第11話 ただいま

「まさか、お前......、あやちゃんなのか?」俺は唖然としながら神崎の姿を改めて見る。


 少し短めのスカート、両方の袖を軽く捲くり、長めの髪を前髪が落ちてこないようにピンで止めている。

 唇には薄いリップクリームを縫っているようではあるが、化粧はあまりしていないようだ。そこは若さでカバーしているようである。


「なんだ、俺の事、気づいていなかったのか......、それはショックだな」神崎は、口を尖らせてねたように上を見上げた。

「いや、気がつかないというか......、あまりにも雰囲気が変わりすぎているから……」この期におよんでも俺は状況を全く把握出来ないままでいる。

「そうかな、俺そんなに変わった?」また、例の男っぽい喋り方で言葉を返してくる。自覚はないようであるが、俺のイメージの中のあやとは、正直真逆の雰囲気になっている。

 変わったという質問自体が愚問である。

「それだよ。それに、どうして自分の事を『俺』って言うんだ。俺の知ってるあやちゃんは……」俺のイメージの中のあやは、清楚な少女のままであった。それが頭の中で雪崩のように崩れていく。

「あっちゃんが、引っ越して行った後も、俺への虐めは続いたんだ。毎日、毎日泣いていたんだ。でもさ、やっぱり強くならないといけないと思ってさぁ。俺も大変だったんだぜ」神崎は頭の後ろに腕を組む。その目は遠くを見つめているようであった。

「そうか……」俺が居なくなった後に、彼女が辛い思いをしたのであれば、それは可哀想な事をしてしまったと下を向いた。しかし、それは当時の俺にはどうすることも出来なかったのではあるのだが。


「あっちゃんのせいじゃないよ、それももう必要ないのだけれどね......」綾は、桜の木に背中をもたれかけ、少し寂しそうな表情を浮かべながらつぶやく。さすがに、この歳になって彼女への虐めも無くなったということなのか。

 それでも、今まで彼女が受けてきた虐めを想像すると、怒りが少し込み上げてくる。

「俺は、ずっと神崎……いや、綾ちゃんの事をずっと、気になってたんだ」本当の気持ちだった。

「その割には、俺を見ても気がつかなかったけどね」彼女は爪先で地面を蹴る。それは、少し悪戯いたずらっぽく笑いながら言った。

「それを言うなよ……、ごめん」申し訳なさそうに俺は頭を垂れながら両手をおがむように合わせた。


「いいよ」神崎は微笑みながら桜の木に額を合わせた。その時彼女の髪が木々の木漏れ日でオレンジ色に輝いていた。


「おかえり、あっちゃん」


「ただいま、あやちゃん」

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