第3話 狭間にて

 暗闇だった。


 目を開けようにも、体が動かない。そもそも身体があるのかどうかも葵にはわからなかった。


 唯一確かなことは、自分は「大坂葵」であること。


 どれくらい長く意識を失っていたのかわからない。少しずつ意識がはっきりしてきた。


(なんで俺がここにいるのか。)


 それが一番最初に思いうかんだことだ。


 意識を失う前の記憶を引っ張り出す。


(事故…)


 そうだ。事故だ。自転車で走りだして、坂道を下ってたら横から車がぶつかってきたんだ。飛び出したのは自分かもしれないけど…


 葵は理解した。


 ここが死後の世界なのだと。


(死んだあとって意識あるんだな)


 記憶を掘り返し、自分の死を理解した葵は不思議と後悔念は少なった。


 むしろ、死んたことで思い悩んでいた将来のことから解放されたのだ。


(まあ、後悔がないわけじゃないけど)


 生前の後悔と言われて思い当たるのは、ひそかに想いを寄せていた幼馴染の杠のことだ。


 中学の頃に家の料理を食べに来ていたから親友の大野よりも昔からの仲だった。


 初めて会ったのは、小学校2年生のころ。クラスが同じだったが、話したことがなかったが、ある時委員会で一緒になった時にすぐに仲良くなった。


 お互いゲーム好きということが大きな要因だったが、杠は葵の話を面白そうに聞いて、うんうんと頷いてくれる。葵が発する次の言葉・話を楽しみにしているようでキラキラした目をしていた。


 そのころから、何も変わらず高校生になっても杠は葵が話をするときには、目を輝かせてうんうんと聞いてくれていた。


 葵はそんな杠が好きだった。


(結局伝えられなかったけどなぁ)


 友達付き合いもそれなりにうまく行ってきた葵だったが、自分の思いを杠に伝えることには後ろ向きだった。


 大野にも早く言えばいいのにと何度も言われたが、葵にとっては、3人の関係を崩しかねない重大な問題だった。


 中途半端な関係だったが、居心地はよかった。


(そう考えると、少し…いや、かなり後悔だな)


(もう少し、自分に素直になって生きてればよかったかな?)


 意識がはっきりしてきて、徐々に後悔の念が強くなってきた。


(これからどうな…)


((聞こえますか?))


 暗闇の中を漂う葵の脳内に何者かの声が響いた。


 少し反響しているような、エコーのかかった声だ。聞くに、女の人の声に聞こえる。


(だ、だれ?)


 葵は口が動かせないため、心の中でそう問いかけてみた。


((ああ、聞こえているんですね。よかった。しばらく声をかけていましたが、あなたの意識を繋ぎ合わせるのに少々手間取りまして))


 意識を繋ぎ合わせる?人間には不可能だろう。他人の意識をましてや死んだ人間の意識など繋ぎ合わせることはそれこそ神様にしかできない芸当だ。


 どうやら、この声の主は心の声が聞こえているみたいだ。


(あなたは?)


((私はヘーネス。あなたの世界でいうところの神様でしょうか。厳密には少し違いますが…))


 やはり、神様だったか。葵は自分の直感が当たっていたことにほっとした。


 これが悪魔だったりしたら、魂を吸い取られたり消されたりするのではないかと不安に思っていたからだ。


((大丈夫です。あなたの魂・命を取りに来たのではありません))


 心の中で思っていたことはこの声の主には筒抜けのようだ。


((そうです))


(………あの、俺は、どうなったんですか?)


 死を認識しているが、わずかな可能性を信じて葵は問いかける。


((お解りのはずです))


 ヘーネスと名乗る声の主は単調に答えた。葵の死が確定したことを本人に突きつける。


 肩はないが、ガクッと落としたい。


(それで、俺はこの後どうなるんですか)


((それをこれから相談しようと思っていたところです))


 相談?死後の世界は今後を神様と相談できるのか。


 葵は感心しつつ不思議と思った。死は生命の終わりで輪廻転生のように次の人生が待っているものだと考えていたからだ。


((普通ならあなたの魂は、生命の終わりによって消えてなくなるはずでした。しかし、今は私があなたという存在を繋ぎとめています。))


 何のために?と葵は思った。


 そうだ、普通なら消えるはずでも、今自分はこうして神様の力でつなぎ留められている。そうする理由がわからなかった。


((私がこうしている理由は、あなたにお願いがあってのことです。単刀直入に言いましょう。葵さん。私たちの世界を救ってはくださいませんか?))


(………はい?)


