第3話 文(AYA)

 夜はなかなか寝付けなかったが、朝は緊張のせいか目覚ましの音が鳴る前に目が覚める。


 それはまるで遠足を楽しみにして眠れない小学生のようである。

 珍しく朝早く起きてきたので、母も驚いている様子であった。

 軽く朝食を済ませて、少し早めに家を出る。


 なぜ、俺がこんなにテンションが上がっているかというと、今日はどうしても確かめておきたい事があったからだ。


 二日目で少し慣れた道を、若干マラソンのようなゆっくりとしたスピードで走っていく。

 朝の空気が気持ちいい。

 

 早々と学校に到着すると、職員室の前にある校内の施設案内図で生徒会室を探す。

 はやる気持ちをおさえながら隅から隅へと目を走らせる。


「南校舎の三階だな」俺は、人差し指で目的の場所を指した。

 駆け足で階段を駆け上り、生徒会室の前。深呼吸をして息を整えてから、ゆっくりとドアをノックする。しかし、生徒会室の中からは全く返答はない。

 少し早すぎたのかと、肩をガクリと落した。


「なんだい、君は?」全く見当違いの方向から男の声がする。


 その声の主の方を見ると、昨日、学級委員だと名乗ったキノコ頭と、いかにも自信に満ち溢れた感じの男子生徒がこちらを見ている。声の主はこの男子生徒のようだ。


「君は、転校生の三国くん」キノコ頭少し前に足を踏み出して言った。一応、俺の名前を覚えてくれているようである。

「転校生か……。おはよう、ところで生徒会に何か用事かい?」キノコ頭の隣の男子生徒が聞いてきた。物おじしない堂々とした態度だ。

「ああ、あや……、いや、副生徒会長の逆瀬川さんに用事があるんだけれど」あやの事は昔から知っていたが、なにぶん幼稚園の頃の事なので、彼女の名字までは正直記憶にはなかった。あやのことを『逆瀬川さん』と呼ぶことには、俺の中ではかなりの違和感があった。

「逆瀬川君に用か、何か学校の事で困った事があるならこの生徒会長の蛍池が聞いてあげるよ」男は胸の辺りを軽く押さえながら言った。学校の事であれば、全て自分が把握しているような口ぶりであった。自信に満ちたその態度は、俺は少しウザく感じていた。


「ありがたいけど、個人的な話なんだ」

「三国君!失礼だぞ、蛍池さんに向かって」キノコ頭は、激高したように言う。俺にしてみれば、何が失礼なのか理解することは出来なかった。


「あら、どうかしましたの?」突然、綺麗な女の声が割り込んできた。

 その声の主に俺の視線は釘付けになる。あの檀上に立っていた『逆瀬川 文』その人であった。

「おはよう、この庄内君と同じクラスに転校してきた三国くんが、逆瀬川君、君に用事があるそうだよ」蛍池は、その言葉を残すと生徒会室の扉を開けて中に姿を消した。その後ろを、俺の顔を少し睨み付けるような視線を残してキノコ頭も同行していった。

 なんだか舌打ちをしてしまいそうになったが、綾の手前それは我慢することにした。


「あら、なにかしら、ご用って」あやは黒い長髪を、軽くかきあげながら言った。美しい髪がゆっくりと靡く。その髪から女子高生らしい甘い香りが漂う。

 蛍池ほどでは無いが、彼女も自分に自信があるのであろう。そしてなぜか、こういうシチュエーションには馴れていると言いたげな態度であった。


「俺、三国みくにあつしって言うんだけど……、覚えていない……ですか?小さい頃、そう幼稚園の年少の時、一緒によく遊んでいたと思うのですが……」言葉尻が小さくなってしまったが、昔の事を話したいという主旨は伝わったと思う。

「三国……淳……さん……、あっ、もしかして、幼稚園のみどり組の……?」彼女は記憶を辿るように、顎に人差し指を当て宙を見た。まるでそこに答えでも書いているかのように……。

「そうそう、みどり、みどり組で一緒だったよね!」俺は少しテンション高めになっていた。

「あなたが、あの淳さんですか……?懐かしいですね。で、どうされましたか?」彼女は一瞬笑顔を見せるような素振りをみせたが、すぐに元の落ち着いた雰囲気に戻った。

 それは俺の気持ちの高まりと反比例するかのように、特に感情の起伏もないようであった。

「いや、久しぶりに、引っ越してきたので……」予測していたのと違う反応が返ってきたので、俺は少しだけしり込みしてしまった。

「そうですか。それで私に、ご挨拶に来ていただいたのですか?」彼女は軽く微笑みながら聞いてきた。それは社交辞令のいような笑顔であった。

「いや、別に……ああ、そうだ」返す言葉が見つからない。

「そうですか。それはありがとうございます。それでは朝の生徒会ミーティングがありますので私はこれで失礼します。ご機嫌よろしく」軽く会釈をしながらそう言うと、彼女は蛍池達と同じように、生徒会室へ姿を消した。


 少し、感動の再会的なものを期待していた俺は、見事に肩透かしを食らったような状態であった。


 盛り上がっていたのは俺だけで、所詮、幼稚園時代のガキの頃の思い出なんて彼女にとってはどうでもいい事なのだろうか。


 歯痒い思いで、若干気分が滅入ってしまった。

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