172. お土産って、そこの犬人? 犬人は亜人ね
聖都の正面から見て聖城の裏側、お城の影で日陰になる区画。
【不死】スキル保有者のイジョーシャさんという人が、この辺りに住んでいるらしい。
「今日の人は大丈夫ですワン?」
「昨日の失敗を踏まえて、今日は手土産も用意したからね」
コレットさんの疑問には、予測できない未来の事には触れず、端的な事実だけを答える。
本当にまったく知らない人なので、反応の予想もできないし。
「ラムダ様。イジョーシャさんというのは、どういう人なんでしょう。
分け隔てなく人々を愛し、平和を望み、己の身を削ってでも世界を救おうという正義感に満ち溢れてる人とかです?」
〈ではないですね〉
なら大丈夫じゃないかも。
〈ああしかし、分け隔てなく人々を愛し、は該当するかも知れません。
人々をというか、人族も魔物も含む、全ての種族をですが〉
「魔物も好きなんですワン?」
〈そうですよ。かつては魔物研究の第一人者として、大陸中に名を馳せた研究家ですからね〉
「へええ、有名人なんですね」
「すごいですワン」
【不死】スキルで寿命が無いから、知の探究に向かった的な感じかな。
かつては、と言うことは今は隠居してるのかもだけど。
ラムダ様の案内でやってきた建物は、そんな有名人が住んでいるとは思えない、廃墟のような洋館だった。とはいえ造り自体は立派だし、建物も結構大きいから、元は立派なお屋敷だったんだろう。
壁の色は薄汚れて元の色がわからないけど、たぶん緑系。その壁の半分程までを覆うようにツタが這い、全ての窓は閉じたまま、遮光性の高いカーテンが閉まっていた。
低い塀の内側に庭らしい面積はなく、敷地ギリギリまで建物で占められている。
「ここで合ってます?」
〈はい。今は在宅中ですので、呼び鈴を鳴らせば出てきますよ〉
「この紐ですワン? 私がやりますですワン」
コレットさんが玄関ドアの横に垂れた紐を引っ張ると、高い位置にあるベルがカラコロと鳴った。
「はぁーい! お待ちくださぁい!」
ドア脇の伝声管から、呼出に答える声。
少し待つとドアが開き、
「あらあら、どちら様?」
思っていたより低い位置から声がした。
「わふ? 子供ですワン?」
声の主は小柄なコレットさんの腰ほどまでの背丈しかない。
幼稚園児……か、下手すると、それよりも幼く見える。
その表情と仕草を見なければ、だけど。
「うふふ。こう見えても、
〈イジョーシャは生まれ付き【不死】スキルの持ち主なので、元々の身体の成長は、生まれた時点で止まっているのです。色々と足したり混ぜたりして、今の状態まで疑似成長はしていますが〉
「まあ、折角来てくれたのだから、上がって頂戴。お茶を用意するわね」
副音声の解説が不穏なんですけど。
玄関で迎えてくれたのは勿論、家主のイジョーシャさんだ。
生まれつき
昨日晩に宿で面接の練習をしたのに、肝心のイジョーシャさんの性格や好み、趣味や経歴などを、何1つ聞いていなかったんだよね。何か忘れてると思った……。
〈「わふ!? そう言えばそうでしたワン!」〉
今のって、コレットさんの心の声ですか?
〈はい。そして私の心の声でもあります〉
よし、ここからみんなで巻き返しましょう。
案内されたのは応接間? リビング? とにかく、ソファとローテーブルのある、居心地の良い部屋だ。
僕とコレットさんの座るソファの向かい側、炎熱魔法でお湯を沸かしながらニコニコ笑っているイジョーシャさんは、見た目は確かに幼児だけど立居振舞は間違いなく大人のそれだ。
種族は、何だろう。見てもよくわからないけど、何かの混血っぽい。
〈いえ、イジョーシャの種族は人間ですよ〉
え、でも何か、耳とかいっぱいありますよ。人間っぽい耳、エルフっぽい耳、イヌ耳かネコ耳みたいなやつに、ウサ耳、マーメイドっぽい
尻尾も何本もあるし、翼も有翼人風の、蝙翼人風の、フェアリー風の、と他にも色々あるし。
〈他にも触覚や鱗、角も5本ありますね。
「ぐちゃぐちゃに混ざった変な臭いがしますですワン」〉
たまにコレットさんの物真似が入るの、笑っちゃいそうになって危ないな。
〈「私も昨日、お兄さんの物真似で何回か笑っちゃいましたですワン」
……んんっ、物真似の是非はともかくとして……先程も言った通り、イジョーシャは色々と足したり混ぜたりして今の身体になっています。大陸中のほとんどの亜人の生体組織が、彼女の身体には含まれているのです。
「よく判らないけどすごそうですワン」〉
耳をいっぱいつける意図はよく判りませんが、確かに凄いですね。
「はいどうぞ、まずは召し上がれ」
イジョーシャさんは6本の腕を器用に使って、3人分のお茶とお菓子を流れるように用意する。
僕とコレットさんはお礼を言って、お茶に口をつけた。
紅茶の味の細かい違いはよく判らないけど、深い香りと
あ、そうだ。
「すみません、最初にお渡しするのを忘れていたのですが、お土産がありまして」
挨拶さえする前に応接間に案内されてしまったので、うっかり忘れる所だった。
「お土産って、そこの
「ではないです」
「亜人よ?」
「亜人ですが、お土産ではないです」
お店、というか神殿のロゴの入った紙袋。
ソファの後ろに置いていたのを取って、袋から出して手渡す。
聖都名物、ドラゴン饅頭だ。
聖都の住民に渡す物でもないかなと思ったけど、デフォルメされたドラゴンの形をコレットさんが気に入り、ラムダ様情報でもイジョーシャさんはこれを食べたことがなく、恐らく気に入るだろうとの話だった。
「あら、ドラゴン? ドラゴンは亜人ね」
嬉しそうに受け取ってくれたので、お土産の選択は正解だったらしい。
多少は好感度も上がったんじゃないだろうか。
僕の好感度上昇スキルは現在+13%の補正がかかるけど、13%ってどれくらいなのかな。
「素敵なお土産をありがとう。お礼に、お茶の後で
〈「喜んでくれたみたいですワン。良かったですワン!」
宝物も見てあげると喜びますよ。本題に入るのは、その後が良さそうですね〉
なるほど、判りました。
ということで、ひとまず僕達は紅茶とお茶菓子、ドラゴン饅頭を美味しくいただいた。
ドラゴン饅頭も意外と紅茶によく合った。
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