137. グワハハハハ! この相撲百段、天下の永世横綱こと血乃海様から金を取ろう等とするからこうなるのでゴワス!!

 お寿司屋さんを後にして、また町の中をぶらぶらと見て回る。

 情報収集なら冒険者ギルドかなと思ったんだけど、観光案内図を見る限り、この町には冒険者ギルドがないようだ。

 それに、敵対する予定の相手が町を治める大名だというので、公権に話を聞くのも難しい。


〈今日は観光で良いんじゃないですか。昨日まで長旅だったんですし〉


 依頼主とも言える二本松さんがそういうので心が揺らぐけど、今日中に手掛かりくらいは欲しい。

 欲しいは欲しいけど、手掛かりのための手掛かりも無いのが現状だ。

 本格的に動き始めたらコレットさんは留守番になるので、今日くらいは遊んでても良いのかな……と、隣を歩くコレットさんを見下ろすと、視線を感じたのか、彼女の方も不意にこちらを見上げてきた。

 顔を隠しているフードがずれそうになったので、ちょっと引っ張って整える。


「お兄さん、今は何を探してますですワン?」


 慌ててフードを自分で抑えながら、そんなことを訊いてくる。

 そういえば、ちゃんと説明してなかったっけ。


「うん? えぇと、そうだなぁ……何ヶ月か前に、この町に蝙翼人の人達が攫われて来たらしくて」

〈もう1年は超えてますね〉


 ……で、その何を探してるんでしっけ。

 言われて気付いたけど、その辺が相当ふわっとしてたなぁ。


 犯罪の証拠、ではない。犯人は判っているし、訴えてどうにかなる話でもない。

 攫われて来たのは何ヶ月も前だから、たぶん死んでるとは思うし、死体はとっくに消えてなくなってる。残っててもドロップアイテムくらいかな。


 二本松さん、今回の最終的な目標って何でしょうか。


〈そうですね……。元々は、攫われた一族を救い出すことだったので、俺も惰性で動いてましたね。

 正直、もう生きている可能性は低いですが、それならそれで仕方ないでしょう。

 ここに来たのは折り合いをつけるためですから〉


 それなら、とりあえず目標だけ決めましょう。


 1人でも生きていれば助け出す。

 一族の人のドロップアイテムがあれば回収する。

 それと、奪われた知識が何に使われていたのかも調べます?


〈そうですね、出来ればで十分ですが〉


 あと、


〈そこまで君に迷惑をかける程でもないです〉


 判りました。

 では、二本松家の人達が捕まっていた場所を見つけて、そこで何をしてたのかを調べる感じですね。


 二本松さんとの話が纏まったので、コレットさんにも伝えておこう。

 と思ったら、僕がしばらく黙り込んでいたからか、コレットさんはちょっと困ったような顔をしていた。


「わふ……つまり、蝙翼人のいる所を探せばいいですワン?」

「まあ、そうかなぁ。たぶんもう生きてはいないと思うんだけど……」

「それなら、さっき蝙翼人の臭いが付いた人間とすれ違いましたですワン」


 そう言って後ろを振り向いた。


〈えっ〉


 えっ。


「ごめん、それってどの人?」

「あそこの、団子屋さんで暴れてる人達ですワン」


 見れば、少し前に通り過ぎた団子屋さんの店舗で、和風パラソルと和風ベンチを叩き壊している巨漢の人と、その横でゲラゲラ笑っている人がいた。


 な、何て悪そうな人達だ……。


「どすこいッ!」


 巨漢の方は全裸にマワシを巻いた、縦にも横にも大きい人。

 あれがこのテール将国において攻撃力最強と言われる武術の使い手、力士か。


「お、おやめください! お代はもう結構ですので、どうか、どうか店だけは!」

「もう遅いでゴワス! お主は既に、このオイドンを怒らせてしまったでゴワス!!」


 力士の人は、店を守ろうと震えながら立ち塞がったお店の人の腰帯を掴み、吊り出し(※相手を持ち上げて土俵の外に運び出す決り手)で脇に避けてしまう。


 張り手一発、団子屋さんの外壁が吹き飛んだ。


「グワハハハハ! この相撲百段、天下の永世横綱こと血乃海ちいのうみ様から金を取ろう等とするからこうなるのでゴワス!! グワハハハハ!!」


 泣き崩れるお店の人に蹴返し(※相手の脚を蹴って倒す決まり手)で追い打ちをかけ、お店の人は泣きながら痛みに呻いていた。それを見た周囲の人も恐怖で腰砕け(※特に技を掛けられてもいないのに体勢を崩してしまう決まり手)になっている。


「おほほほほ、難儀なことどすなぁ?

