第5話 転生にて

 イービラス


 人間の姿に似たヒト族と、ヒトならざる異形のすがたをした異族が存在する世界。


 神々は、イービラスに住む民たちとの強い繋がりを維持していた。神は民に奇跡を与え、民は神に信仰を捧げてきた。


 神々は、まだイービラスに生命の居ない原初の時代に、奇跡により今の民の先祖にあたる原初の民を作り出した。その出来事が、歴史の始まりとされている。


 以来、ヒトの姿をした様々な種が現れ、同時にヒトとは異なる種も繁栄していった。


 神々はまず、民に神の存在を認知させるために、加護を与えた。それが、原初の神加護。魔術である。


 原初の時代は、誰しもが魔術を使い、様々な繁栄をもたらしていたが、近代になり、魔術を扱える民は減少している。


 これは歴史上争いの絶えない民を嘆き、悲しんだ神々が少しでも争いの無い世界にと、魔術を扱う力を弱めたという伝承がある。


 古来より魔術で、木を切り倒し、火を焚き、水を汲み、雨を降らし、土地を開拓していった民にとって、魔術は切っても切り離せないものになっていた。


 しかし、近代では魔術に頼らない生活が出来るように、様々な器具が開発されている。


 数が減った魔術を扱える者、魔術師はそれぞれ特殊な能力神加護を持ち、神加護を元に魔術を扱っている。





 これが、葵が女神へーネスから聞いた、イービラスという世界だ。現世とはかけ離れたとんでも設定だが、どこの世界にも争いはあるのだなと葵は少し呆れていた。


 女神から生を受けたあの時から、約一年が経つが、体感時間としても全く長いと感じなかった。いや、苦痛を感じることがなかったと言う方が正しい。


 今では、その理由が理解できる。


 葵のなかにある、撰白の書だ。この本に記した、「体感削りたいかんけずり」の力だろう。へーネスからの助言で、体感する時間経過の苦痛をなくす事が出来るような一文を書き加えた。


 書き加えたと言っても、実際に筆をもって綴ったわけではない。意識下で撰白の書せんぱくのしょを開き、想いを綴る。これだけで、綴った能力が葵に付与されるのだ。


 (正直とんでもないチートアイテムだよなぁ…。こんなすごい本があるなら、異族の王?とやらも案外簡単に倒せるんじゃ?)


 心のなかで、そう呟いたが、すぐに考えを改めた。


 異族の王。このヒトならざる者も神加護を受け、ヒトに争いを挑み、様々な魔術師たちが協力し多大なる被害を出しながらようやく封印することが出来たのだ。犠牲になった魔術師の数は、当時のヒト族の魔術師の1/3。


 逆にいうと、そこまでの被害を出して封印しかできなかったのである。


 異族の王が、どんな神加護を持っているのかも分からないで、安易に勝てるかも…なんてことを考えるのは愚考だ。


 とにかく、この一年で葵は様々な能力を、純白の本に綴り、その使い方をマスターしてきた。


 「何事にも、準備は大事ってことか…」


 小さくそう呟いた。


 相変わらず前を進む女神にもこの声は聞こえていただろう。首を横に向けて、目線を葵の方に向ける。


 ((そうですね。葵さんの敵になる者に対して、安易な考えはもしかしたら危険かもしれません。その書物をお持ちなら、そうそう負けることは無いと思いますが…。気を緩めないということは大切だと思います。))


 この長い移動の間で、様々なことを教わり、多様な話をしてきたが、この女神様が間違ったことを言ったという記憶がない。


 この神様はどこまでも正しいのだ。戦いと正義の神様とはそういうものなのかもしれない。


 さて、と女神は続けて言い、


 ((お疲れ様でした。もうじきイービラスに到着します。ここからは私は着いて行くことはできません…。……最後に葵さんの撰白の書に一文だけ、加えさせてくさい。))


 すると、女神が葵に手をかざし光を放った。


 とても暖かく、優しい光。ゆっくりと撰白の書に文字が綴られていくのが分かる。。


「なんて書いたんです?」


((ふふ…。私から葵さんに向けての言の葉です。選別、激励…、何と受け取ってもいいですが、今ではなく後で読んでくださいね…。))


 最後に小さく、恥ずかしいので…。とギリギリ聞き取れる声て、呟いた。葵の心臓の鼓動が少し強くなる。


 「女神様。ありがとう。俺、がんばって世界を救ってみせるよ。」


 葵は覚悟を決めた目て、顔を少し赤く染めた、女神を見つめてそう言った。


 目をぱちくりとさせた、女神は口元を緩め、ふふと笑い…


((はい。転生者様。どうか貴方の旅路に一筋の光りとなりて、その道を照らしましょう。))


そして、続けて紡ぐ。


 ((さぁ、いってらっしゃい。私の救世主。これからの旅、どうかご無事で!))


 そう女神が言った刹那。葵を光が包み込む。


 光が消えた後には、葵の姿はもう狭間の世界にはなく、女神だけが残った。


 女神へーネスは、それまで葵がいた空間を見つめて、最後にもう一度だけ、ふふ…と笑みをこぼし、口を開き独り言を呟く。


 ((ふふ…。私の救世主…。どうか…、どうか……。))


 

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