141. ◆武神

 シュガーフィールドの町の中央に聳えるシュガーフィールド城は、町の端から徒歩15分、築数千年とも言われる2階建て石造建築だった。天守閣と呼ばれる母屋の屋根にはサトウキビをかたどった瓦が並び、町のシンボルとして地元住民に愛されている。

 国内の他都市から訪れる観光客からは「ガッカリ名所」等と呼ばれることもあるが、その儚さや無常感を解する者こそがまことの風流人であるとも言われている。そもそも、シュガーフィールド城の魅力は外観よりも内装、屋内に漂う空気――音や香りも含めた空間こそが真髄であり、内部に入ったことのない者は、シュガーフィールド城への観光で得られた体験の8割を無駄にしていると言って過言ではない。


 とはいえ、シュガーフィールド城はこの町を治める大名の居城であり、鎖国中とは言え名目上は他国からの侵略に対抗する軍事施設でもあるため、一般人が中に入る機会は年に5度の特別開帳の時期だけなのだが。


 そのシュガーフィールド城天守閣2階――武神の間と呼ばれる部屋。重要な会議等に使われるその部屋に、ほんの数分前までは5人の人影があった。

 一段高い上段の間に座っていた大名、武士山直徂ぶしやま すぐしぬ

 部屋の左右に控えていた、武士山4人衆の侍、網芯照蔵もうしん でるぞうと、同じく忍者のお藻撫もぶ

 部屋の入口側で平伏していた、力士の血乃海月郎ちいのうみ つくろうと芸者のこもだ。


 そして、その5人に囲まれた部屋の中央。生活動線を考えず、利便性を無視した位置には、土台に固定された黄金像が飾られていた。6本の腕を持つ戦士の姿。この部屋、武神の間の名の由来でもある武神像だ。



 テール将国における武士は、元を辿れば貴族の私兵であった。現在は支配階級として統治や内政等も行ってはいるものの、結局の所は看板頼りの商売であり、舐められたら負けという観念が根強く染み付いている。武士山家は(この世界の平均から見れば)庶民に愛される統治者として成功している。しかし、武士山4人衆の綱紀粛正担当である血乃海、こも乃に命じ、定期的に町を破壊させていたのも武士山家だ。

 武士たる者、庶民に舐められてはならじ。怪しげな覆面男に敗れて攫った子供を取り返され、その鉄則を破った2人が腹を切らされるのは当然のことであり、まず、血乃海は自ら進んでその腹を切った。


 力士は腹の肉が厚いことから、切腹をすることは珍しい。特に、横綱にまで上り詰めた力士が切腹に追い込まれる事態は極めて稀だ。テール将国全土で見ても、50年に1度あるかどうか。

 シュガーフィールド城においては少なくとも、この武神の間が作られて以来、初めてではあった。


 武神像の前で切腹した血乃海は、その高い体力値のお陰ですぐには死なず、延々と血を噴き出し続けた。 

 武神像はその血を延々と浴び続けた。



 ところで、この武神像という物は、遥か古代の人族が、当時の刑罰によって封印刑に処された成れの果てである。

 封印システムは肉体の状態を固定したまま長期保存するための機能だ。対象から生命エネルギーを剥奪した状態で、専用のアイテムによって時空間的に密封する。


 元々は面倒臭い相手を黙らせるために開発されたのだが、仕組みの都合上肉体だけを固定してしまうため、精神と霊魂は封印状態でもそのまま活動し続けるという仕様バグがある。

 また、封印自体が永久的なものではなく、時間経過で封が劣化して封印が解けるという問題もある。

 更には、後から封印を解凍するための手段が用意されていたものの、とある事情からこの解凍手段の実現がかなり非現実的(あるいは非効率的)な物になってしまった。

 どの立場から見ても欠陥だらけのシステムだ。



 今回は、偶然「封印対象と同等以上の生命エネルギーを含んだ血液に長時間浸す」という解凍手段が成立し、封印が解除された。人体から離れた血は死亡判定を受けてすぐに消失するものの、血乃海からは常に新鮮な血流が噴き出し、血中の生命エネルギーは武神像に余すことなく吸収されたのだ。


 それでも封印対象がただの人族であれば、ほんの数百年程度で精神が摩耗しており死に至るため、数千年は封印されていた武神像が解凍されようが、特に問題はなかったのだろう。ただ、この武神像の元になった人族の女は、封印された時点で既に狂っていたのが問題だった。


 まずは目に付いた大名を殺した。


 それから、逆上して襲い掛かってきた侍と忍者を返り討ちにした。


 その後、咄嗟に這いつくばって下駄を舐め忠誠を誓った芸者を連れて、シュガーフィールド城の占拠と、テール将国の簒奪、大陸中の征服へと乗り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る