190. その後、お変わりないでしょうか
1年前に一度来ただけの住宅街だけど、特に建替えや取壊しもなく、迷うことなく目的地に辿り着いた。
呼び鈴を鳴らして、少し待つ。
「あなたは……兄の」
「ご無沙汰してます」
出て来た家主に頭を下げた。相手はまだ中学に入る前くらいの年頃の少年。
僕に最初に憑いてくれて、最初に僕が昇天させた亡霊のお兄さん、モッコイさんの弟さんだ。名前は確か、ネイサン君と言ったはず。妹さんがアニーさんだったかな?
通り道のお菓子屋さんで買った焼菓子を渡すと、素直に受け取ってお礼を言った。
前に話した時は不審者扱いだったけど、何だか今日は穏やかだ。
特にネイサン君達に用事があるわけでもないけれど、この町でまともに会話した相手となると、彼と、冒険者ギルドの受付の人しかいない。
用事のある夜までの時間潰しに付き合わせるのも悪いけど……友達の弟妹が、その後どうしているのか、気になったのもある。
1年前より少し大きくなったのかな。見た感じ、健康に問題はなさそう。
「その後、お変わりないでしょうか。妹さんもお元気で?」
「え、はぁ、まあ。お陰様で」
「それは良かったです」
2人共問題なく過ごしているとのことで、僕の用事は終わってしまった。
「では、顔も見れたので、僕はこれで」
と帰ろうとすると、
「あっ、待ってください!」
と引き留められた。
「あの、その節はお世話になりました。兄の伝言を届けていただいてありがとうございます」
「ああいえ、友達の最後の頼みでしたし」
「あの時は疑ってすみません。兄の遺族年金を狙った詐欺師かと思ってしまって……」
……何だっけ。
確か、何かすごい胡散臭い、勧誘詐欺みたいな口調で話し掛けたんだったかな。
逆の立場なら僕も疑っただろうし、別に問題ないんだけど。
「死に際にやたらと長い伝言も、遺せるわけないと思いましたし……」
あの時は、亡霊として隣にいるモッコイさんの話す言葉を、そのまま繰り返したんだった気がする。
うん、確かに内容が多すぎた。死に際の人が遺せる内容ではない。
「その辺は、ネイサン君は全く悪くないので、気にしないでください」
「ありがとうございます。あの後、ずっと気になっていたので。そう言ってもらえて安心しました」
相変わらず、年の割にしっかりした子だな。
改めてお暇しようとしたら、すぐに返すのも悪いと居間に上げられ、お茶まで出してくれた。
家の中も片付いているし、生活には本当に問題もないようだ。良かった。
「妹は友達と外で遊びに行ってますが、すぐ戻ってくると思うので、お礼だけ言わせてやってください」
「いえ、僕はただ、言われた言葉を伝えに来ただけですし」
「あなたのお陰で兄からの誕生日プレゼントの帽子も受け取れて、本当に喜んでいたんです。今日もその帽子を被って出掛けました」
「あ、それは良かったです」
色々と話している内に、なんとなく、当時の状況を思い出して来たぞ。
そっか、そんなこともあったな。
結局妹さんが帰って来るまで待たせてもらうことになったんだけど、友達の兄弟とかって、あまり話題もないんだよなぁ。
共通の話題はモッコイさんの話になるのかもだけど、亡くなったのがもう1年近くも前のことだから、ここで思い出話をするのも変な感じだ。
かと言って僕の近況を話しても興味はないだろうし、ネイサン君の近況について、相槌を打ちながら聞いていた。
ネイサン君は初等学校の最終学年だけど、聞いている感じ、かなり頭が良いようで、今はこの年で開拓について独学で勉強しているらしい。
ラビットフィールドの町は元々が「ラビットフィールド」という広大な草原を開拓するために作られた町だ。先代の領主はもう諦めていたけれど、新領主は開拓にも意欲的で、将来は役所の開拓企画室で働きたいんだって。
「草原の雑草は抜いても焼いても翌日には
「へーすごい。上手くやれば、草原がニンジン畑になったりするんです?」
「そうですね。といっても、野菜や穀物が根付くまでずっと
でもよく考えると、草原がニンジン畑になってもウサギに荒らされそうだしなぁ。この世界のウサギがニンジンを食べるのかは知らないけど。
もし栄養が充実して上位種が大量発生……なんてことになったら地獄だけど、その辺は専門の人がいい感じに考えるんだろう。