 自分に顔があったらおそらく素っ頓狂でハトが豆鉄砲を食らったような顔を浮かべていることだろう。何を言われているのか理解できなかった。


 世界を救ってほしい。この神様?は確かにそういった。


 死んだ人間にそんなことができるはずがない。魂は消えずに神様になって人間を見守れってことかもしれないと葵は思ったが、そもそも神様がそのような引継ぎのようなことをすることも考えにくい。


((順を追って説明しましょう。あなたの魂は今肉体を離れ、この狭間の世界にあります。あなたの世界でいうところの死後の世界ですね。私は、この狭間の世界であなたの意識・魂のかけらを集めて、葵さんを再構築させていただきました。))


 言っていることが壮大すぎて理解が追い付かない。


 死後の世界の道理は分からないが、そういうものなのかと無理やり理解しようとする。


((そして、私はあなたの住む世界とは別の世界からこの場所に来ています。理由は、私たちの世界を救ってくれる方を探していました。そこで、あなたを見つけた。ということです。))


(なんで俺なんですか!?何かに選ばれた…とか?)


 ゲームやアニメの見過ぎなのか、葵の記憶では、そのような異世界転生の物語の主人公たちは何かしたらの理由があって連れてこられる場合が多かった。


 自分も何かのきっかけがあってここに来ているのだとしたら理由が知りたかった。


((特別なことはありません。ただ、若く健康で、より新しい魂を探していたのです。老衰や病気などでこの狭間の世界に来た魂では不足かと思いまして。))


 続けてヘーネスは語る。


((残念ながら、あなたの肉体は死に絶え、もう元の身体、世界に戻すことはできません。しかし、私たちの世界へ赴き、新しい存在として生を受ける。その代わりに私たちの世界を救っていただきたいのです))


 自分が存在するためには、そうするしかない。ということは理解できた。


 このままでは魂も消えてなくなってしまう。葵はここでヘーネスに助けてもらったことは何かの縁か運命じみたものを感じていた。


(そうしないと消えてしまうなら、俺は生きたい!今度こそ、素直に生きてみたい。)


((そう言ってくださると思っていました。では契約と行きましょう。))


(契約?)


((はい。私は神のような存在ですが、あなたを無償で転生させるほどの力はありません。私とあなたの間で何らかの形でつながりが欲しいのです。転生させるときにその繋がりを利用させていただきます。また、私の世界で魔術師たちが転生者を召喚するための儀式を行っています。その儀式が行われている今でないと転生はできません。時間の猶予もあまりありません。あなたの再構成に失敗したらあきらめるつもりでしたので、とてもうれしいです。))


 心なしか声が弾んで聞こえる。喜んでいるように聞こえた。


 単調な口調で葵の死を告げてきた声とは違い人間味があるところが垣間見えた。


(契約って何をすれば)


((簡単です。私と約束してください。必ず世界を救うと。ただし、失敗したときにはあなたの魂はまたこの場所に逆戻りとなり、今度こそ消滅することになります。私たちの世界では、死んだ魂は別の魂となって生まれ変わることができますが、あなたの場合はその権限はなくなります。))


 もともとなくなるはずの魂だったんだ。もう一度生きられるなら安い条件だ。世界。救って見せようじゃないか。


((では、契約成立ですね。))


 すると、暗闇だった葵の意識の中に一つの光の玉が現れた。


 光は葵に近づいてきて、目の前で長細くなったと思ったら、徐々に人間のような形を帯びてきた。

 

 光が弱くなり、なくなるころには光の中から一人の女の人が現れた。


(ヘーネス…さん?)


 その光から現れた人物?を見て葵はそう確信した。長い緑の髪に片手には杖を持っている。杖の先には円状になった装飾が施されており、中心からは小さな光が絶えずどこか一点を指していた。


((はい。姿を見せたほうが、わかりやすいと思いまして。))


 と笑って見せた。その笑顔を見た葵は一瞬心の中の言葉を失った。それほど魅力的な笑顔だった。


((私たちの世界について簡単に説明しますね。私たちの世界。イービラスは大きく分けてヒト族と異族が暮らしています。私はヒト族側の神、戦いと正義をつかさどっています。今回、葵さんはヒト族に召喚されようとしています。イービラスでは長年ヒト族と異族との間で紛争が起こっています。大きな争いは400年程前にさかのぼります。))


 ヘーネスの説明によると、ヒト族と異族はそれぞれ別々に暮らしていたが、領土、食料、異種差別などの問題により、少しづつ二種の間に亀裂が入り、400年前に大きな争いとなってしまった。


 ヒト族は多くの命を賭して異族の王を眠りにつかせることができた。


 長い年月眠りを保ってきたが、異族の王が目覚める日が近いことをヒト族の魔術師たちが感じ取って、神と契約して異世界からの救世主を求めた。


 古来より、イービラスでは、転生者を召喚して窮地を脱する。という言い伝えがあるようだ。


((世界を救ってくださったあかつきには、元の世界にお返しすることも可能かと…。))


(え!?生き返れるんですか?) 


 元の世界に戻る。願ってもないことだが、少し複雑だ。


((あなたが望めば…ですが。そのくらいの見返りはあってもよいかと…。ゆっくり考えてください。))


 そうか、転生してから考える猶予くらいはある。ゆっくり考えて、元の世界に戻るかを決めてもいいのか。


((ざっと、説明させてもらいましたが、ここから先はあなたに授ける神加護みかごについて話させてください。))


(みかご?)


((はい。異族の王と戦う術をお教えします。))



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