191. 王都ハネシタ
草原の半ばで1晩野宿した僕とプニ丸君は、王都外壁の門の前でもう1泊し、翌朝の開門と同時に王都ハネシタに足を踏み入れた。
「プニ丸君もお疲れ様。またちょっと用事があるから、ここで休んでてね」
「ヒヒン」
ウマ小屋付きの宿を取り、プニ丸君をレンタルウマ小屋に預けて朝食を摂る。
食べ終わってから壁掛けの時計を見ると、ちょっと中途半端な時間だ。大聖堂はこの時間帯は忙しかったはずなので、ウラギール大司教へのご挨拶は、もう少し後にしよう。
以前泊まっていた宿や、その周辺の馴染みのお店をのんびり見て回る。
当時とあまり変わりはないけれど、たまに利用していた安い大衆食堂が潰れて、別のお店が入っていたりはした。
母校(中退だけど)の近くまで来たので、なんとなく正門の方から覗いて見る。もう授業は始まっているようだ。警備の人がこちらを気にしているので、立ち止まらずに通過した。
今の学校に知り合いっていたかな。
授業でお世話になった先生と……生徒だとカマセーヌ様くらいか。でかい斧を使っていた貴族の人だ。
フェンス越しに校舎は見えるし、教室の中に人がいるのはわかるけど、ちょっと距離があるから顔の見分けは付かないな。あの人は大体斧持ってるから、遠目でも判別がつくと思うけど。
なんとなく、ここに姫様がいたら、と考えた。〈わたくしが覗いてきますわ!〉なんて言って飛んでいき、校舎の窓を順に覗いて、対霊特効スキル持ちの生徒の集中力を乱したりしたんだろう。
想像したら少し笑ってしまった。学校を覗いてほくそ笑むとか、完全に不審者だな……。
〈何か気になる物でもありましたか?〉
と、そこへ最近ちょっと忙しかったラムダ様からの交信が入る。
お疲れ様です。そちらの進捗はどんな感じでしょう。
〈協力者が2柱増えましたが、絶対に動く気はないと宣言した神もいますね。
後者の直轄地は大きな都市もありませんし、折角なので後で寄りましょう〉
2柱も増えたんですか! 流石はラムダ様です。
〈と言っても、2柱とも前面に立つつもりはありませんよ。
貴方がある程度魔王を抑えられたら、という条件での協力です〉
いえいえ、魔王をボコボコにした後の対応が確実になるなら、それで十分です。
〈そうですね。ふふ、私も少し元気が出てきました。
それで、先程は校舎を覗いてほくそ笑んでいたようですが、何を見ていたのですか?〉
ほくそ笑んでいたのはともかく、覗いていたのは、知り合いでもいないかなと。
カマセーヌ家の人って言ったらわかります? でかい斧を持ってる人なんですけど。
〈ああ、ポットですか。ポット=デ=カマセーヌ〉
たぶんその人です。フルネームは知りませんが。
今どうしてます?
