけて駆ける。
しかし、その風の槍も葵には届かない。葵に届く前に何かに衝突してかき消えてしまう。
「ま、魔術障壁!?」
(こ、こいつ。物理と魔術の障壁を同時に展開してる!?)
理解する。この勇者の実力。どんなに足掻いても届きそうにない力の差を理解する。
いままで、口をつむっていた。葵がにっこりと笑って語り掛ける。
「いやー。さすがですよ。分かっちゃうもんなんですね。魔術障壁。」
そりゃ、目の前で自分の魔術がかき消されれば理解できる。理解できるが、そんなことは納得はできない。
「い、いやあんた、同時に物理障壁まで展開してるだろ!?」
ナッシュも答える。
「あ、そっちも分かります?防御には少し重点的に力をそそいでるんですよ。堅いでしょ。」
違う。物理障壁が強力とかそういうことに驚いているわけじゃない。
「違う違う!そういうことじゃない。物理障壁と魔術障壁を同時に展開してることだ!」
「え?」
素っ頓狂な顔をしている。自分がどんな神業を行っているのか理解していない顔だ。強力な物理障壁は今まで相手にしたことがある。その際には、魔術での攻撃で対応する。逆も然り。物理障壁と魔術障壁を同時に展開している者など、伝説で語り継がれる者にもできるかどうか。
「…もしかして、俺なんかやっちゃいました?」
葵は少し得意げな顔をして言った。
問題はそれだけじゃない。
「あ、あんた、剣振るの初めてか?」
葵が最初に見せた構えと突撃時の加速のタイミング、攻撃と追撃の甘さなどは初心者のそれだ。だが、時折見せる戦いの匠のような回避と反撃の動きが理解できていない。
「あ、そういうのも分かるんですね。すごいな…」
やはり、初心者。だが、あの動きは。
「あの回避はなんだったんだ!?」
ナッシュは疑問を葵にぶつける。
「ああ、あれね。自分でもびっくりなんですけど。あれは、俺が神加護に記した『
(回避の…神技だって!?)
この世界には、技のグレードというものがある。その中でも『神技』はヒト族が一生を費やして鍛錬した技を世代間で受け継いでいって何100年とかかってようやく完成するものだ。
しかし、『神技』に昇格する者としないものでは、『神技』に昇格せず、『極意』までにとどまってしまう者のほうが圧倒的に多い。
数多くの戦場を駆けてきたナッシュでさえも『神技』はおろか『極意』を使いこなすものに出会ったことすらない。
(回避の技といえば、相手からの攻撃を躱すことができる技。しかし、相手の攻撃の熟練度によって回避できるものとできないものがあるはず。さらに、『神技』ともなると、相手の攻撃を最小限に躱しかつ、最も反撃しやすい体勢になると古い書物で読んだことがある…。)
つまり、ナッシュの技の熟練度は「回避の神技」に到達していないことになる。
物心ついた頃から、修行に明け暮れ、血反吐を吐きながら身につけた槍術は、異界から転生されてきた若い葵にあっさりと破られてしまった。
それからの決闘は、もはや決闘とは言えないほどの醜さがうかがえた。
ガイアに認められた突きも、数々の部下に見舞ってきた槍さばきも、国の平和のために命を懸けて身につけた躰捌きも、戦場を駆けて培われた戦闘経験も、苦手だった魔術と槍術の合わせ技も…
全て、葵の物理障壁と魔術障壁に打ち砕かれた。さらに、「回避の神技」とかいうトンでも技で攻撃する度にその命を刈り取ろうとしてくる。
もう、ナッシュになす術がない。
(こんなもんだったか。オレは…)
数々の技を繰り出しては、打ち砕かれながらナッシュはそう思った。
(こんな、こんなもの…)
「あんた!すげーな!」
絶望するナッシュの耳に、葵の嬉しそうな声が届く。
顔を見ると、とても嬉しそうに、とてもにこやかに笑っている。
「ここまでいろんな技があって、俺の攻撃もほぼ全部避けてる!あんたすげーよ!」
ナッシュが葵に見舞った技は10を越える。その全てはナッシュの血と汗と勇気と努力の上に成り立っていたが…。その全てを砕かれている最中だ。
(おまえは…)
ナッシュの心のうちに、ある感情が混み上がる。
(おまえは…、おまえはそんな安全地帯から…。絶対安全のその障壁の内側から、絶対驚異の斬撃を振ってるだけのおまえが!!!)
「オレの全て…」
ナッシュの積み上げてきた物が崩れ落ちている最中だった。
「あんた、すげー頑張ってその技を会得してきたんだな!尊敬するぜ!その技全部俺に見せ……」
何かが。
何かがキレる音がした。
ナッシュは葵が言い終わる前に走り出す。自分の内側に込み上げてきた感情の正体に気がつく。
槍を大きく振り、あえて隙を晒す。葵の斬撃がナッシュの槍を中腹から切り落とす。
(これは…この内側に込み上げてきたものはッ!)
紛う方なき殺意だった。
「ッらぁぁぁアア!」
ナッシュは半分ほどの長さになった、長槍もとい、短槍を左手に持ち、全身全霊を持って、葵に突き立てる。
もちろん届かない。
届かないが…
「!?」
葵には届いているものがあった。ナッシュの包み隠さない純粋無垢な殺意だ。
葵がナッシュの殺気を感じ取ったのはほんの一瞬だろう。だが、その一瞬でも葵の表情が変容する。驚きと恐れ。
刹那。ナッシュと葵の直下から爆煙が上がる。
葵が、ナッシュとの距離を取るために、長剣を床に叩きつけたのだ。葵は後方に跳躍する。
ナッシュは長剣の砕いた直下の岩石や爆煙を受けて葵とは反対方向に吹き飛ばされる。
(あぁ…。もういいか…。この辺で気絶しておこう…。)
ナッシュは地面と衝突すると同時に意識を意図的に切断する。
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