第2話 新しい生活

 空は快晴で雲ひとつない。

 転校初日としては、申し分のない天気だ。


 また、真新しい制服。

 転校する度に俺の制服は新しくなる。なかなか、しっくりこないものだ。

 前回の学校は詰襟つめえり、今回はブレザー。

 今朝は首にネクタイを巻くのに朝から悪戦苦闘した。ネクタイなど、今まで自分で巻いたことが無かった。父親に教えてもらおうと思っていたが既に、仕事に出勤した後であった。


 河川敷を歩くと大きな桜の木が目に入る。地にしっかりと根を張っていて樹齢こそ解からないが、かなりの年数そこに身を構えているであろうことが、容易に想像できる。

 今は五月中旬なので、当たり前ではあるが、桜の花が咲いてはいない。満開の時期は、さぞかし見事な風景を創造するのであろう。


「なんだか、見覚えのある桜の木だな……」俺はデジャビュかと思った。


 新しい高校は、家から徒歩圏内にある。歩いておよそ一五分。

 前に通っていた高校は、バスで三十分揺られて山の中という立地のところもあった。

 それに比べると、かなり体も時間も快適である。


 目の前を歩くスカート姿の女子高生達の制服姿がまぶしく感じる。膝上のスカート、風にたなびく綺麗な髪。すれ違いざまに漂う香りに、鼻をひくひくとさせてしまう。今までは、男子校だったので、この刺激になれるには時間がかかるであろう。

 ある意味、毎日がパラダイスかもしれない。

 

 校門の前で気合を入れる。


「楽しい高校生活のなりますように!」


 校舎に入るとまずは職員室へ。先日、簡単な説明を受けに来たのでだいたいの場所は把握できている。

 担任の中津という化学の男性教師に挨拶をする。


 簡単な転校の手続きを済ませて、いざ教室へ。

 中津の後をついて黒板の前に立ち挨拶。何度も転校を経験している俺にとっては、朝飯前のイベントである。

 型どおり黒板に名前が書かれる。


三国みくに あつし


「あそこの席に座りなさい」中津は教室の後ろのほうを指さした。指示された通り窓から二列目の一番後ろの席へ移動する。

 よく漫画であるように通路に足が出てきたりと少し警戒してみたが、そんな様子は皆目無かった。


 指定された席に座り、窓のほうの隣の席を見ると、イヤホンを耳に付けて居眠りをしている奴がいる。挨拶してみようかと思ったがやめた。

「宜しくね」反対側に座る女子が挨拶してくれた。

「よ、宜しく」なぜか緊張して、声が上ずってしまった。恥ずかしくて少し顔が赤くなってしまったようだ。彼女は少しほほ笑んでくれた。『か、かわいい』免疫のない俺は、女の子に優しくされたり、ほほ笑みかけられるとすぐに惚れてしまうタイプだ。

