第8話 桜の木

 朝、またあの河川敷を歩き学校に向かう。


 桜の木に背中をもたれながら、あやの姿を探す。

 通学してくる生徒の群れの中にあやの姿を見つける。  彼女の美しい髪、歩く華麗な姿は際立っていた。 「あ……、いや逆瀬川さん、おはよう」俺はわざとらしいほどの笑顔で、手を振りながら近づいていった。 「あら、たしか......、三国君でしたね、おはようございます」そう言うと彼女は表面上の挨拶だけで、俺の前を通り過ぎようとする。  それを制止しようと彼女の前に立ちはだかった。 「さ、逆瀬川さん、ここで俺と一緒に遊んでいた事を覚えていないか?」桜の木の辺りを指差して、俺は精一杯の気持ちを振り絞って聞いた。 「ええ……、もちろん覚えていますわ。それが、どうかしまして……、私、朝のミーティングがありますので失礼します」そう素っ気の無い言葉を言い残すと、彼女はスタスタと歩いていった。  その言葉を聞いて、俺の中には、なんとも言えない失望感が広がっていった。

 なんだか、遠くであやが振り向いたような気がしたが、それは俺の思い過ごしのようであった。

 先ほどまで俺がもたれていた桜の木の下に神崎の姿が見える。

 なんだか、誰かと話をしたい気分になって土手を下り、神崎のいる場所に近づいていく。 「こんなところで、なにしているんだ?」さきほど綾に、肩透かしを食らったので、自分を誤魔化すように神崎に話しかける。神崎にすればいい迷惑であろう。 「なにしようと俺の勝手だろ……」言いながら川の流れを眺めているようだった。その眼はなぜか悲しそうに見えた。 「俺の勝手って……、そりゃそうだわな」俺は河原の小石を拾い川に投げた。  水面を走るように石は跳び跳ねていった。 「なかなか、上手いだろ」俺は得意気に言ってみる。 「役に立たない特技だな」一瞬、神崎も石を掴もうとしたようだが止めたようだ。そして右手はじっと見つめていた。 「ほっとけ!」言いながら、俺は別の石を拾い上げて投げた。  石は水面を跳び跳ねて対岸まで踊るように跳ねて行った。まるで生きているようだなと自分の中で称賛してみた。

「ふん」神崎は呆れたように鼻を鳴らして、その場から去っていった。

「お前が、三国か?」教室の席に座る俺に、いきなりガタイのいい男達が声をかけてきた。 「ああ、そうだけど」俺はふてぶてしい態度で対応した。学校を転校するたびに、大なり小なりこういう輩が現れる。これまでの経験上、ある程度この先の予測は出来ている。 「お前、上級生に対する口の聞き方じゃねえな。ちょっと顔を貸せよ」言いながら、男は俺の胸ぐらを掴んだ。新品のブレザーに皺ができる。

「どこに行けばいいんですか?せ・ん・ぱ・い」なぜだか、こういうシチュエーションは嬉しくて笑みが溢れてくる。 「こいつ!た、体育館の裏だ!」掴んだ手を離すと、男達は先頭を切って教室を出ていく。その後を俺はついていく。  少し離れた席に座るキノコ頭が笑ったような気がした。

  体育館の裏。

 男達は指を鳴らしながら鼻息を荒くしている。 「俺は柔道で県大会三位だ。謝るなら今の内だぞ」言いながら、また俺の首元を掴んだ。 「先輩、おNEWの制服に触らないでくれますか?」掴まれた男の腕を左手で俺の体に密着させて、右手を関節に当て体を落とした。合気道でいうところの隅落しだ。 「うわ!」男の体は地面に転がされる。突然の事で、男は呆然としている。

「この野郎」別の男が俺の顔に殴りかかってくる。俺は頭を左に傾けて、そのパンチをかわし右腕を絡めて関節を取る。 「い、痛え!」男の顔は苦痛で歪む。骨が軋む音がする。  戦意喪失した事を確認して、極めていた関節技を緩める。 「ひ、ひい」最後の一人が後ろに怯む。  俺は後ろ蹴りで男の腹部を蹴り込んだ。男は勢いよく後ろに飛んで、体育館の壁に激突した。そのまま、意識を失った。

 正直、竜野師範と繰り返してきた練習は、こんなレベルではなかった。  毎晩、格闘術の稽古の度に俺は殺されるのではないかと恐怖したものだ。後で聞いた話しだが師範は、俺に空手を教える気など元々なくて、如何にして諦めるかと痛い思いをさせていたそうである。ついでに、自分の技の実験台として相手をしていたそうである。  それは、前の町を引っ越し間際に初めて聞いた話だった。  さすがに酷い話だと、師範に抗議した。  それでも師範は豪快に笑うだけであった。  しかし、そのお陰で、少々の喧嘩であれば誰にも負けない自信はついていた。

「誰に、けしかけられたんだ?」倒れている男の胸ぐらを掴んで聞く。 「か、勘弁してくれ」男は懇願するように拝んだ。 「あん?」男の脇腹辺りにゆっくりと膝を落とす。男の顔が苦痛に歪む。 「や、やめて……」 「うりうり、骨が折れるぞ」こういう時の俺はサディスティックであることは自覚している。 「し、庄内だ、庄内に頼まれたんだ」その名前を聞いて、俺は掴んでいた男の胸ぐらを離した。 「キノコめ」俺の中にフツフツと怒りがこみ上げてきた。  男達を、放置したまま教室に戻る。  思いの外、無傷の俺を見てキノコ頭は驚いているようだった。  俺は、奴の机の前に立ち、仁王のように見下ろした。 「な、なんだ……」明らかに怯えているようであった。


  バン!


 俺はキノコ頭の机を勢いよく両手で叩いた。 「ヒー!」キノコ頭は奇妙な声を上げて、恐怖の涙を流していた。  俺はそのまま、ゆっくりと無言のまま自分の席に座る。

「ふふふふ」笑い声が聞こえる。その主は神崎であった。 「なにが面白いんだよ?」少しムッとして俺は訪ねる。 「いやいや、別に……」神崎は、言いながら窓の外に顔を向けた。その肩は微妙に揺れている。  気がつくと、キノコ頭は教室から逃げ出していたようだ。

「三国君、もしかしてあの柔道部の花屋敷さんをやっつけちゃったの?」服部が、恐る恐る俺の席に近づいてくる。 「花屋敷?ああ、あいつの名前か……」顔に似合わぬ綺麗な名前で、少し吹き出しそうになった。 「彼らは、生徒会長の腰巾着で、何かあると暴力で肩をつけようとするんだ。会長の親の手前、学校もある程度黙認しているし……」なんだか服部は、少しスッキリしたような顔で解説してくれた。急に、クラスの皆が集まってきて称賛してくれる。  今まで眼中にも入ってなかったであろう俺を、女子達もなぜか好意的な目で見てくれるようになった。 「でも、気をつけなよ。アイツらまた何かやってくるかもしれないから」服部は心配そうにアドバイスをくれた。


「ああ、ありがとう気をつけるよ」素直に感謝の言葉を返した。

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