 うちら武士山家4人衆に逆らわはるからこないなるんどすえ」


 それを隣で笑っているのは、高そうな着物と金色の扇を身に付けた、白塗りの人だった。

 たぶん、芸者の人だろう。テール将国では確か、扇を使った攻防一体の武術を操る流派だったはず。


「グワハハハハ! グワハハハハ! ボーナスステージでゴワス! このまま店を更地にしてやるでゴワス!」

「おほほほ、あんじょうおしやぁ」


 力士の人は突き倒し(※突っ張りで相手を倒す決まり手)で壁や柱を倒壊させてゆく。当然、周囲の店舗も倒れた柱等で被害を受けているし、阿鼻叫喚の地獄絵図だ。


 うーん。


「……あの人達が蝙翼人を捕えている場所に帰るなら、ここは遠くから様子を伺って、こっそりと後を付けるべきかな」

「そうですワン。近付いたら危ないですワン」


 衝撃耐性は100%を超えてるから、突っ張りや投げ技は効かないと思うんだけど、圧力耐性が70%しかないんだよね。建物の倒壊に巻き込まれたら危ないし、最悪ボディプレスでもダメージ受けそう。


〈変に警戒されてもまずいですから〉


 それも大きいですよね。

 建物を打撃で破壊できる人が暴れたにしては、死人も出てない。

 なら、今更出て行っても、柱が数本残るかどうか程度の違いしかない。


 ということで、僕達は野次馬に紛れて、破壊活動が終わるまでぼんやり眺めていることにした。



 と思ってたんだけど、力士の人の気分が乗って来たのか、破壊活動の範囲がどんどん広がっていくんだよね。既に、団子屋さんの向こう三軒両隣は更地になってしまった。何だこれ。


「お店が壊れた人は、これから大変ですワン」


 コレットさんも流石に憐れみの言葉を漏らしているし、二本松さんはもう飽きて寝ちゃってる。

 これいつまで続くんだろう、と不安になって来た所で。


「やめろよぉ! うちのお店を壊すなよぉ!」

「力士も芸者も正義の味方だって聞いてたのに! こんなの酷いよぉ!」


 新たに壊されようとしていたお店から、小さな男の子と女の子が飛び出してくる。

 その姿を見て、力士の人はお店に向かって踏み出し(※うっかり足が土俵の外に出てしまう決まり手)かけていた足を止め、その2人の姿をじろじろと眺める。


「な、なんだよぉ……」

「うう、お兄ちゃん……」


 身長だけで自分の倍以上、体重で言えば10倍以上はありそうな力士の人の視線を受け、子供達はガタガタと震え出した。


 とはいえ、破壊活動はようやく収まった。

 あれかな、子供に止められて、やっと我に返った感じかな。


 僕が追跡の準備を始めようと思った所で、力士の人は芸者の人を振り返ると。


 ……にちゃあ、と粘着いた笑みを浮かべた。


 んんん。


 見れば、芸者の人も似たような顔を浮かべている。


「グヘヘヘヘ……芸者。男のガキと女のガキ、どっちが良いでゴワス?」

「ぐへへ……ほな、今日は男の子の方をおくれやす」


 言うが早いか、芸者は懐から巾着袋を取り出し、中身の粉を子供達にぶちまける。

 あ、これは良くないやつだぞ。


「うわっ、何……を……」

「きゅぅ………」


 粉を浴びた子供達は意識を失って倒れ、力士と芸者はそれぞれ1人ずつの子供を抱えて、そのまま歩き去ろうとした。


「おおお、お待ちください、力士様、芸者様! うちの子供達をどうするおつもりで!」


 そこへお店の中から子供の親御さんらしき人が、随分と出遅れて登場する。


「グワハハハハ! こやつらは詫びの品として貰ってやるのでゴワス!

 心配しなくとも、潰れるまでは可愛がってやるでゴワス!!」

「おほほほ、うちの御屋敷で飼うとる子らには手が出せよれへんよし、その代わりどす」

「そんな! 力士様にご無礼を働いたのは団子屋の連中で、うちの店は関係ないじゃないですか!」

「煩いでゴワス! 今のお前が無礼でゴワス!!」


 力士の人は縋り付く親御さんを片手で掴み投げ(※上手から掴んだ相手を自分の後方へ投げ捨てる決まり手)にし、振り返りもせずにまた歩き出す。

 投げられた人は頭から地面に落下して、即死だったのだろう。その死体も数秒で消えてしまった。



「コレットさんは宿に戻っててくれる?」

「はいですワン」


 今日はこっそり後を付けて、拠点の場所だけ確認するつもりだったんだけど、せめて子供くらいは取り返してあげようと思った。

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