「初等学校を卒業したら、王都の王立高等学院に入りたいんです」
ネイサン君はそんなことを言った。
僕は一瞬固まった後に、急いで答えた。
「あそこ、割と武闘派だけど大丈夫? もっと知性派の、良い学校を探した方がいいですよ?」
「え。だって、王国最高峰の教育機関ですよ?」
驚いた風に言われても、王国自体の学術レベルが低いらしくてですね。
戦闘関連分野以外はいい加減だって、知識を司る知識神のお墨付きがあるんだよ。
「それに、勉強を頑張れば年齢が足りなくても飛び級で入れるそうですし、奨学金も出るらしいので」
「あ、奨学金は絶対だめ。それだけは本当に駄目です」
僕が奨学金の契約書を盾にガチャ爆死させられた人達のことを話すと、流石はガチャ爆死が日常のラビットフィールドの町育ち、すぐに理解し納得してくれた。
「3人いた友達の2人は爆死して、1人は生き残ったけど、そのまま戦争に駆り出されたんです」
「それは……上手い話には落とし穴があるんですね」
とはいえ他の学校を探すにしても、幼い妹がいてはあまり地元を離れるのも難しい。この町からもそこそこ近い王立高等学院は、色々と都合が良いらしい。
僕としても他にお勧めの学校がある訳でもないので、僕が在学中にお世話になったウラギール大司教への紹介状を書いて、ネイサン君に渡しておくことにした。明日は王都にも向かう予定だし、その時に話を通しておこう。
お金を出してもらえるなら出してもらえば良いし、無理ならまた相談してもらおう。
「もし妹さんも同じ学校に入れたいなら、それまでに学費分くらいは稼げるようになってくださいね」
「はい。色々とありがとうございます」
そんな話をしている所に、妹さんのアニーさんが帰宅した。
モッコイさんからの誕生日プレゼントだった帽子を見せてもらい、ちょっとだけ話をして、僕は彼らの家を後にした。
思ったより長居してしまったようで、もう空は夕陽に染まりつつある。時間潰しをしたかったのだから、都合が良いと言えば良いんだけど。
僕は冒険者ギルドに寄って顔見知りに挨拶をし、ギルド併設の喫茶が酒場に変わる時間までのんびり過ごした。
ギルドの人は結構僕のことを覚えていたようで、受付のおばちゃんに、今年のラビフィー祭では問題を起こすなと釘を刺されてしまった。祭りの開催される7日後は、もうこの町にいないから大丈夫だと思うよ。ラビフィー祭では。
そして、すっかり日も暮れた真夜中。僕は闇に紛れて動き出す。
この町の領主が住まうバクシースル家の屋敷に忍び込み、警備の人に見つかったので状態異常で転がして、警備以外の人にも見つかったので転がして、領主の人にも見つかったので転がして、さんざん屋敷を探し回り、ようやく目的の物を発見した。
一抱え程の大きさの豪華な宝石箱。
【拡張ストレージ】という名の、【拡張ストレージ】スキルが付与された
これに宝玉50個分の魔法力を捧げることで、内部の空間が1ヶ月間拡張される便利グッズだ。ついでなので、起動用の宝玉50個も分けてもらった。
「き、貴様……一体何故、こんなことを………」
状態異常が解けかけた領主の人が、恨めし気にこちらを睨む。
男爵とはいえ貴族だけあって、平民の兵士や職員より根性があるようだ。
僕は正直に答えた。
「アイテムをお借りするのは魔王を倒すためです。
この屋敷に来たのは、先代領主が【拡張ストレージ】を持っていたのを知ってたからです」
「…まお、う……を、倒す、だと……?」
「はい。お隣の商国が灰になったんだから、王国の人はそれなりに危機感あると思いますけど」
立地的には、王都のすぐ隣が商国だからね。
「終わったら返しにくるので、すみませんが7ヶ月くらい待っててください。
お礼は世界の救済ということで」
今の領主は確か、姫様のお兄さんだったっけ。
ずっと不機嫌そうな表情をしているからか、ずっと笑っていた姫様とは、あまり似ているようには見えないけど。
何はともあれ、用が済んだので僕は屋敷をお暇する。
レンタルウマ小屋に預けていたプニ丸君を引き取って、そのままラビットフィールドの町を去った。
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