第7話 思い

 逆瀬川さかせがわあやの部屋。

 白とピンクを基調にした乙女らしい部屋。


あつしさん……、うふふふ、あつしくん、うふふふ、あっちゃん」

綾は一人、今朝の事を思い出してニヤニヤしながら顔を赤らめている。少女漫画であれば間違いなく彼女の眼の中はハートマークになっているであろう。


 朝は淳に対して、あのような素っ気ない態度をとってはいたが、突然目の前に現れた懐かしい顔を見て、彼女の本心は今にも心臓が飛び出しそうなほど、ときめいていた。

 実は、淳が転校してきた日、所用で訪れた職員室で、たまたま転校生の名前を見る機会があり、その目に三国淳の名前が飛び込んできた。

 まさかとは思ったが、集会の時に壇上から淳のクラスを見渡して、彼らしき人物を見つけ、顔をもう一度よく確認した。そして、成長してはいるが、間違いなく彼だと確信した時、学校の清掃活動の話をしながら、気持ちは宙に浮いている状態になってしまった。


 まさか、幼い頃に憧れていた三国淳にもう一度、再開出来る日が来るなどとは夢にも思っていなかった。

 彼女は、思い立ったように、幼稚園の頃の卒園アルバムをクローゼットの中から引っ張り出して眺めた。

 

「ああ、淳さん……」そこには幼い頃の淳と文の姿があった。

 卒園アルバムに彼の姿はかろうじて載っているのだが、卒園の数日前に突然、登園しなくなった。

 文は、アルバムに写った自分の顔を指差した。その指を滑らせるように淳の顔に重ねた。

 そして、まるで愛おしい人を抱きしめるかのように、卒園アルバムをギュッと抱きしめた。その顔は、真っ赤に染まっていた。


「淳さん......」それは、そのまま昇天でもしてしまいそうな勢いであった。

 

 淳が登園しなくなった翌日、彼の父親の都合で遠方へ引っ越しする事になったと幼稚園のみどり組の先生から聞いた。

 それを聞いた時、彼女は悲しみに押し潰されそうになり、周りの園児たちの目も気にしないで号泣してしまった。

 もう二度と淳と会うことができない。それは彼女に深い絶望感を与えた。

 彼がいなくなってから、食べ物ものどを通らない日々が続き、体重も激減してしまった。その様子をみて、両親は死んでしまうのではないかと、医者に連れて行ったほどであった。


「淳さんが帰ってきた。そして、私を覚えてくれていた……、淳さん.......。」その名をつぶやくだけで、彼女は身がもだえる思いであった。

 アルバムをそっと机の上に置くと、何度も愛用の抱き枕を何度も包容し顔を押し付けた。

 それは、まるで淳を想定して、シミュレーションでもしているかのようであった。


 彼女の部屋の中には、「あや」と平仮名で名前が書かれた、小さな子供用の白い帽子が装飾のようにそっと飾られていた。

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