第7話 王都にて

 ―イービラス ライズ・ウォーランド王国 王都ウォーランド―


 暗殺者の襲撃後、勇者である葵は王都に案内され、そのままライズ・ウォーランド国王のラシムス王に謁見していた。


 そこで今回の襲撃が異族による魔術的な干渉によって引き起こされたものであることを説明される。


 王都の城内、最奥の大扉の部屋。玉座の間の赤い長絨毯の中央に勇者である葵が立っている。


 王座には、ラシムス王。その隣の座に王妃であるハイリン妃が座っている。長絨毯の横には玉座に近いほうからラシムス王の血筋の王族、その横に位の高い貴族たち、王都の魔術師たち、王都守護隊の騎士たちが並んでいる。王都の魔術師の最高責任者であるレイルも陳列している。


 その列の中で、勇者を見つめる騎士の一人がいる。王都守護隊の副隊長を務めるナッシュである。白い甲冑を身に纏い、背筋をピンと伸ばして直立不動。身長は高く170センチ後半。体格は細身だが、甲冑を身に纏っていても、着られている感を感じさせない力強さがある。


 ナッシュは目の前で行われる謁見に耳を傾ける。


 「…であるため、勇者よ。我が国を救い、平和を勝ち取るために力を貸してもらいたい。」


 ライズ・ウォーランド王国の事情と世界の情勢、いずれ訪れる異族の王の復活についての説明を終えた後に、ラシムス王が勇者にそう問いかけた。


 「もちろんです。そう、女神ヘーネスと約束してますから!」


 女神ヘーネス。勇者を迎えに行くために、王都の魔術師全員が長い時間をかけて、女神に交渉し、狭間の世界に送り込んだ人ならざる存在。その名を耳にした王都の魔術師たちから、「おお。」という声が上がる。


 「女神ヘーネスと!そうであったか、いや、実に喜ばしいことだ。女神から祝福を受けた勇者が我が国を救ってくれるとは…。勇者よ、名を聞いていなかったな。」


 「葵です。」


 「ふむ。勇者アオイよ。我が王国は勇者の異族の王討伐に向けて最大限の援助を申し出るぞ。こちらとして、何名かの精鋭を付き人として派遣しよう。勇者の仲間として役に立ててほしい。」


 ラシムス王が手をかざすと、玉座の間の大扉が開く。扉の向こう側から何名かのヒトが現れる。ナッシュにも見覚えがある、この王国屈指の実力者たちがそこに立っていた。今度は並んでいた騎士たちから「おおお」という声が上がる。


 「この者たちは、王国内でも有力な者たちだ。勇者と共に世界を救うという大役を担う覚悟は全員出来ている。どの者でもいい、勇者のパーティに加えてほしい。」


 「はい。ありがとうございます。」


 葵はラシムス王に頭を下げる。その行動にナッシュをはじめとするその場にいた全員が葵の行動の意味を理解しかねていた。この国での王に対する礼は片膝をついて首を垂れることだったからだ。


 (異世界ではあれが、礼、なのだろうか。)


 ナッシュがそう思っていた時に、王族の列に並んでいた一人が前に出て声を上げた。


 「勇者アオイ殿!どうか、この私を勇者のパーティに入れてはくれないだろうか!?」


 大扉の実力者たちを見ていた者たちが、全員振り返る。その視線には、赤い長髪をなびかせる、美しい少女が映る。


 「んな!」


 ナッシュは思わず、声を上げる。そのはずだ、王族の列から現れたのは、この国の第三後継者であるラシムス王の三番目の娘アリヤだった。ナッシュの任務はこの国の第三後継者であるアリヤの護衛だった。


 アリヤは15歳という若さではあったが気が強く、周りの王族や位の高い貴族からの嫌味や嫌がらせなどにも屈しない。逆にやり返しに子供じみたいたずらを仕掛けて、その後始末をナッシュに押し付けてくる。


