第9話 デブゴン
俺は放課後また、あの河川敷の桜の木の場所にいる。
ちょうど生徒会の活動が終わり、生徒会の委員達が帰ってくる時間だ。
俺はあやが現れるのを、一人で待っていた。ちょっとしたストーカーになりつつある事を自覚していた。
数人の学生達の群れが見える。
先頭には生徒会長の蛍池。その横には小判鮫のようにキノコ頭。その後ろには、先日お世話になった花屋敷先輩。そして、生徒会副会長 あやの姿があった。
俺はゆっくりと立ち上がり、その集団の前に移動する。
キノコ頭は少し身構えて、花屋敷達に視線を送る。しかし花屋敷達は萎縮したように地面に視線を落としている。その姿が
「また、君か......、僕達に、何か用かい?」蛍池が涼しい顔で利いてくる。
「いや、あや……、その......、逆瀬川さんに話があるんだ」俺は、あやの顔を見つめる。
綾は急のご指名に少し顔を赤らめている。
「三国君、失礼だそ!逆瀬川副生徒会長に……」そこまで言うと、蛍池が静止した。
「それは個人的な話かい。それとも……」蛍池は少し睨み付けるように俺の目を見た。案外、肝の座っている奴なのかと感心する。
「個人的な話だ」俺はあやの顔をじっと見つめたまま返答する。
「逆瀬川君、どうする」蛍池は綾の目を見ながら落ち着いた声で聞いた。
「解りましたわ、こういう事は慣れっこですから」そう言いながら、あやは俺の元に歩いてきた。
「いいんですか?」キノコ頭が蛍池に聞く。
「個人の自由さ」そう言い残すと来た時と、同じように河川敷を歩いていった。
俺は綾と二人、桜の木の下に場所を移した。
「三国さん......、いえ、淳さんって、お強いんですってね。私強い殿方は大好きなのですよ」頬を赤らめながら綾は突然話を始めた。
先日の件を、キノコ頭達に聞いたのか。満更、悪い気もしない。しかし、先日までと全く態度が急変していることにも驚いた。
「ありがとう」素直にお礼を言う。
「隠してはいましたが、私、本当は淳さんに久しぶりにお会いできてうれしかったのです」乙女らしく体をくねらしながら彼女は、顔を真っ赤にしていた。
「えっ、でも......朝は」今朝の対応と180度違う対応におれは驚いている。
「だって、簡単に喜んでは値打ちがないでしょう」よく意味の分からない理由だが、ひとまず納得することにする。
「あの.......話したい事がたくさんあるんだけれど......、いいかな?」
「私、こう見えても殿方に告白される事には慣れているの、どうぞ仰って」また黒髪をかきあげる、どうやら彼女の癖らしい。
「あのさぁ、ここでよく遊んだ事を覚えている?」桜の木を見上げながら俺は聞いた。
「もちろん……、覚えていますわ」なんだか綾の肩が小刻みに震えている。少し顔色が変わったような気がした。
「あの時......、あっ、そうそう酷い奴がいたよな。たしかデブゴンだったかな。覚えている?」俺達の昔の思い出を遡るには、このキャラクターは外せない。その名前を口に出すとなぜか笑いが込み上げてきた。
「そうですか。やはりまだ……、淳君は、それを根に持っていたのですね。」相変わらず、彼女の肩はワナワナと震えている。
「どうしたの?」俺は、綾の顔を見る。なぜか真っ赤に染まっている。
「あれから、私は一生懸命、血が出るような努力をして痩せたんですよ。確かに、あの頃は貴方が他の女の子と仲良く遊ぶ姿が腹立たしくて、たくさん意地悪しましたが……こんな、仕打ちはあんまりです。私は、淳君が好きだったのに」綾の両目に涙が溢れそうになっている。
「えっ……?」俺は何がなんだか解らなくなっている。
「そんな、十年以上も前の事を、いつまでも貴方達を虐めていたことを根に持つなんて男らしくないですわ!」彼女がここまで話したと同時に、俺の頭の中にあの頃の思い出が甦る。
「やめろよ!綾ちゃんの帽子を返せ!」幼稚園児の俺は、あやの白い帽子を取り替えそうと必死だった。
「だめだよ。この帽子気に入ったから、わだしの物にする」園児の中でも、際立って大きい体のデブゴンは、あやの帽子を奪い自分の頭に被ろうとする。頭のサイズが合わないのか、今にも小さい帽子は破れそうであった。
「やめろ!やめろよ!その帽子はあやちゃんの帽子だ!名前が書いてあるだろう!」俺はジャンプして帽子を奪い返そうとするが届かない。
「本当だ!あやって書いてある!」帽子には平仮名で『あや』と名前が書かれていた。
「そうだろ!だから綾ちゃんに返せよ!」そう言った俺をデブゴンは突き飛ばした。俺は桜の木の根元に転がった。
「あっちゃん大丈夫!」綾が俺を心配し近くに駆け寄ってくる。
「この帽子気に入ったから、貰うよ」デブゴンは無理やり帽子を被ると、そのまま立ち去ろうとする。
「だから、それはあやちゃんの帽子……」
「わだしの名前も」デブゴンが自分の名札を指差した。そこには平仮名で「さかせがわ あや」と書かれていた。
「まさか、お前……、デブゴンか!?」俺の頭の中は真っ白になる。
俺のその言葉に、逆瀬川は一歩、二歩と後退りした。
「酷い、酷いわ!また、デブゴンだなんて!酷い!デブゴンなんて~!」彼女は、両目から涙を流しながら土手を駆け上がって逃げるように去っていった。
俺は突きつけられた事実を受け止めきれずに、
夢の中では、俺は強くて虐っ子達を蹴散らすのだが、実際の俺は小さい時からどちらかというと体が弱くて、毎日のようにデブゴンにボコボコにされていた。
その幼少の頃の思い出がトラウマになって、強さに憧れるようになって空手の練習を続ける事が出来たのだと思う。
「はあ~」俺は頭を抱えながら、桜の木の根の上に座り込んだ。
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