174. うふふ、コイは魔物かしら? それとも亜人かしら?
それから、隅々までこの地下室を見て回った。
ゴーレムやスライムといった物質系の魔物。
ゴーストやスケルトンといったアンデッド的な魔物。
植物の集められた区画もあった。何か隠れてるのかと思ったら、植物自体のためのスペースだったらしい。
コレットさんはもう一度気に入った魔物の所を見てくるということで、今は少し離れた場所にいる。
「どうだったかしら?」と微笑む魔物園の主を前に、僕は自分のギルドメニューから「図鑑」を確認する。
流石に異世界人はいなかったと思うけど、藪を突いてヘビを出すのも何だから、そこは飛ばそう。
「うーん。ムサボリオオウサギ、ヤヅノノオロチ、チノイロジゴクオオリス辺りでしょうか」
「上位種はあまり置いていないけれど、基本種と同じだから必要ないわ」
上位種は無しか……となると、えぇと。
「あ、図鑑には登録されてないですけど、ロックビーストはどうですか?」
僕が鉱山で犯罪奴隷をやってた頃に遭遇した魔物だけど、あの時はギルド証を没収されていたから、図鑑には登録されてないんだよね。
「ロックビースト? ロックビーストは魔物ね。あれはストーンビーストの上位種よ」
「へえ、そうなんですね。知らなかった」
「ストーンビーストは、上位種になるまで滅多に表に出てこないものね」
そのストーンビーストは、さっきこの魔物園で見た。
あの時に登録できなかったロックビーストが、下位種とは言え図鑑に登録できたのは、ちょっと感慨深い気がする。後でゆっくり説明文を読もう。
それはそれとして、再度図鑑の項目を確認する。
「あ、そういえば、コイっていませんでしたよね?」
蝙翼人の隠れ里、二本松家跡地の周辺の川で見かけたコイ。
あれは魚介ゾーンにもいなかった、はず。
「コイ? コイは知らないわ! どこにいるの? どんな種族なの?」
跳び上がって図鑑を覗き込んでくるので、コイの項目を開いて、目線の高さに合わせてあげた。
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■コイ
種族:コイ 平均寿命:20年
▽概要
イチボ国、テール将国周辺の山岳地帯に住む魚です。
地球のニシキゴイと似たような外見ですが、額に短い角があります。
主に滝壺でポップし、その滝を登ろうとする習性があります。登り切るとその場で産卵し、そのまま余生を穏やかに過ごします。
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「チキュー? チキューってなぁに?」
あれ。え、あ、そういえば。
何でこっちの図鑑に地球の話が。
〈ふふふ、種族によって図鑑の文面は多少変えているのです。
ほとんどはコピペですが、過去には文化的/歴史的な対立もありましたので〉
とラムダ様。
す、すごい、そんな凄まじい労力を……!
読者としてはローカライズは助かりますけど、そこまでする必要はあるんでしょうか……!?
