139. 見よしィ、これが武神様のご加護! 武士山家の真の力どすッ!!
追い詰められた芸者は助けを求めるように周囲を見回すけれど、
とはいえ、相手の拠点の目の前で戦っているのだから、あまり悠長にしていれば、騒ぎを聞きつけた仲間が出てくるかもしれない。
「くぅぅ……その力、何ぞスキルを使っとりおすな!?」
2人の子供の陰に隠れた芸者には射線が通らないので、接近戦を仕掛けないといけない。
相手から目を離さないよう、じわじわとにじり寄ってゆく。
「ひいっ!? ま、待ちよし!
それ以上近寄らはると、うちのスキルが炸裂しますえ!!」
と。そんな脅しを掛けられた。
僕が反応したのを見て芸者は若干の余裕を取り戻し、べらべらと語り始める。
「お、おほほほほ! さいどす、スキルどす!
それも、皇族の血を引く超級スキルどすえ!!」
ええ? 本当かなぁ。そんな人がこんな雑魚敵みたいに出てくる?
どう思います、二本松さん。
〈血筋の真偽はともかく、皇族や王族の血なら
やっぱりデマじゃないですか……。
彼我の距離は5歩くらい。相手は子供を盾にするため、武器らしき傘は地面に置いて、扇子も懐にしまっている。
子供に何かされる前にパッと走って近付いて、パパッと殴ればおしまいですね。
では早速―――、
〈君、どうも近頃、自分の力を過信している節がありますね〉
走り出そうとした所で。二本松さんが呆れた声で呟いた。
僕は走り出そうとした体勢を元に戻す。
「な、何どす! フェイントどすか!
最後の手段を使いそうになってまったやあらしまへんか!!」
びくりと震えて止まった芸者は、確かに子供の1人を放り出し、懐から巾着袋を取り出した所だった。
何だろうあれ。最後の手段というのも気になる。
でも、今は二本松さんの話の方が気になるな。
どういうお話でしょうか。
〈皇族の家系なら生まれ持つのは確かに
それは、はい。ありますけど。
〈それに、さっきの力士もこの芸者も、決して雑魚敵なんかではないですよ。
将国を代表する戦闘職。それも、大名お抱えの幹部です。
スキルを持っていないと考える方が異常です〉
言われてみれば、確かにそんな気もしますね。
〈仮に、さっきの力士が耐性貫通スキルの、そうですね、中級程度でしょうか。
それを持っていたら。君は初撃で死んでいたかもしれませんよ〉
……そう言われて。
僕はようやく自分の慢心を自覚した。
えええ。
本当だよ。
死ぬ所だったじゃないか、僕。
危機感知スキルは40%でしか発動しないし、死の危険が必ず事前に警告されるという訳でもない。
何でこんなに危機感がなくなってたんだろうか。
〈対人特効スキルでも耐性とは関係なくダメージが入るので、やはり死にますね〉
そうですね、はい、すみません、ありがとうございます。
〈わかれば良いです〉
わああ、怖い怖い怖い。死ぬ前に気付けたのは運が良かったな。
多少強くなったと言っても、自分がまだまだ弱いことは自覚してたつもりだったのに。
僕は芸者を最大限警戒し……ても、特に出来ることは増えないなぁ。一旦逃げるという手もあるけど、状況は割とこっちに有利だし。
既に戦闘状態に入った以上、可能な限りはここで相手の数を減らしておきたい。次に遭遇するとしたら、相手の拠点の中、敵に囲まれた状態になるわけだし。
〈知らない子供が囚われているし、ですか。
危険を自覚してやるなら俺は口を挟みませんが。好きにしてください〉
了解です、と心の中で頷いた。
遠距離攻撃にせよ、近距離にせよ、まずは芸者が子供を掲げ構えていない側へ回り込んで……んん。
改めて考えると、さっきこの人、両手に子供を1人ずつ持ち上げて盾にしてたの?
見た感じ細腕なのに、腕力凄くない? 芸者ってそんなもんなの? 戦闘職すぎるでしょ。
警戒を強めて見れば、スルーしていた相手の強さも見えてくるぞ。
他に何か、見落としてたことはないかな。
傘で魔法を弾いたこととか。
芸者なのに文句1つ言わず相撲の行司役をしてくれた、付き合いの良さとか。
あと何だっけ……巾着袋?