 以前に「威厳が大事」ということで、今の話し方になったが、少し堅苦しいというか変な話し方を覚えてしまった。


 アリヤがこうすると決めたことは曲げず、毎日付き人のナッシュの困りの種を撒いて歩いている。


 そんな彼女が命がけの異族の王討伐のパーティ参加を名乗り出たのだ。


 「貴女は?」


 葵がアリヤに問いかける。


 「アリヤという。アオイ殿の役に立てるように、鍛錬を積んできたつもりだ。そこにいる者たちと相違ない力があるとを自負している。」


 と、アリヤは大扉の前にいる者たちを一瞥する。


 「あ、そうなんですね。それじゃあ、お願いしようか…」 


 ナッシュは葵が言い終える前に一歩前に出て、声を上げる。


 「お、お待ちください!アリヤ様!勇者のパーティに!?あまりに危険すぎます!」


 葵はナッシュの乱入に驚き顔をナッシュに向ける。アリヤは「邪魔するな」と言わんばかりの鋭い視線だ。


 正直、ナッシュはアリヤが勇者のパーティに参加することは予期していた。「なんとなくそんな気がする」というような曖昧な感覚ではない。必ず名乗り出る。それは分かっていた。


 アリヤは第三後継者。つまり、第一、第二後継者が存在する。三女のアリヤにとっては姉にあたる人物だ。第一後継者の長女ウーリヤは病弱で床に伏していることが多いが、頭がよく人格者だ。第二後継者の次女カガヤは人望はあるが、政策に疎くその地位を貴族たちの利益にたびたび利用される。


 有能だが病弱な長女ウーリヤは国の最高権力を受け継いでも長くはもたない。扱いやすく政策に疎い次女カガヤが治めることになると、貴族たちの発言力が強くなり国が傾く可能性が懸念されている。


 アリヤはそんな状況を鑑みて、勇者のパーティに参加することを決めたのだろう。勇者とともに異族の王を討伐したとなれば、民が、アリヤが王座に就くことを望むだろう。アリヤは異族の王討伐後のことまで考えたうえでの行動だということはナッシュに理解できた。単なるおてんばの行動ではない。


 だが、ナッシュにも護衛という任務があるため、王族であるアリヤの身に危険が及ぶ可能性ががる事柄は排除しなければならなかった。また、アリヤがパーティに参加することをよく思わない貴族たちからの妨害が入る前に声を上げることで、難癖をつけてパーティに参加することで貴族たちに有利になってしまうような事態を避けることにもなる。


 「ナッシュ!邪魔立てするでない。私は決めたのだ。」


 「アリヤ様。今一度お考え直しください!わたしは反対です。あの、ロンドの森での出来事をお忘れですか。」


 ここで、ナッシュは『ロンドの森の出来事』と語り掛ける。これは、アリヤとナッシュの間では秘密の合言葉のようなものであった。


 以前、アリヤは自分で異族の者に誘拐された民の救出に出陣したことがあった。結果、異族の者の仕業ではなく、暴力的な婚約者から逃げるために虚偽の出来事をでっち上げた女性の、形だけの誘拐劇だった。


 その時から、ナッシュがアリヤに対して、このロンドの森の出来事を口にしたときには、『形だけの行動』という意味合いを持っていた。


 アリヤは、ナッシュの行動の意味を表情を変えずに理解して、口を開く。


 「それでもだ。民を救えるこの機会、私が担わずして何が王族か。」


 (さすがです)


 これで、王族であるアリヤが民のために立ち上がったというシナリオが完成した。この発言の後に難癖をつけようものなら、「民の命を救う王族」を邪魔することになる。たとえ、危険であろうと身を挺して戦いに挑む王族を妨害することはこの国では重罪だ。


 「…っ!わ、分かりま…」


 「では、こういうのはどうだろう」


 ナッシュが渋々納得するというこのシナリオ最後の場面で、ナッシュの隣に立っていた人物。王都守護隊の隊長ガイアが割って入った。


 


 


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