〈ゴブリンの大半はゴブリン語しか読めませんし、多くの魔物は文字自体を使いませんからね。
まあ、ギルド登録もしないのでギルドメニューは使わないのですが、万一ということもあります〉
そう言われると、魔物版の図鑑の文面とか見てみたくなりますけど、その話は後にしましょう。
「地球というのは、ええと、地域の名前です」
「そんな地域は聞いたことがないわ?」
「この大陸の外にあって……僕の出身地なので、図鑑の説明文に出たんですかね」
犯罪奴隷でなければ監禁されることもないとは思うけど、若干の不安は拭い切れない。一応「種族:異世界人」バレは避けておきたい。
「そうなの? それなら、このニシキゴイって?」
「コイの細かい分類みたいなやつです」
「ああ、人間で言う西方人間種とか南方人間種みたいなものね」
僕のふんわりした説明に、イジョーシャさんは納得してくれた様子で、その話には興味を失った。
興味を失ったというよりは、「コイ」という魔物自体に興味が戻ったようだ。
「イチボ国、テール将国周辺の、山岳地帯ね。詳しい場所はわかる?」
そう訊かれたので、大まかな位置と、
イジョーシャさんはとても喜んでいた。
「うふふ、コイは魔物かしら? それとも亜人かしら?」
「魔物か亜人かで言えば、たぶん魔物だと思いますけど」
世の中にはいろんな種族の亜人がいるけど、流石にコイは亜人じゃないと思う。
けれど、イジョーシャさんは僕の言葉に首を傾げた。
「あら、
そんな、異常性癖の極北みたいな人に見えるのかな。僕は。
「試してないです」
「だったらまだ判らないじゃない」
んんん。そうなのかな。どうなんでしょう、ラムダ様。
〈コイと人間の間で生殖を試した事例はないので、現時点の情報では判断できません。
もし子供が生まれるようなら、図鑑の内容を書き換える必要がありますね……〉
ちょっとわくわくした雰囲気が伝わってくる。
ラムダ様は知識神だから、知識に対して貪欲なんだろう。たぶん。
周辺には何がいるのかと聞かれたので、キツネやタヌキ、珍しい所でキジとか、蝙翼人の人達の屋敷があることも教える。
「キツネは魔物ね。タヌキも魔物。キジも魔物。蝙翼人は亜人ね」
弾むような声でイジョーシャさんは笑った。
地下室の魔物園を出て、再び応接間に戻り、本題を切り出す。
「魔王討伐の協力? 魔王は神ね」
イジョーシャさんはそう言って目を閉じ、黙考する。
「其方はドラゴン饅頭もくれたし、コイの情報もくれたわ。お話も楽しかったし」
呟くようにそう言って、
「喜んで協力するわ」
と微笑んだ。
「ありがとうございます!」
「ありがとうございますですワン」
「魔王はこのままだと大陸を滅ぼすでしょうし、きっと余の魔物園もなくなるでしょうね。
死んだ魔物や亜人はどこかで
すごい……話がスムーズに進む……。
〈これこそ人のあるべき姿ですね。それでは、具体的な内容を詰めて行きましょう〉
あ、そうですね。協力して欲しい、というだけでは何をするのか伝わらないですし。
ということで、僕はイジョーシャさんに、とにかく最高速で11連ガチャを回しまくって、耐性スキルと、役に立ちそうなスキルを取得して欲しい旨を伝えた。
「ガチャを回すの? ガチャを回すのは、ちょっと困るわ」
けれど、それに対する反応は、あまり芳しくない。
「どうしてです?」
「だって、ガチャを回すと【爆死】するでしょう?
余は【不死】だから死なないけれど、【爆死】したら頭が吹き飛ぶわ」
「あっ、そういえばそうですね」
メイドの人も【不死】だけど、首から上が無かったなぁ。
「やっぱり頭が吹き飛ぶのは嫌ですか?」
「知らない? 頭が吹き飛ぶと、頭が悪くなるのよ」
「え、そうなんですか」
「どういう会話ですワン……?」
コレットさんが珍しくドン引きしている。
言われてから、僕もちょっとおかしかったなとは思った。
〈確かに脳がなくなると思考力は低下しますね。研究家のイジョーシャにとっては好ましくないでしょうし、無理強いはできません〉
ラムダ様も納得しているようなので、これは仕方ないのかも知れない。
【不死】ならメイドの人もいるし、あの人は既に首から上がないから、何度爆死しても問題ないだろう。もし仲間になってくれるなら、そっちにお任せしよう。
「すみません、無理を言って」
「こちらこそごめんなさいね。それ以外なら色々と協力できるわ。
これでもお金持ちだし、長生きだから人脈だってあるのよ」
お金と人脈! 僕達に足りないやつ……!
「ありがとうございます!」
「ありがとうございますですワン」
そういう訳で僕達は、イジョーシャさんから、この国の枢機卿の1人――つまり、すごい偉い人を紹介してもらえることになった。
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