142. 前方6、後方7、上方10

「戻りましたー」

「ようお戻りやす」


 散歩からレジスタンス浪人の人達の屋敷に戻ると、玄関先で掃除をしていた芸者女中の人(※芸者の武術を修めた女中さん)に鉢合わせた。この人達も決起の際は戦闘要員になるんだそうだ。

 そういえば「女中」という言葉は差別用語だという話があったけど、あれの代替語は何だったかな。確か「もうちょっと他に言い方無いの?」と思った覚えがある。

 僕は会釈だけして玄関を通り過ぎ、廊下を進んで庭に面した座敷に向かった。


 庭先ではコレットさんが竹刀を素振りしている。

 剣術のプロである侍の人達からも、筋が良いと褒められたそうだ。


 僕はそれを横目に、皆で広げた図面を囲んでいるレジスタンス浪人の人達の所へ歩み寄る。

 囲んだ図面はどこかの家の間取りのようだけど、不動産広告にしてはサイズが大きいな……と思ったら、よく見ると「シュガーフィールド城ノ見取図」とタイトルが付いていた。

 見た感じ2階建ての民家っぽいんだけど、この町のお城ってこんななの?


〈ああ。まだやる気なんですね、下克上〉


 空中から覗き込んでいた二本松さんが言う。

 そうみたいですね。ひょっとして、まだ聞いてないんでしょうか。大名が死んだ話。


〈そりゃ聞いてるでしょう。この屋敷には諜報のプロ、忍者もいるんですよ〉


 ええっ、忍者いたんですか!?

 昨日一昨日、2泊したけど影も形も見てないですよ?


〈屋根裏に10人くらいいましたが〉


 思ったよりいますね……。

 僕は衝撃の事実に震えつつも、それを表に出さずに侍の人達に声をかける。


「お疲れ様です」


 ばばっ、と7対の視線がこちらを向いた。


「おお先生。よく戻られたでござる。

 ちょうど今、城への侵攻ルートを策定していたでござるよ」


 リーダーっぽい人がわざわざ立ち上がって返事をくれる。

 この2泊3日、僕は何かしらの言質を取られないようにのらりくらりと話を聞いていただけなんだけど、どうもこの人達の中では、僕も襲撃メンバーに加えられているらしい。もしかすると、コレットさんも猟犬的なポジションで加えているかもしれない。


「さっき表で瓦版もらったんですけど、なんか大名亡くなったみたいですね」

「そのようでござるな」

「悪の大名は勝手に滅んだようなので、もう別に襲撃とかしなくても良いんじゃないですか?」

「ふむ。しかし武士山家には7歳の嫡男、武士山直哭ぶしやま すぐなくがいるのでござるよ。

 悪の血を継いだ悪しき後継者がシュガーフィールドの町を治めることは許されぬのでござる」


 一応聞いてみたけど、中止にする予定はないらしい。


「標的の戦闘能力が低い分、仕事が楽になったでござるな!」


 すごい良い笑顔でそんなことを言う。


 こんなに夢と希望に溢れた感じの人に対して申し訳ない気もするんだけど、僕は仕方なく、こちらの要件を伝えることにした。


「申し訳ないんですが、やっぱり僕達はその下克上には協力できません。短い間でしたが、お世話になりました」


 一息に言い切り、頭を下げた。


 そのまま2秒。


 顔を上げると、見取り図を囲んでいた侍の人達が、驚愕の様相でこちらを凝視したまま固まっている。

 ……そんな驚くことかな。いや、そもそもこれ僕協力する理由も名分もないでしょ。

 単に、生殺与奪を握られてたから大人しく付いて来ただけだからね。


「さ……左様でござるか……」


 リーダーの人は取り繕うようにそう言い、


「それは仕方のないことでござるな……。

 残念ではござるが、今回はたまたまご縁が無かったのでござる。

 先生の今後のご多幸、ご健勝をお祈り申し上げるでござるよ」


 早口で付け足した。


『嘘! 嘘! 嘘です! ご多幸、ご健勝はお祈り申し上げていません!』


 そして、嘘感知スキルが発動した。


 ……うーん。


〈何かあったんですか〉


 嘘感知スキルが発動して、ご多幸ご健勝はお祈りされてないらしくて。


〈それはまあ、計画を知った部外者ですから、闇討ちくらいされるのでは〉


 えええ。嫌だなぁ。


 実を言うと、さっき外で隠れてガチャを回して来たんだけど、【切断耐性:下級】が出て、晴れて切断耐性も100%に到達したんだよね。だから、侍はもうそんなに怖くない。

 相性の悪いスキルや、スキルを封印する【封印の玉】のようなアイテムは危険だけど、警戒していれば対処はできる。


 コレットさんは生身だけど、僕が壁になるように動くか……屋外なら、コレットさん1人でも余裕で逃げ切れるかなぁ。

 前から思ってたけど、旅に出てからステータスの成長が著しいんだよね。きちんと食事で栄養取ってるからだと思う。


 たぶん大丈夫だろうけど、面倒なのは面倒だし、万が一で怪我くらいは負うかもしれない。


「念のためですが、秘密を知ったからって、僕達を殺そうとしても、そちらに被害が出るだけですよ」


 なので、駄目元で脅しをかけておくことにした。


「……………………ははは、まさかまさか」


 侍の人はしばらく硬直した後、どうにかそう絞り出す。


「先生のお力は存じてござる。あの武士山4人衆の内の2人を無傷で倒すほどのスキルでござろう。

 拙者らには先生を殺すどころか、傷一つつけることもできぬでござるよ」

『嘘! 嘘! 嘘です! 傷一つつけるどころか、殺せるとさえ思っています!』


 そして、成功率40%の嘘感知スキルが連続で発動してしまった。


〈背後はこちらで警戒しておきます〉


 すみませんけど宜しくお願いしますね。


 2日泊まった屋敷だけど、手荷物以外は宿に置いてるから、引き払うのは簡単だ。


「コレットさん、帰るよ」

「はいですワン!」


 素振りをしていたコレットさんもすぐに中断し、持ち込んだ着替えだけを寝室で回収して、それだけで準備完了だ。

 廊下を玄関に向かいながら、冒険者活動時に決めたハンドサインで「敵接近、周囲警戒」と伝えると、同じくハンドサインで「前方6、後方7、上方10」と返ってきた。多いな。全戦力でしょこれ。

 とりあえず「合図後、一旦全力逃走、隠れて戻れ」「了解」という遣り取りを加えた所で、玄関を出る。


 芸者女中の人が全員揃ってお見送りをしてくれるようだ。

 屋根からは忍者の人がたくさん降ってきた。

 僕達が出た玄関からは、侍の人達も出てくる。


 その時には既にコレットさんは全力で走って姿を消していたので、僕は右手に握り込んでいた石礫いしつぶてを背後に投げつつ、左手の魔法の杖から炎弾をばら撒いた。

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