第6話 修行

 夜、近所の神社の境内。


 俺は一人、空手の練習を始める。

 昔の苦い経験により、俺は自分の体を鍛える事を日課としている。

 最強の男になって大切な人を守れるようになる。

 それが俺の目標だ。


 以前、住んでいた場所で、俺は深夜一人でランニングをしていた。

 課題としていた距離を消化し、公園のベンチで一休みする。近くの自動販売機でスポーツ飲料を購入し、一気に飲み干す。

 生き返るような気分であった。 

 公園の奥のほうから、何やら布が擦れるような音と、木が叩かれている音が響く。俺は恐る恐るその音のする方向に近づいていった。

 そこには、空手着を身に纏った男がいた。

 男は立木に向かって、空手の突きを叩きこんでいるようであった。

 平気な顔をして、その作業をこなしているようであるが、はたから見ていた俺のほうが痛くなりそうな勢いであった。

 一連の動作が終わったのか、休憩に入ったようだ。

「なにか、用?」男はぶっきら棒に聞いてくる。

「あ、いえ、すごい音がしていたんで......、もしかして、それって空手ですか?」俺は初めて見る空手の鍛錬の驚愕していた。

「空手以外に、何に見える?」男は、ちょっとムッとしたような顔をした。後で知ったのだが、『もしかして、それ空手?』っていう言葉は、有名な空手家が道場破りをする時に使っていた言葉らしく、知っている人間からすれば馬鹿にされたような気分になるらしい。

「いいえ、空手にしか見えません」俺はビクビクしながら答えた。

「ふん!」男は鼻息を荒くして、立ち上がってその場から姿を消した。


 深夜の同じ時刻に男が、この公園で空手の練習をしている事が解かり、男の練習の時間に合わせて、俺もランニングの時間を調整するようになった。


 そして、男の空手の練習を見続ける内に、その力強さと迫力、そして人間性に魅力を感じ弟子入りをした。

 その男の名前は竜野師範といい、知る人ぞ知る空手の達人なのだそうだ。


 竜野師範との練習は、ほぼ組手をメインとした格闘術であった。

 数年に渡り、毎晩、格闘術の稽古を行っていたが、毎日どこかを打撲しているような状態であった。決して、骨折させないギリギリのラインを竜野師範は、解かっていたようである。

 俺の格闘術はある程度のレベルには達したのだが、今回の引っ越しにより先生との練習は断念せざる得なくなった。

 別れ際に、男泣きしてくれた竜野師範の顔が、今も忘れられない。


 竜野師範と別れてからも、数年間学んだ事を忘れないように、俺は毎晩一人で練習している。

 立木に縄を巻き、それを人に見立てて攻撃をする。

 下段、中段、上段回し蹴り。後ろ飛び回し蹴り。それぞれの技を100本ずつ打ち込んでいく。

 溢れ出る汗をタオルで拭い一息ついた。


 満月が境内を照らして、まるで白夜のようであった。

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