150. 俺は今から消えますので、彼のことは君に任せます

「随分人が増えましたですワン?」

「ね。荷物ありがとう」


 門から少し離れた壁を飛び越え、町の外に出た辺りでコレットさんと合流した。

 蝙翼人の人は体調の悪い人でもちょっとくらい飛べるし、僕も壁越え程度なら、念動力の応用による多段ジャンプで何とかなる。

 門番の人は門の内側に隣接した横の小屋みたいな所にいるので、外に出てしまえば問題ない。


 蝙翼人の人達は一応、収容所から食べ物や武器、お金なんかも適当に貰ってきたみたいだけど、そんなに長旅になる予定もない。後は国境線の長城を同じように飛び越えれば、晴れて国外脱出成功だ。


〈お疲れ様です。君にも色々と迷惑をかけましたが、ご協力ありがとうございました〉


 二本松さんがそう言って頭を下げる。

 亡霊なのによく眠る二本松さんが、今日は珍しくずっと起きていたなぁ。

 キリもついたので、そろそろお休みですか?


〈そうですね。俺もそろそろ休んでも良いでしょう〉


 いつも割と自由なタイミングで休んでる気もしますが。

 と僕が笑うと、二本松さんは左右に首を振った。


〈初めは、攫われた一族の状況を知りたいと思ったつもりでしたが、それを知っても未練は消えませんでした。ということは結局俺の未練は、攫われた一族を助けたい、ということだったんでしょう。

 君のお陰で、身内の生き残りを助け出すことができました〉


 ……ああ、そうですね。そうでした。

 目と鼻の先にある国境を越えてしまえば、二本松さんの未練は完全になくなって、そのまま昇天してしまうんですね。


〈いや、もう今昇天しそうですね〉


 えっ。

 あ、ほんとだ、何か輪郭がキラキラ光りながら崩れ始めてる!

 ちょ、ちょっと早くないですか! 国に帰るまでが密入国ですよ!


〈君がいたお陰で、お世話になった所長の命も救えたし、死んだ後もその義手の開発に携われたのも良い思い出です〉


 どういたしまして。

 あの、でもちょっと弟さん呼びますね!


「弟さん! 弟さん、急いでください! お兄さんが昇天しそうです!」

「昇天? とは一体……あ、兄上! 身体が崩れてますよ!」


 体調の悪そうな人達の様子を窺っていた弟さんは、昇天中の二本松さんを見て、慌ててこちらに駆け寄ってきた。


「未練がなくなった亡霊は、こうして光の粉になって昇天するんです!

 二本松さん! もう時間がないので、最後に何かお別れの挨拶とか、遺言とかありますか!」

〈こいつに言うことは特にないですね〉

「兄上……ッ!?」


 弟さんがショックを受けた顔をしてから、僕の方に困惑した視線を送って来る。

 特にないって言っても、もう呼んでしまったので、何か1つくらいないですかね……!


〈ああ、そうです。1つありました〉

「は、はい! 何でしょう!」


 良かった!


 安堵する僕と弟さんに向けて、二本松さんは言った。


〈ここにいる彼は、俺の友人であり、俺やお前を含めた一族の恩人です〉

「はい」


 2人の視線がこちらに向く。


〈そして、女神オメガ様から魔王討伐の使命を受けた使徒でもあります〉

「なっ……そんな……ッ」

〈どうやら事実のようです〉


 女神の使徒、と言われると何か引っ掛かりがあるけど、大体その通りではあるのかな。でも何故今そんな話をするんだろう。

 僕は亡霊が見えないせいで、ぼんやりとしか状況の判っていないコレットさんの顎を、わしゃわしゃと掻き撫でる。コレットさんはこちらを見上げ、ちょっと嫌そうな顔をした。


〈お前は神話にも詳しいでしょう。落ち着いたら、お前や一族が持っている魔王に関する知識や情報の全てを、余すことなく分け与えてやりなさい〉

「い、一族の秘伝もですか!?」

〈世界の危機であり、恩人のためです〉


 弟さんは二本松さんの言葉に驚いていたけど、実を言うと、僕も結構驚いていた。

 二本松さんが世界の危機のために何かをするのが意外だったというのもあるし、神話について以前僕が尋ねたことを覚えていたのにも、少しびっくりした。


〈世界の危機の方は、まあ建前ですが〉


 そう付け足して、無表情に頬を掻く。

 いきなり僕の内心の声に返事をしたので、弟さんはちょっと変な顔をしてたけど。


〈それと、叔父上にも伝言があります。あの瓢箪を渡してください〉

「はい……」


 二本松さんの身体はもう半分以上消えている。

 弟さんが叔父さんに瓢箪を渡して装備してもらうと、二本松さんは、弟さんに言ったのと同じことを叔父さんにも頼んでいた。


「わかった。後のことは任せてくれ」

〈宜しくお願いします〉


 何で同じこと2人に言ったんです?


