AYA
上条 樹
第1話 思い出
また、いつもと同じあの夢を見ていた。
幼い頃の懐かしい夢。
大きな川の河川敷に雄大な桜の木がそびえ立っている。
その木の下に、子供達が数人集まって小さな少女を虐めている。
悪ガキ達に虐められる幼い少女。彼女は、まだ幼稚園の年少組に通う幼児。
名前はあやという。
彼女はどちらかというと体が弱かった。いつも、この川の河川敷でスケッチブックとクレヨンを持参して、写生をする事が楽しみのようであった。
彼女の白い柔肌に、直射日光を浴びないようにとの両親の配慮か、いつも白くつばの大きな帽子を被っている。
身に着けている衣服も、日光を反射させるようにとの事か、白い洋服を着ていることが
多かった。
「返して!」あやは悲痛な声で懇願している。
悪ガキ達は、彼女の白い帽子を取り上げると、取れるものなら取ってみろとでも言いたげにアッカンベーをした。
お気に入りの帽子を取られたあやは、両手で顔を覆いながら、その場に座り込んで泣いている。
その一部始終を傍らで見ていた俺は、我慢できなくなって悪ガキ達の前に飛び出した。
「あやちゃんを虐めるな!」精一杯腹に力を込めてその言葉を発した。
この夢の中では、俺もあやと同じ幼稚園の年少組。みどり組に所属している。
お察しの通り、俺はあやに淡い恋心を抱いていた。
「なんだ、お前、カッコいいなぁ」悪ガキ達のリーダー 通称デブゴン。
コイツは、その名前の通り体が大きくて桁外れの肥満児であった。体が大きい分、力も人一倍大きく、不通の園児では、喧嘩をしても全く敵わない。その腕力により、多くの園児達を、まるでコバンザメのように従えていた。
デブゴンの強烈なパンチが俺の顔面目掛けて放たれた。
俺はデブゴンのパンチをするりとかわす。その反動でデブゴンはクルクルと回転している。そして、その軸足を蹴り、払い転倒させる。
「痛い!」デブゴンは自分の体重で自爆したかたちだった。
コテンパンに返り討ちとなったデブゴン達は、悔しそうにワンワン泣きながら、その場から退散した。
俺は地面に落ちていた、白い帽子を拾い上げる。
「大丈夫かい?」俺は、座り込んで泣いているあやに手をさしのべ、その頭に帽子を被せてあげる。
「ありがとう……、あっちゃん」あやは、左手で帽子を押さえ右手で俺の手を掴み立ち上がった。
先ほどまで泣いていた彼女の顔は、眩しい笑顔に包まれていた。
ジリリリリ!
目覚ましの音に驚きながら布団から飛び起きる。
今時、このタイプの目覚ましはあまり売っていないと思う。毎朝の事ではあるが心臓の悪い音だ。
最近、幼い頃の夢を見る事が多くなった。
そろそろ死期が近づいているのかなと考えてみたりする。
ちなみに、俺は高校二年生、花の十七歳。
今日から、新しい高校に通うことになっている。
親父の仕事の都合で、転校が多く高校生になってから今回が2回目の転校先であるが、それ以前の引越しは数えてもきりが無いくらいだ。
引越し転校して、初めての登校日は毎回、軽い登校拒否になる。
「
「まだ、登校していないから分からないよ」俺は食パンにかぶりつきながら答える。少し長めに焼いたのか焦げ目が苦い。
「そうよね、とにかく頑張ってね」力ない笑顔で励ましてくれる。
実際は、俺だけではなくて母も、この家で新しい隣人達との、お付き合いが始まることを
「ああ……」俺はそう答えるしかなかった。
転校が多いと、初めは珍しいのか皆が群がってくるが、時間が経つとそれも収まる。
そして、少し慣れた頃に転校。そんな事の繰り返しで友達など出来る訳がない。
こんな環境を招いている父の仕事に、子供の頃は反感を持ったものだ。
分別のつく年ごろになってからは、それで養ってもらっている事を理解しているので文句は言わないようにしている。
「行ってきます」食べ終わった皿をキッチンの流し台に置き家を出る。
「頑張ってね!」何回、同じことを言うのだろうかと思ったが、きっと母は自分に言い聞かせているのだろうと思い、その言葉を飲み込むことにした。
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