第10話 AYA

 にゃー、にゃー


 どこからか唐突に子猫の鳴き声が聞こえる。

 河原の草むらの中にダンボール箱があり、そのあたりからその鳴き声は聞こえているようだった。よく見ると、ダンボール箱のすぐそばで大きな犬が、箱の中を覗き込みながら唸りをあげている。

 俺は立ち上がり、ゆっくりとそのダンボールと犬に近づいていく。犬は若干俺の事を警戒している様子であった。

 その犬越しにダンボール箱の中を覗き込むと、その中には黒い子猫が一匹おり弱々しく震えている。


 そうこうしているうちに、犬のターゲットが俺に移行したようで、こちらを見ながら呻き声をあげている。

 ダンボール箱の中に、手を入れて子猫を拾い上げようとすると、さらに激しく威嚇いかくしてきた。


「ウー!」俺は犬になったかのように威嚇しかえす。

「ウー!」犬も負けずに唸る。

 まさか犬に格闘術を用いるのも如何なものかと思いながら、低レベルな戦いが繰り広げられる。

「ウー!ワンワンワン!」精一杯の声で俺は吠える。

「キャン!キャン!」犬は逃げていった。

 闘いに勝利した俺は子猫を拾い上げる。まるで勝利のトロフィーのようであった。

「にゃー」腹が減っているのか、子猫は弱々しい声で鳴きながら俺の指を吸うような仕草をする。


「あははは、そういうところ、全く変わらないねぇ」後ろから声がするので振り替えると、そこには耳にイヤホンを付けた神崎が立っていた。

 少し川上から風が吹いているのか、神崎の長い髪の毛が風にたおやかに揺れている。

 神崎は両耳のイヤホンをゆっくりと外し、ポケットの中にしまい込んだ。

「そういうところって?」俺は神崎の発した言葉の意味を理解出来ずにその顔を見つめる。

 俺の腕の中で子猫は相変わらず指を吸っている。

「お腹がすいているのかな?」神崎は、覗き込むように猫の様子を確認した。

「捨て猫みたいだな、きっと飯を食ってないんだよ」言いながら子猫の頭を撫でた。

 神崎は珍しく口角をあげてほほ笑んでいる。どうやら動物が好きなようだ。

「そういえば、俺が帽子を取られた時も、喧嘩が弱いくせに必死になってさ」神崎は、伸びをしながら、なんだか懐かしそうに桜の木を見つめている。


「でも、あの時も今も、あっちゃんはカッコ良かったぞ」神崎が、そう言った瞬間に心地よい春の風が吹いた。顔にかかる髪の毛を抑えるように自分のこめかみの辺りを右掌みぎてのひらで抑えた。

「えっ、あっちゃん......だって?」久しぶりにその呼ばれ方をしたような気がする。


 もう一度、強い風が吹いた。

 そして、神崎のスカートがゆっくりと揺れた。

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