『危険! 危険! このまま10秒間何もしないと人質が死にます!!』
危機感知スキルの鳴らす警告を聞いて、僕は反射的に駆け出していた。
それとほとんど同時に、芸者は再度懐から巾着袋を引きずり出す。
「あああああ………もう無理……もう無理どす!
高く振りかぶられた巾着袋を見て、倒れていた力士が俄かに焦り始めた。
「……! お、おい芸者! 何をしとるでゴワス!!」
「おほほ、おほほほほ……武士山4人衆に敗北は許されおへん……最後の手段どすッ!」
杖を構えて狙いをつける。
芸者は子供を高く吊り上げて巾着袋を庇った。
「やめるでゴワス! オイドンも巻き込まれ……」
「
見よしィ、これが武神様のご加護! 武士山家の真の力どすッ!!」
そうして、芸者は地面に巾着袋を叩きつけた。
直後、紫色の煙が爆発的に広がり視界を覆う。
「グワアアアアアアッ!!? あがががががが」
力士の野太い悲鳴。
それに紛れて、「うがあああああ」「うぐっ……おごごごご!?」という子供の悲鳴。
「おほほほほほ! どうどす!? ゾウも2秒で
この中では【毒耐性:超級】スキルを持ったうちで無ければ耐えられおへん!!」
……これはやばい。
えっ、耐性スキル持ちってこんな戦い方するの……?
〈真の力が毒ガスとか、武神とかいうやつ頭おかしいでしょう〉
いや、そんなこと言ってる場合じゃないですよ!
毒耐性が100%の僕も特に問題はないんだけど、子供の命が危ない。
「お、お屋敷の方に毒煙は……ほ、大事おへんどすな。
さて、ほならあの刺客はんにも止めを……ぐえっ!? きゅぅ……」
手探りで捕まえた芸者を2発殴って転がし、また手探りで探した子供2人を引きずって、煙の範囲から離れた。
手持ちの下級回復薬2本と、常備薬として持っていた解毒草、解熱草を飲ませてみたけれど、子供達の意識は戻らない。
〈まずは落ち着いて治療できる場所を探すべきでしょうね〉
宿に戻りましょうか? でも、明らかに顔色が悪く意識もない子供を連れて大通りを歩いたら、普通に通報されますかね。今国家権力に敵対してるので、通報はまずいかも知れません。
〈親がいるなら家に返せば良いのでは?〉
あっ、そうですね。なら急いでこの子達の家、さっきのお店の方に行きましょう。
通報されたら、子供をその場に放置して逃げましょう。
〈確実に通報はされるので、覆面は取らない方がいいですよ〉
ご忠告ありがとうございます。
そうと決まれば早速移動だ。
さっきは緊急事態だから引き摺って逃げて来たけど、そのせいで着物が破れたり土で汚れたり、ボロボロになってしまっている。
僕は苦しそうに呻く子供を両脇に抱えて、どうにか立ち上がった。
子供とは言え、意識の無い人を2人持ち上げるとか、ちょっとつらい。
さっきの芸者は軽々と持ち上げてたのに。これを大通りまで運んで、通報されたら疲れていてもダッシュで逃げるのか……。
〈頑張ってください〉
気の無い応援を背に、僕は気合を入れて歩き始めた。
違うな。
歩き始めようとした、の方が正しいかもしれない。
「待たれよ、そこの御仁」
背後から掛けられた声に子供を下ろし、杖を抜いて構えた。
視線の先にいたのは、僕を半円状に包囲する、侍らしき5人組。
……斬撃はまだ、90%カットか。
何発もは受けられないし、スキル次第では一撃で死ぬ可能性もある。
「ははは、そう警戒召されるな。
拙者はお主らの味方でござるよ」
見覚えのない侍の人が、そんなことを言う。
「どちら様です?」
僕は尋ねた。
「お主ら、武士山家の敵でござろう? しからば、拙者らの味方でござる」
答えになっていないような答えが返ってきた。
「何か御用でしょうか」
一応尋ねてみた。
「話があるので、着いて来るでござるよ。
その子供らも、拙者らの屋敷で治療をしてしんぜよう」
思う所はあるけれど、この状況で敵対しても勝ち目がなさそうなので、素直についていくことにした。
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