149. それは問題ありません、叔父上。警備はもう、1人もいないはずです

 数室に分かれた地下牢には、体調の悪そうな蝙翼人の人達が収容されている。

 黙り込んだまま警戒している様子だったけれど、牢の外にあった行燈を灯して明るくなると、弟さんの顔を確認できたらしい。


 こちらから見た所、総じてかなり痩せているし、顔色も良くない。着ている物はそれなりに清潔そうだけど、この世界の生き物は新陳代謝が少ないため、屋内に引き籠ってたらそんなに汚れないので、特筆すべきことでは無い気もするな。


「……む……?」

「……ぐ……お、お前……は……」

「………おお……まさか、本家の……!」

「……仕衛つかえ君……? 助けにきてくれたの……?」

「………ゼェ……ゼェ……仕衛だと? 何故、ここにいる………ゼェ……見張りはどうした……」


 口々に色々尋ねてくるのに対し、話は後でと言うことにした。僕と弟さんは手分けして牢と枷の鍵を外し、ひとまず彼らを見張り役の人達が休憩所にしていた六畳間に連れて行き、そこで休んでもらう。

 全部でちょうど10人、初対面の人間(っぽい種族)な僕に不信感を持つ人もいる。けど、動けない人を抱えて運んだりしている内に、そういう空気も薄れていったように思う。

 休憩所には飲み水と軽食も置いてあるので、必要に応じて飲食してもらい、まずは一息。

 捕まっていたおじさんの1人が代表して質問し、弟さんがそれに答える流れになった。


「色々と聞きたいことはあるが……こんなにのんびりとしていて良いのか?

 早く逃げねば、警備の連中に気付かれ、増援も来るぞ」


 当然の疑問だとは思う。


「それは問題ありません、叔父上。警備はもう、1人もいないはずです」


 それに対する弟さんの答えの方は、まあまあ不思議な回答だとも思う。

 確かに、その通りにはなってしまったんだけど。



 本当、全然見つからなかったんだよ。地下牢。だって地下にあるので。

 というか、地下にあると思ってなかったので。


 地上を大体全て周り、2周し、3周目で集中力の途切れた弟さんが逆にちょいちょい見張りに見つかり、仕方なく僕が転がして弟さんが仕留めて。

 それを繰り返す内に何かテンションが上がって来たのか、非戦闘員の研究員っぽい人達も寝ている間に、話も聞く前に、弟さんが全滅させて。弟さんに殺されて憑依した亡霊の人(※現在は滅され済)から地下牢の場所を聞けなかったら危ない所だった。

 まさか、中庭にポツンとある物置小屋みたいなのが、地下牢の入り口だったとは……。


 そんな諸々で、ここに来るまで3時間くらいかかったんじゃないかな。

 牢や枷の鍵とか飲食物は、その探索の合間に見つけたものだ。


「な、なるほど……」


 と、蝙翼人の人達も皆殺しパートには若干引いていたけど、これまで自分達を苦しめて来た仇だということもあり、それほど抵抗はないらしい。

 弟さんの説明で直近の危険がないらしいと判って、今まで緊張していた何人かも身体の力を抜いたようだ。体調の悪そうな人は畳にうつぶせになっている。背中に翼があるからかな。

 流石にここで寝てしまうのは困るけど、この後はそのまま国外逃亡の予定だから、動ける程度には休んでは欲しい。



 話が一区切りついた所で、弟さんが切り出す。


「今度はこちらから質問ですが……ここには一族の者でない方もいるようですが、一族の他の者は?」


 和やかになりかけていた空気が、どんより暗くなるのを感じた。


〈むしろ、予想よりは多く生き残っていた方でしょう〉


 地下牢からずっと黙っていた二本松さんが、小さく呟く。

 それを聞いて弟さんも項垂うなだれた。聞いた本人も判っていたとは思うけど、一応確認だけはしておきたかったんだろう。ご親戚が亡くなったんだし、「たぶん死んだんだろうな」で曖昧にする訳にもいかない。


「……いや、答えづらいことを訊いてすみません。

 それでは、もう少し休んだらここを出て、そのまま国境を越えましょう」


 弟さんはそう言って話を打ち切ると、瞑目し、黙り込んだ。


 そのまま、部屋の中を重い沈黙が支配した。



 んん。



 あれ。



 あの、僕の話は?

 これ僕今、何でここにいるのって感じになってない?


〈なってますね〉


 やっぱり!

 部屋の反対側で休んでる人達も、こっちの方をちらちら見てますしね!

 でもこれ僕から挙手する感じでいいのかな……?


 とか考えていると、代表者の人(二本松兄弟の叔父さんらしい)とも目が合ってしまった。先方も、ちょっと困ったような表情をしている。僕もだと思うけど。


「ところで仕衛。そちらの方は?

 見た所、お前に協力してくださっているようだが……」


 と、二本松さんの叔父さんが気を利かせて、弟さんに尋ねてくれた。

 良かった。このまま紹介されない流れかと思ったよ。


「……あっ、そうです。あー……おい貴様」


 ちょいちょいと弟さんに手招きされたので、立ち上がってこちらから近寄り、会釈する。


「初めまして。二本松さんの、あ、お兄さんの方の依頼で来た者です」


 二本松さんが多くて判りにくい。

 というか、この場にいる人の大半は同じ一族だから、大体みんな二本松さんなんだろうけど。


「兄……つまり、仕衛ではなく天道てんとうの? あやつも生き延びていたか」


 二本松さんの叔父さんは震える声で、小さく呟いた。

 叔父さんだけでなく、少し離れた場所で休んでいた人達の中にも、こちらを興味深げに窺っている人がいる。けども、うーん。


「あ、いえ、えーと、生き延びて……はいたんですが、今は何というか……。

 そうだ弟さん。あの瓢箪を貸してあげてください。対霊特効スキルついてるやつ」

「あ、ああ、そうだな。叔父上、こちらを装備してください」


 弟さんが叔父さんに瓢箪を渡すと、叔父さんは訝しげにしながらも、瓢箪ストラップの紐部分を腰帯に引っ掛ける。

 眉根を寄せたまま顔を上げ、僕と弟さんの方を見て訊いた。


「これが何……だ………とォッ!?」


 というか、訊こうとして、亡霊の二本松さんと、目が合ったみたいだ。


〈良かったです。このまま紹介されない流れかと思ってました〉


 二本松さんは、僕と叔父さんにしか聞こえていない声でそう言った。

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