第15話 降臨

 学校が終わり家に帰る。


「ただいま!」玄関を開けて、靴を脱ぎ下駄箱に入れる。

「お帰りなさい。あっ、そうだ!あんたお母さんの事を騙したでしょ!」なぜかちょっと怒っているようであった。

「騙したって、なにを?」思い当たる事が無いので俺は適当に言葉を返した。

「昨日、神崎さん所のお嬢さんと一緒に食事をしたって言ったわよね」

「ああ」何を怒っているのか解らない。

「今日、神崎さんの家にご挨拶に行ったのよ、そしたら……」



 翌朝、俺は息が枯れるほど走り、教室に向かう。

「はあ……はあ……」教室のドアを勢いよく開けて教室の中を見回した。

 綾の席に、彼女の姿は見当たらない。

「はあ……はあ……」呼吸の乱れが整わない。教室の隅に、早めに登校してきていた男子が目に入る。確か、名前は曽根だったと思う。

 俺は、制服のネクタイを緩めながら、そいつに近づく。

「おい、教えてくれよ」

「な、なに、どうしたの?」曽根は、恐怖で顔がこわばっている。

「綾、綾は……、神崎は、どこにいるんだ!」俺は、曽根の制服の襟を掴んだ。

「えっ……、神崎……さん。どこって……」

「言えよ!綾は何処にいるんだ!」俺は脅すように曽根を責め立てた。曽根は、両目に涙を貯めている。

「三国君、何をしているんだ!?」登校してきた服部が、曽根と俺の間に割って入った。

 曽根は、逃げるように教室を逃げていった。

「服部……、綾は……、神崎は何処にいるんだ!何処に行ったんだ!」俺は大きな声で叫ぶ。その騒動を聞いて、生徒達が集まってきた。

「服部!教えてくれよ!服部!」

「何を言っているんだい!神崎君は、君が転校してくる数ヶ月前に死んだんだ!教室の窓から飛び降りて!」服部は校庭が一望出来る窓を指差した。

 俺は服部の指差した場所を見つめながら、ふらついた足で歩いていく。窓から下を見る。

「彼女は、放課後ここから飛び降りた。ちょうど桜が満開の時に……」

「そんな、そんな……、綾は一昨日まで……」

「よく見てごらん、君の隣の席を」今度は俺の席の横、綾が座っていた机を指差した。「ずっと、花が飾ってあるじゃないか……」少し、悲しそうな顔で服部は呟く。

「花……だって?」俺は目を凝らして綾の席を見つめる。

「いつも、あの花に向かって、君は楽しそうに話かけていたよね」それは、悲しみでは無くて、憐れむような目であることに気が付いた。


 机の上に花瓶。

 そこには綺麗な花が飾られている。

 俺は初めてその花を認識した。


「どうして、どうして……」俺の頭はパニックでおかしくなりそうになっていた。

「神崎さんの自殺の原因は、解らない。でも、飛び降りる数日前に頻繁に、生徒会室に出入りしていた……」その言葉を聞いて、先日、服部が語った生徒会長の話が頭を過った。


『自分の気に入った女の子を、生徒会室に連れ込んで……』


 俺の怒りが頂点に達した。

 教室を飛び出して、生徒会室へ走る。

「おい!廊下を走るな!」教師が大きな声で注意する。

 しかし、そんな声は俺の耳には届かない。

 階段をかけあがり、ドアを開ける事も煩わしくなり蹴破る。

「な、なんだ君は!三国く……」上段回し蹴りでキノコ頭の頭部を思いっきり蹴る。キノコ頭はその場に崩れ落ちて口から泡を吹いている。

「ひっ、ひー」花園がパニックになっている。俺は両手をあげてファイティングポーズを取る。

「来いよ!」威嚇する。

「う、うわー!」花園は、半分ヤケクソのように殴りかかってきた。一発、二発、三発目の突きで手首を掴んで引き込む。と同時に花園の福袋に膝蹴り、痛みで前のめりになった顔に肘打ちを食らわせた。

 花園はその場に昏倒した。


「何事なんだ!」奥の部屋から生徒会長の蛍池が現れた。

「……」無言で蛍池を睨み付ける。

「君は、確か三国君だったね。これは、どういう事かな?」倒れている二人を見ても、冷静な口調であった。

「どうしたの淳くん、一体何があったの!?」逆瀬川が俺が作った惨状を見て両手で口を覆った。

 俺は彼女のその言葉を無視した。

「お前が、お前が、神崎を……、いや綾を!」俺は怒りに任せて、蛍池の前に歩いていく。

 それでも、蛍池はひるまない。

「神崎君……、僕が何を?」蛍池の眉が、僅かに上がる。

「何も言うな!」俺は蛍池を殴る為に、腕を振り上げる。


 その瞬間、後ろから俺の体を誰かが抱きしめる。


「なっ、なにを!?」その顔を見ると、それは逆瀬川だった。

「離せ!離せよ!デブゴン!」俺は彼女を振り払おうとする。こんな蛍池みたいな男を庇う逆瀬川にも怒りが湧いてきた。


「違う、違うんだよ!あっちゃん!」逆瀬川が叫ぶ。

「離せ!逆瀬川!……あっちゃんって……」その呼び方に俺は動きを止める。

「あっちゃん……」逆瀬川の目には涙が溢れている。


「綾、綾なのか?」半信半疑で俺は聞いた。

「うん、俺だよ!デブゴンの体を借りたんだ」その瞬間、俺の目の前の逆瀬川文は、神崎綾へ姿を変えた。

「綾!」俺は力いっぱい彼女を抱きしめた。

「あっちゃん!」綾もその思いに答えるように抱きしめ返してきた。

「綾!こいつが、こいつが、綾の事を!」俺の怒りの矛先を再び、蛍池に向けた。

「あっちゃん、ありがとう。でも、会長は違うんだよ、悪くないんだよ。彼は学校の膿を出そうとしていたんだ。」

「うんうん」

「俺はね、あっちゃんにまた会うことが出来て幸せだったよ」そう言うと綾は、ぎゅっと俺の体を抱きしめ返した。


「うんうん」


「お…、いや、私、あっちゃん大好きだよ」


「俺も、綾が好きだ!大好きだ!」力いっぱい抱きしめた。


「あっちゃん......、ありがとう」急に俺の体を抱き締めていた、綾の両手の力が抜ける。

そのまま、時が止まれば良いのにと思った。


 離したくない、二度と綾と別れたくない。

 

「あ、え、あ……」急に綾が、恥ずかしそうに顔を赤らめる。

 どうやら神崎綾の意識が消えて、逆瀬川文に戻ったようだった。

 俺は、頭では理解していても、逆瀬川の体を離す事が出来ずに、大泣きしながら抱きしめたままであった。


 逆瀬川はうっとりとした顔で意識を失いそうになっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る