〈あの後すぐ、ラヴィズに殺されました〉
……おおぅ。
カマセーヌ様とも特別仲が良かったわけでもないですけど、ちょっと、やっぱり、あれですね。
あのメイドは、生きている間にどうにかした方が良かったですね。
その後、大聖堂に行ってウラギール大司教にご挨拶をした。
女神教の聖職者は、ラムダ様がこっそり教義に混ぜた情報によって、無意識に知識神信仰を持っている。短い神託なら受け取ることが可能な、準眷属みたいな扱いだ。
今回は事前にラムダ様が連絡を入れてくださったようで、面会予約がなくてもスムーズに会うことができた。
ラムダ様は息抜きを終えてすぐに仕事に戻ったけれど、面会後の用事に必要な情報はあらかじめ教えてもらっている。こちらはこちらで頑張ろう。
ウラギール大司教は、僕が魔王に関する情報を集めていたことは知っている。
大司教の部屋でお茶をいただきながら、僕はこれまでの経緯を簡単に説明した。ラムダ様からの神託の件もあるので、神様周りの事情もざっくりと。
「そうですか。あの後も、大変な旅をして来たのですね……」
大司教は眼鏡の奥の目を優し気に細め、労りの言葉をくださった。
「ご友人の弟さんのことも任せてください。こちらに来た時には後見人になりますよ」
「ありがとうございます!」
やっぱりウラギール大司教は素晴らしい人だなぁ。
こんなに慈悲深く、善良で、信頼できる人は滅多にいない。
「魔王の力は、私も目の当たりにしました。私に協力できることがあれば、何でも言ってください」
「ええと、それでは……」
僕は少し迷ったけれど、大司教なら大丈夫だろう。
思い切ってお願いすることにした。
「僕ちょっとこれから王都で問題起こすんですが、魔王討伐に必要なことなので、何と言うか、こう……」
「それは、女神様からの使命なのですね?」
女神……うーん。
創世神ではないけど、知識神ラムダ様も女神なので、その辺は問題ないだろう。
「そうです」
僕は断言した。
「判りました。それでは、なるべく穏便に済むように手を回しましょう」
「僕が言うのもあれですけど、良いんですか?」
「以前にも、貴方の味方をすると言いましたからね」
大司教はそう言って微笑む。
僕は感動のあまり、テーブルに手をつき、深く頭を下げた。
その日の晩、僕は夜闇に乗じて王都の軍施設に侵入し、出会った相手を片っ端から状態異常で転がしつつ、目的の装置を目指して探索を行った。
覆面は付けているし、感知抵抗スキルで鑑定も防げるから、たぶん正体はバレてないんじゃないかな? バレてないと良いな。
ラムダ様からの情報で、それが保管されている倉庫の場所は判っていたけれど、判っていても警備の人が多い。バクシースルの屋敷と違ってスキル持ちの相手も多いし、素手で対応するのは難しいから多少は魔法も使ってしまった。大きな怪我はさせていないので、たぶん大丈夫だと思いたい。
「あったあった。ラムダ様情報の通りだね」
それは、大地の下を流れる魔力の奔流、「竜脈」にプラグを繋いで、直接エネルギーを吸い出す装置。
僕が学院にいた最後の日、平民の生徒がガチャを回すため、宝玉の代わりに使ったのがこれだ。厳密には、ここから更にコードを伸ばして各教室の端末に繋いでいたらしいんだけど、とりあえずこの本体があれば十分。
袋に入れて担いで来た【拡張ストレージ】を取り出し、装置を中にしまい込む。
目的の物は手に入れたので、僕は急いで軍施設を後にした。
街中の警備が厳しくなる前に宿に戻って、そのまま就寝する。
本当はこのまま王都を出たかったんだけど、夜の間は門が閉まってるんだよね。
もし朝になって、宿が軍の人に囲まれていたりしたら、申し訳ないけどウラギール大司教の名前を出して何とかしてもらおう。
危機感知スキルの警告もないし、たぶん大丈夫だとは思うんだけど。
そして翌朝。
「全然問題なかったな……」
「ヒヒン」
僕は宿をチェックアウトし、プニ丸君と一緒に王都を出た。
昨日の騒ぎなんてなかったように、門の出入りも普段通りだ。
〈デシガ=ウラギールが対応してくれたようです〉
あ、ラムダ様。おはようございます。
やっぱり大司教のお陰ですか。
〈聖職者たるもの、あのようにあるべきですね。
貴方も例の装置の確保に成功したようで、お疲れさまでした〉
こちらはラムダ様のお陰です。早速使ってみたいので、場所の指示をお願いします。
〈はいはい、それではまず、ラビットフィールドを北上してください〉
「プニ丸君、このまま真っ直ぐ進んで」
「ヒヒン!」
青い空、風に揺れる草原。
追いすがるウサギを置き去りにして、ヤツアシトッキュウウマのプニ丸君は疾駆する。
予定は順調。ここからしばらくは、またラムダ様が付きっ切りで見てくれる。
竜脈の場所や深さなど、細かい指示をいただく必要があるからだ。
ラムダ様は仰った。
〈それでは手始めに、ラビットフィールドの竜脈が枯れるまでガチャを回しましょう〉
ですね、と僕は頷いた。
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