〈弟はその辺あまり信頼できませんので〉


 本人に聞こえてなくて良かったですよ。


〈それと叔父上、その瓢箪を犬人ライカンの子にも渡してくれませんか〉


 既に胸までが消えてしまった二本松さんがそう言い、叔父さんは瓢箪をコレットさんに渡す。

 何だかわからないままのコレットさんが、瓢箪から伸びる紐を左手に巻き付けて装備した。


「わふ!? 首が浮いてますですワン!?」


 確かにこのタイミングで見ちゃうと、そうなるなぁ。


「二本松さんだよ。亡霊の。生きてる時にも一応会ったでしょ?」


 すぐ爆死したけど。

 言われて一瞬首を傾げたコレットさんだったけど、「ラボで会った、目が怖くない研究員の人。ほら、胴上げ中に爆死した」という説明で完全に思い出したらしい。

 むしろ、今まで僕とコレットさんの会話中に出て来た「二本松さん」というのは誰のことだと思ってたんだろうか。


 顎から上しか残っていない二本松さんは、早口でこう言った。


〈俺は今から消えますので、彼のことは君に任せます〉


 コレットさんはちょっと首を傾げてから、頷いた。


「それは、もちろんですワン」


 返事を聞いた二本松さんは既に口まで光の粒になって散っていたけれど、目だけで薄く微笑んで……そのまま完全に消えてしまった。



 コレットさんが瓢箪を弟さんに返してから、1分程かな、僕はその場で黙祷していた。

 蝙翼人の人達がそろそろ移動するというので、僕とコレットさんも歩き始める。

 国境を越えて落ち着いたら、魔王についての情報を聞かせてもらうことになった。ので、まだしばらくは彼らと同行することになる。


 集団から少し離れた位置で、圧力魔法を使った反響定位エコーロケーションの受信を練習しながら歩く。

 二本松さんがこっそり教えてくれた説明によれば、自分の魔法で張った圧力の膜が音によって揺らぐのを感知する、とかそういう話らしい。蝙翼人の人達は感覚で使えるらしいけど、僕も魔力感知スキルと組み合わせれば何とかなりそうだ。

 あとは、どの揺らぎがどういう意味を持つのか覚えないと駄目なんだけど。


 んんー……この、前方だけにある横に長い感じのやつは、国境の壁だろうな。

 壁と僕達の間にいる蝙翼人の人達の集団も何となくわかる。弟さんと捕まってた人達、合わせて11人。

 その少し向こうに、何か障害物? みたいなのが2つある……のかな? 暗くて見えないけど。


 風向きが変わり、向かい風になった。


「あっ、この間の人ですワン」


 コレットさんが鼻を鳴らして呟く。


「貴様ら……何者だ!」


 足を止めた集団の先頭辺りから、弟さんの誰何すいかの声が響いた。

 やっぱり誰かいたのか。


「もう1人は、この間の人じゃないですワン?」

「この間って、誰のこと?」


 それは当然、1人がその人なら、もう1人は違う人だろうけど。

 ……あー。2人組だった、ということかも。


 ぼわり、と前方で魔法の炎が浮かび、2人分の人影が露わになった。


 1人は見覚えがあるような、ないような。

 薄暗いし、顔も白塗りだから若干怪しいけど、2なんて組み合わせは他に知らない。


「おほほほほ、ようおこしやす! 薄汚いコウモリ共が夜中に地べたをお散歩どすかぁ?」


 聞いたことがあるような声だし、やっぱり、力士と一緒に町を破壊したり、子供を誘拐したりしてた、あの芸者だろう。

 でももう1人は明らかに力士じゃないな?

 どっちかと言えば行司さんっぽい格好……というか、行司さんでもないな。何だこの人。


死死死死死シシシシシ……ッ! お前らァ反逆者か? 反逆者だなァ……」


 自動翻訳の効果で、僕にはこの人が「死」という漢字を重ねて笑い声にしている、ちょっとやばい人だというのが判ってしまう。


「貴様らッ、武士山の追っ手か!」

死死死死シシシシ……武士山だァ?

 あんなモンと一緒にするたァ不敬だなァ……不敬罪だなァ?」

「おほほほほ! 不敬罪は死刑どすなぁ!」


 弟さんの言葉に、2人はそんな風に笑ってみせた。

 あれ、でも芸者の方は武士山家の関係者じゃなかったっけ。

 やっぱり人違いかも。コレットさんに確認しようかな。


 と思ってたら、わりと好戦的な弟さんが刀を抜く。


「こちらも弱っているとは言え、所詮は女2人!

 夜の屋外で蝙翼人に敵うと思うなよ、返り討ちにしてやる!!」


 その言葉に反応して、他の蝙翼人の人達も次々に構えた。

 コレットさんも竹刀を抜き、僕も杖を構えようとした所で。


『危険! 危険! このまま戦闘に入ると30秒後に死にます!!』


 危機感知スキルの警報が、頭の中で鳴り響く。

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