 コンビニエンスストアの女子店員に何度も恋してしまった過去がある。


 もう一度、窓際の席に目を移す。

 やはり両腕を机の上に組み、頭を乗せて眠っている。

 いびきこそかいてはいないが、かなり気持ちよさそうである。

 授業が始まるかいなや、早々に、居眠りに興じるその大胆さに感服し、堂々たる居眠りっぷりに俺に目は少しの間、くぎ付けになった。


「何を、ジロジロ見ているんだ!文句でもあるのか」腕の隙間から、鋭い視線を送りながら、いきなりイチャモンをつけてくる。


「いや、別に……」突然の暴言に俺は虚をつかれた。

「ふん!」鼻息荒く息を吐くと、また居眠りを始めた。


「そこ、転校生!早々にうるさいぞ!」担任から雷が落ちる。俺だけ、怒られるのは理不尽だと思い再度隣の席を見る。

 担任の注意と、俺の気持ちを意にも関せず、やはり寝ている。

 神経の図太い奴だと、ある意味感心した。


「大丈夫かい?」同じクラスの男が話しかけてきた。

「ああ、ありがとう。大丈夫」隣の席の奴とのやりとりを見て、心配してくれているようであった。奴は相変わらず自分の席で寝ている。

「三国淳君だったよね。僕は学級委員長の庄内 一雄だ。解らない事があったら聞いてくれ。」ひどく背が小さい男でオカッパのような頭をしている。

 なぜか握手を求めてきたので、ひとまず握り返した。

 なんだか、その手が少しヌルヌルして湿っているような気がして気持ち悪かった。

 もしかして先祖は本当に河童かっぱではないのかと一瞬疑った。


 昼休みの後、体育館で全校集会があるそうだ。

 休憩修了のチャイムを合図に、生徒達は一斉に、体育館に移動していく。

 きっと、上空から見ると、砂糖に集る蟻のようであろう。

「おい!お前、早くしないと……」隣の席に声をかけるが、相変わらず窓際の席でコイツは眠っている。

「パスッ!」トランプゲームかと突っ込みを入れたくなったが、放置しておくことにした。


 退屈な校長、教師達の生徒指導などの話が続き、欠伸が止まらない。

 俺もアイツの真似をして、パスしておけば良かったかなと少し後悔する。

「続きまして、今週の清掃活動について、副生徒会長 逆瀬川さかせがわあやさんです」司会をする生徒の声が、体育館を響き渡る。

「あや……?」俺はその名前に敏感に反応して少し眠気が覚めたようだ。


 壇上には、長い黒髪で凛々しい顔をした少女が姿を表した。

 軽くお辞儀をしてから、彼女は物怖じしない口調で、校内清掃の内容の説明を始める。

「まさか、本当にあやちゃんか……」その長い髪、色白の感じも、昔のあの少女に似ているような気がする。


 壇上にいる彼女の言動、仕草に俺は釘付けになってしまった。

「毎週月曜日、水曜日、金曜日は、校内クリーンデイとなっています。当番の方はもちろんですが、そうでない生徒の皆さんも率先して参加して頂きますように、お願いいたします。それから......」校内の清掃活動についての、説明をしていたようだが、その声を俺は漏らさないように聞いてはいたが、内容は全く理解していなかった。

「それでは、」

 彼女が壇上から姿を消した後の話は、俺の頭の中には全く入ってこなかった。


 本日、最後のカリキュラムのホームルームが終了する。

 やはり何度転校しても、慣れない環境は疲れるものだ。


「そうだ、小林。後で、化学の実験室に来るように。解ったな」担任の中津は教室を出る間際に生徒に声をかけた。

 俺の隣の席に座っている少女が返答をする。

「はい……、解りました」先ほどの女子の名前は、小林という名前らしい。

「チッ」舌打ちをする音が聞こえる。

 どうやら、隣の席に座るコイツが発したようだ。

「なんだ、生活指導か?」俺はコミュニケーションの向上も考慮して話しかける。


「知らねえよ」素っ気ない返答に少し凹んだ。


 放課後にクラブ活動の見学を勧められたが、二年生の途中からクラブに加入して形見の狭い思いをしたくないので、丁寧にお断りした。

 それに、一応確認はしてみたが、この学校には俺のやりたい運動部は存在しないようであった。


 初日の学校での行事は全て終了し、どっと疲れて家に帰る。


家の前に到着すると、母が近所の主婦らしき人と親しそうに話をしている。いつも地域に打ち解けるのに時間がかかるのに、今回は早々に仲良くなっているようだ。

「あ、もしかしてあっちゃんかい?大きくなって」話し相手のおばさんが声をかけてくる。

「どうも……」俺は少し躊躇ちゅうちょしながら軽くお辞儀をする。

「お隣の岡町さんよ、言ってなかったけ?淳が小さい時に、この町に住んでいたことがあったのよ」それは初耳だった。

「淳ちゃんは小さかったから覚えてないよね、おばさんの事?」はい、覚えていません、

それは口にせずに微笑みで誤魔化した。

「リビングにおやつあるから……」母は、そういうと、再び井戸端会議に突入したようだ。


 門扉を開けて、家に入る。リビングのテープルにオヤツの煮干し……。いつの時代だと突っ込みを入れたくなるが、これはこれで美味なので、遠慮なく頂くことにする。

 二階の自分の部屋に入り、服を着替える。

 幼い頃に住んでいた場所など大まかにしか覚えていない。

 先ほどの母が言っていたよう、この町に以前住んでいたということは、あの副生徒会長は、やはりあやだったという事であろうか。


 久しぶりにあやと会うことが出来る、俺の鼓動は激しさを増した。

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