第4話 神加護にて
(みかご?)
葵は聞きなれない言葉を繰り返した。
((はい。あなたが異族と戦うための力を授けます。))
そう言って女神へーネスは、光る杖を葵に向けた。すると、葵と女神の間に光が舞い降りてきた。
一瞬。強い光を放ち、葵の目前に一冊の本が現れる。表紙は白く、何の汚れもないような純白さを感じさせる美しい本だった。
(本?)
正直、予想外だった。アニメやゲームだと、こういう場合、とんでもない聖剣だったり、炎や水を操る事が出来る能力だと思っていたからだ。
((この本は、私からの贈り物です。名は撰白の
へーネスがいい終える。すると、目の前の本は葵に向かってゆっくり近づいてきた。何事かと思うが、この程度の事ではいちいち驚かなくなっている。
純白の本は葵に近づくと、また光を放ち葵の中へと消えていった。
いや、身体そこないが、葵はその本が自分の「中」へと入っていったことが理解できた。
((その書物は、今葵さんの意識の中へと入り込み、同化しました。これで、撰白の書は葵さんを所有者として認めたことになります。))
不思議とその言葉に納得できた。目の前からは消えたが、確かにさっきの本の存在を感じる事が出来る。
すると、今度は意識の内側から何かが迫ってきているような感覚が込み上げてきた。
(!?)
驚くやいなや、葵の周囲に青白い光が集まっていき、少しずつ大きくなっていく。始めは円形から、次第に縦長になっていき、瞬く間に人の形へと変化していった。
((今、撰白の書の力によって、葵さんの身体の欠片を集めて再構築しています。すぐに元の姿に戻ると思います。))
女神が言葉をい終わる頃には、葵は意識だけの危うい存在ではなく、しっかりと人間の姿を取り戻していた。
「す、すげぇ…」
((あぁ、やっと声が聞けました。私は意識に語りかけることには慣れていますが、やはり葵さんには慣れないでしょうから…。ですが、その本の力を使えば相手の脳内に直接語りかける。なんて力も記して、出来るようになりますよ。))
それってとんでもない力じゃないか?葵はそう思った。葵がよく遊んでいたオンラインゲーム「アンダーウインド」でも、そんなアイテムはなかったし、そんなものがあれば、チート扱いされる代物だ。
((さて、その書物の使い方は私たちの世界、イービラスに向かう道中で説明します。話が長くなってしまったので、残された時間は無駄にしたくありませんし、イービラスの魔術師達にも限界があるでしょう。))
「移動するのに、時間がかかるんですか?」
((そうですね。ここから少し時間が必要でしょう。この杖が記している方向に私たちの世界、イービラスにつながる道があります……。あぁ、少し繋がりが弱くなっていますね……。))
見ると、女神が持っている杖から、白い光が一筋、なにも見えない黒い空間を指し示していた。
光は、時折点滅し、弱々しさも見てとれる。
((この狭間の世界は葵さんの世界、私たちの世界の他にも、無数の世界と繋がっています。この光の道標が私たちを導いてくれます。さぁ、向かいましょう。))
すると、女神はクルリと光が指すほうを向き、足を動かさずに移動し始めた。ちょうど、浮いているような動きだ。
葵もへーネスの後に続いて歩き始める。うん。しっかりと足の裏に地面の感触がある。
「時間ってどれくらいなんですか?」
ふと気になって、聞いてみた。特に意味はないが、心の準備なんてものもある。
((そうですね……。私たちからするとほんの一瞬のような時間ですが。葵さんが居た世界の時間から説明すると…、だいたい一年くらいでしょうか…。))
「は?」
一年…。一年!?365日?8760時間!?そんなに長いのか!?
((あぁ…そうですね。イービラス側の時間ではほんの数時間程度ですが、こちら側とあちら側では時間の流れが違います。体感する時間として、そのくらいかと…。大丈夫ですよ、その間に、撰白の書の使い方をお教えしますから。))
一年間ただただ移動し続けるなんて事、頭がおかしくなりそうだと葵は思ったが、この自分の内側に確かに感じる不思議な本の力を自由に扱えるようになるには必要な時間なのだと、言い聞かせる。
葵は心を決めて、女神へーネスの背中を追う。
その目には、一抹の不安や焦りは無い。むしろ、これから起こり得る異世界ライフへの期待と好奇心といった希望のようなものが垣間見えていた。
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